帰宅
執務室に案内された幸生たち『時の絆』のメンバーは、ギルドマスターのエレノアから感謝の言葉を受けた。
「ラフレシア討伐、ご苦労様でした。これで栄光の無念も晴れたと思います。ありがとうございました」
彼女の物言いは、ギルドマスターという立場にも関わらず柔らかだ。どんな相手に対しても丁寧な言葉で接する。それが彼女のスタイルである。元Aランクの冒険者という実績を持つエレノアは、尊敬されることはあっても、舐められることはない。少し緊張気味であった時の絆のメンバーたちも、一様に胸を撫で下ろしていた。
そんな中、1人だけ浮かない顔をする者がいる。それは幸生である。
「別に僕たちが倒したわけではありませんよ。相手が勝手に消滅しただけです。それに、敵の首魁と思われる魔物には逃げられましたからね……」
少し投げやりな言い方だが、ボスを逃がしてしまったことで、次にまた同じような事件が起こるかもしれない。その不安が拭いきれない以上、謝りこそすれ褒められることではないというのが、彼の考えだ。しかし、そんな幸生を見てクスッと笑ったエレノアからは、予想外の答えが返ってきた。
「そうかもしれません。それでもラフレシアを消滅させてくれたことは事実です。それに多くの魔物を討伐していただけたのでしょう。もし、話に聞いた数の魔物がこの町を襲っていたら、今頃この町は……」
そう言って、おどけてみせる。もちろん彼女の実力であれば撃退することも可能であろう。しかし、そこは空気の読める大人の女性である。彼らの昨日の様子をグランから聞いていたエレノアは、あえて持ち上げることで、自信を取りもどさせようとしているのだ。
「本来なら、君たちはこの町の英雄になっていたはずよ」
彼らの戦いを公にしていれば、間違いなく町を救った英雄となっていた。だが、幸生がその事実を伏せたため、このことを知っているのはロイたち自由の翼と、ギルドの職員だけである。
「英雄、ですか……」
やはり幸生も男の子なのだろう。納得できる称号ではないが、よく考えてみればそうかもしれない。そんな気持ちが芽生えていた。恐るべし大人の女性、といったところか……。
もちろん、そんな魅力的な言葉に反応するのは、幸生だけではない。
「なんだよ……。俺、英雄になり損ねたの?」
英雄願望というべきか、そんな姿にあこがれる翔には心躍る言葉であろう。本気で残念がっていた。
こうなると、次に反応を示すのは夢愛だ。もちろん、英雄という言葉にではない。ショックを受けている兄に対してだ。翔を見る彼女の瞳がキラリと光る。
「あれ? お兄ちゃん、戦いに参加してた? 全然見かけなかった気がするけど……」
可愛く首を傾げ「う~ん」と思い出そうとする素振りを見せてはいるが、目だけはチラチラと兄の様子を窺っている。しかし、そんな露骨な挑発にも関らず、彼はあっさりと乗ってしまった。
「戦ったに決まってんだろう。お前こそ現場にいなかったじゃねえか!」
「そんなことないもん。私、たくさん倒したからね。お兄ちゃんこそ、いくつ倒したの?」
翔も対抗するように言い返したのだが、残念ながら、これは罠だ。すでに彼女の術中に嵌まっている
「待てよ、ウツボカズラが3体にモウセンゴケが1体。あれ…………」
「えっ? 翔、それだけなの? 私より少なくない?」
2人の会話を聞いて参入してきたのはレーナだ。彼女はシュトルムリリエを5体倒している。ちなみに幸生はモウセンゴケを3体とウツボカズラが1体で、ロイが1体ずつ。そして、残りの魔物を倒したのは、夢愛の魔法である。
「もしかして、俺ってあまり活躍してない?」
ようやくそこに気が付いた翔は、がっくりと項垂れた。とはいえ、夢愛が倒した魔物のほとんどがEランクである。それに対し彼の倒した魔物の中には、Cランクのモウセンゴケも入っていた。魔物の脅威度的には悲観する内容ではないのだが、彼女の誘導に引っかかってしまった彼は、倒した魔物の数に固執している。そんな兄を見ながら、夢愛はクスクスと笑う。
