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王太子殿下

 魔王軍との開戦に踏み切った王国は王城内に作戦本部を設け、各領主から送られてくる戦況報告を吟味していた。


『ドゥルセ領ドース砦にて、魔王軍を殲滅。敵の司令官『デュールオーク』の討伐を完了』


『アルセン領アテ村を解放。『大角(ビッグホーン)ミノタウロス』の討伐を完了』


『ガストン領タグスの洞窟にて、魔物を一掃。洞窟の主『スピラルスネイク』の討伐を完了』


 敵が魔王軍ということもあり、どの拠点にもそれなりのボスがいた。

 鋼のような肉体を持ち、異常な硬さを誇るデュールオークに、長い角を武器とする大角ミノタウロス。巨大な体を回転させながら突撃してくるスピラルスネイク。


 どの魔物も中ボスというには弱いが普通に出会えば強敵となるものばかりだ。

 これらの魔物の脅威度はCランクの上位。今までの騎士団であれば、かなり苦戦する敵であったが、送られてくる内容すべてが戦勝報告であり、敗北は一切ない。


 騎士団の成長、それが如実に現れた形となった。

 もともと戦闘能力は高く、経験だけが足りなかったのだから当然の結果であろうが、それにしても圧倒的だ。

 少人数でパーティを組み戦う冒険者に比べ、組織だって行動する騎士の方が攻城戦には向いており、魔物の守る村や砦程度を攻めるのであれば、尚更だった。

 

 とはいえ、敵は一年前に多くの冒険者を葬った魔王軍である。その主力となる幹部たちは、まだ出てきておらず、騎士たちが倒したボス程度の実力ではAランク冒険者を害せるほどの力はない。

 ここは敢えて弱い魔物に拠点を守らせていたのではないか。

 そう考える者もいたのだが……。


 魔王軍への恐怖心を払拭できない作戦本部のメンバーたちは、この情報を歓迎した。敵は弱い、そう思い込もうとしたのだ。

 その結果、(のち)に大きな災いが降りかかるのだが、敵の目論見に気づく者はいなかった。

 もともと冒険者を見下していた騎士たちにとって、この結果は当然のことだと判断したのである。



 ☆ ☆ ☆



「父上、私を討伐隊に加えて下さい」


「ならぬ。お前は王太子だ。不確定要素の多い戦いに赴かせるわけにはいかぬ」


 国王であるキュリオス・ロア・ラルドネルトの私室を訪れたのは、クローヴィス・ロア・ラルドネルト王太子殿下だ。騎士団に所属する彼は近々出立する予定の魔王軍拠点への討伐隊に、参加を希望していたのだが、却下されていた。


「なぜです? 父上も王位に就く前は、戦場に出ていたと聞いております。危険な戦場だからこそ学べることも多いはず。それを分からぬ父上ではないでしょう」


「確かに私は騎士として戦い、お前が望むような危険な場所へも行った。それは否定しない。だがな、今回はダメだ」


 キュリオスが頑なまでに彼を出さないことには理由があった。けれど、それを伝えることをしないため、クローヴィスには不満だけが募っていく。


「ニコルのためですか……」


 そう呟いたが、父からの返事はない。


 二十歳(はたち)を過ぎたクローヴィスは、いまだ自分が何の栄誉も得ていないことに焦りを覚えていた。

 六歳下の弟ニコルは未成年でありながら、すでに天賦の才を見せ始めている。このままでは弟を担ぐものも現れようと、彼は思っていたのだ。


 実際、ニコル殿下を取り巻く環境は徐々に整いつつある。

 その筆頭となるのがオソルノ・レムルス侯爵だ。早くから第二王子殿下に付き、その勢力を伸ばしてきた。

 現国王であるキュリオスと旧知の仲と呼べるカウラス・ロブソン伯爵や、その配下であるイヌヤマ子爵にオオエ男爵。最近ではカネダ子爵やロベル子爵もその陣営に加わったのではないかと、噂されている。

 そして二人の妹となるリーシア王女もニコルにベッタリだ。


 弟が力を持つ前に大きな手柄を立て盤石な体制を築いておきたい。そう考えても不思議ではない状況なのである。

 けれど、残念ながら彼の希望が叶うことはない。


「いずれ、お前に相応しい舞台を用意してやる。それまで武芸に励め」


 これ以上の反論は許されず、クローヴィスは不満そうな顔つきのまま部屋を出て行った。




 クローヴィスが部屋を出ていくと、入れ違いに宰相が部屋へ入ってきた。


「殿下に説明なさらなくて、よろしかったのですかな」


「なんだニコラス、聞いておったのか」


「すみません。声が聞こえてきましたもので……」


 彼はニコラス・ヴィンソン公爵、代々宰相を務める家柄で、キュリオスにとって数少ない気を許せる友だ。

 公の場以外では、比較的フランクに話せる相手なのである。


「あやつは功を焦っておる。何を言ったところで無駄であろう」


「手柄を立てさせてあげれば、よろしいのではないですか? 戦いはまだ始まったばかり。今のうちに経験を積ませておくのも良いかと思いますが」


「ふむ、間違いがないというのなら、それでもいい。だがな、敵の本隊がどこにいるか分からぬ以上、軽はずみなことはできぬ」


「おやおや、過保護すぎるのも、どうかと思いますぞ」


「ふんっ! ニコルがああでなければ、私もそこまで過保護にせんわ! クローヴィスまで失うことはできぬのだよ」


 そこまで話すと、二人の表情が消える。長い沈黙の後、先に口を開いたのはニコラスだ。


「やはり、回避はできませぬか……」


「仕方あるまい。女神さまのご意向だ。あやつも精進しておるわ」


「まさか殿下とは……」


 そう言うと、二人は俯くのだった。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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