「翔……」
さすがに可愛そうになったレーナが翔に声をかけると、彼もからかわれていることに気づいたようだ。
「ああ! 夢愛、てめえ!」
「アハハハハ、可笑しい!」
そんな彼女は、兄のいつも通りの反応を見て、大声で笑っていた。
2人のくだらないやり取りを見て、幸生はようやく冷静さを取り戻したようだ。この世界にあまり干渉しない。そう決めていたはずなのに、少しナーバスになっていた。彼の目的は魔王を倒し、元の世界に戻ること。それ以外はここに住む者たちが解決すべき問題なのである。
「それで、話とは何でしょう」
幸生がそう尋ねると、エレノアはコホンと咳をして話し始めた。
「そうですね……。君たちは、あのラフレシアをどう思いましたか? もし違和感があったのなら、教えて欲しいのですが……」
あのラフレシアの鑑定結果には、おかしな点が1つあった。それは改のマークである。ちなみにオオグス鉱山というのは、サカオ山の東地区を指す言葉だ。この辺りにはクスノキが大量に自生しているため、ついた名だとされている。
「ラフレシアですか? マリナの話では、根から魔力を吸収し他の魔物へ与えていたようですから、たぶん、人の手で改良されているんじゃないでしょうか」
「改良ですか……」
彼女が聞きたいことは、まさにそれであった。ラフレシア・改とは、人工的に改良された魔物なのである。見た目は変わらないが、強さが全く違う魔物。もし量産されたら大変なことになってしまう。これはかなり危険な事態であった。
しかし、幸生はそれほど重大だとは考えていない。エレノアの不安にこたえるかのように、こう言った。
「たぶんですけど、心配しなくてもいいと思いますよ。僕が見たところ、精霊から魔力を吸収するために造りだされたようですから、数は多くないかと……」
これはあくまでも幸生の推測に過ぎないが、彼は確信を持っていた。というのも、女神ラルムは急速な技術革新を望んでいない。にもかかわらずこのような技術があるというのなら、それはゲームのせいだ。まだ開発段階のアイテムがこの世界で再現されてしまった。そう考えれば辻褄も合う。最終的に判断するのは幸生だが、それまでは部下の担当である。彼が知らないアイテムがあっても不思議ではない。
とはいえ、それを伝えるわけにいかない幸生は「あんなものが大量にあってはたまりませんからね」と、言葉を濁していた。
幸生との話が終わった後、他のメンバーたちもエレノアと言葉を交わし始め、解放されたのは昼頃になってからだった。受付カウンターに戻ると、相変わらずサオリが暇そうにしている。他の受付嬢に任せてもいいのだが、今日は大事な仕事があるため、ここを離れるわけにはいかなかったのだ。
「お待たせしました」
「遅いよ!」
さすがに2時間は待ちくたびれたようで、ようやく姿を見せた時の絆のメンバーたちに文句を言う。とはいえ、その原因となったのはエレノアなのだから、文句は彼女に言って欲しい。まあ、待たされた彼女の気持ちもよくわかるので、幸生も余計なことは言わない。
さっそく持っていた魔石をテーブルに置き、買い取りをしてもらう。さすがに80個の魔石ともなると、時間がかかる。それでもほとんどがEランクのキラープラントの物であるため、振り分けは早い。ウツボカズラやシュトルムリリエの魔石がDランク、モウセンゴケはC、ラフレシア・改はBと分けられる。Bランクの魔石があるため、査定の結果はなかなかの額となった。
「全部で25万リナですね。よろしいでしょうか?」
「そんなに?」
「はい、ラフレシア・改がBランクなので、これだけの額になりますね」
この世界の通貨単位はリナ、1リナが10円に相当するため、全部で250万円ということになる。1日で稼ぐ金額としては、かなりの高額だ。
「これなら『幻の鉱石』が見つからなくても、十分だよな!」
もともと彼らの目的は幻の鉱石を見つけることだ。買い取り金額も1万リナと高額であったが、これだけ稼げば十分である。しかし、翔のある言葉に反応を示した者がいた。
「幻の鉱石?」
その言葉に引っかかりを覚えるのはマリナだ。少し考え込んだ様子である。そのため、幸生が特徴を簡単に説明した。
「これくらいの小さな石みたいなもので、磨くと光るんだ。わかりやすく言うと、ダイヤモンドの原石だね」
「…………。 もしかして、これのことですか?」
そう言いながらマリナはアイテムボックスを開き、そこから小さな石を取り出した。
「「「「「えええええっっ⁉」」」」」
「マリナ、これをどうやって……」
「洞窟の中にいっぱい落ちていて、きれいだったから拾ってました」
「……いっぱいって」
ここに新事実が判明した。長年見つからなかった原因は、彼女にあったのだ。
「すみません、マリナさん。このことは内密に願います。それと、1つだけ時の絆が見つけたことにしてもらえますか?」
サオリが慌てるのも無理はない。まさかの拾われていた説だ。考えてみれば、今まで拾った者がいないのも不自然だった。もし本当にあるのなら、わざわざ大捜索せずとも見つかるはずである。それがないため、実際には存在しないのではと考えられていたのだ。それが大量に見つかったのでは一気に騒ぎが大きくなる。1つだけでも十分に人が集まるだろう。
「これから町も、賑わいますね」
幸生はそう言って笑っていた。
その後、マリナの冒険者登録を済ませ、時の絆の正式メンバーに加えた幸生たちは、ようやくジョワラルムへの帰路につくのである。
☆☆☆
カネダ子爵領北部に位置する領境の町リルタール。ここはマイ・カネダ子爵家令嬢が療養先として居を構える町だ。ここからさらに北へ進むとタニガワ伯爵領となる。魔王軍の拠点となっていた村『ルル』にいたはずの彼女だが、冒険者シルバとの戦いの前には、ここへ引き上げていた。
「ただいま戻りました」
「ほう、早かったな。それで、お前はどっちだ?」
執務室にいるマイの前に通されたのは、カボチャ頭の男だ。見ただけでは彼の中身がどちらか判断できないため、そう聞いたのである。
「ハハハ、私ですよ。ジャスティスです。私があんな男に負けるわけないでしょう」
「まあ、予定通りということか。して、スキルは受け継いだのであろうな」
「当然です。それが目的なのですから」
彼の目的はオリバの持つスキル調教師を奪うことであった。ティマーとは名前の通り、魔物を使役できる能力である。中でも強力なのが呪いというスキルで対象相手に隷属の紋を刻むことが出来る能力だ。魔物に対してしか効果はないが、相手を弱らせることさえ出来れば、ドラゴンまでも配下にすることが可能だ。
「この後も作戦通りと行こうか。間違ってもリサ様の怒りを買わないようにな」
「ええ、私も死にたくはありませんからな。では、失礼する」
そう言って、部屋を出て行った。
執務室に残ったマイのもとに、1人の執事が近づいてきた。
「マイ様、ミツヒサ様からお手紙が届いております」
「ん、兄からか。どれ」
執事から手紙を受け取ったマイが中をみると、表情がスッと消える。
「マイ様、いかがなさいましたか?」
その変化に驚いた執事が慌てて尋ねると、彼女は大きなため息をついた。
「ふう……。次の仮面が見つかった。場所は『幻影の森』、エルフ族の隠れ里だ」
エルフ族が隠れ住む幻影の森は、彼らの仕掛けた罠により里までたどり着くことが困難な場所だ。ましてや長命種であるエルフ族は、まだ長老たちが存命である。
「まずいな」
彼らなら仮面の秘密に気づく恐れがあるため、彼女としては知られたくなかった。次第に怒りが抑えられなくなったマイは、手に持った手紙を執事に叩きつけ「アウルを呼べ!」と叫んだ。その不機嫌な様子に恐れをなした執事は、慌てて部屋を出ていくのであった。
すみません、☆以降を追加したため、遅れました。




