サカオ町冒険者ギルド
サカオ町の冒険者ギルドには、今日も朝から大勢の冒険者が詰めかけていた。その目的は魔物の分布状況を確認するためだ。昨日それぞれの冒険者から話を聞き、討伐が完了した区域は判明している。魔物がいない地域を散策しても意味がないため、こうして聞きに来ているのだ。とはいえ、1つしかない受付カウンターでは人数が多くて、対応しきれない。そのため、ギルドマスターがカウンター前に出て、詳細の説明を始めるようだ。
「冒険者の皆さん、朝からご苦労様です。
今日の予定ですが、東地区と南地区は大方済んでおりますので、皆さんには西地区を重点的にお願いしたいと思います。岩狼やオークといったDランクの魔物がまだ残っていると聞いておりますので、十分注意してください。あと北地区ですが、そちらはランクの低い魔物ばかりということなので、サカオ町の冒険者に任せたいと思います。
すでにお聞きとは思いますが、Cランクの冒険者パーティ『栄光』が全滅しました。その対象となるラフレシアの討伐は完了しておりますが、手引きをしたと思われる魔王軍の手の者は取り逃がしております。もうこの辺りにはいないと思われますが、かなり手ごわい相手なので遭遇したら逃げるようにしてください。栄光ほどのパーティでさえも命を落としてしまった。そんな敵であると肝に命じてください。くれぐれも無茶はなさらないようにお願いします。私はここにいる全員が無事戻ってくることを期待します」
ギルドマスターの話を聞いた冒険者たちから、ざわめきが起こる。当然『栄光』の訃報は、すべての冒険者が知っていた。しかし、それが魔王軍によるものだとは考えていなかったのだ。ジョワラルムの冒険者たちにとって、上位ランクの冒険者が全滅した後のギルドを引っ張ってきたパーティの1つが、彼らである。みな思うところがあるらしく、悔しそうな表情を浮かべている。とはいえ、彼らも冒険者である以上、そういったことは覚悟の上だ。いつまでも嘆き悲しんでいても仕方がない。自分たちがそうならないためにも、気持ちを切り替え前を向く必要があるのだ。
「さあ、お仕事だ。みんな行こうぜ!」
重い空気をかき消すかのように、誰かがそう声をあげた。すると、「そうだな!」と、それに呼応した冒険者たちが威勢よく立ち上がり、いつもと変わらぬ様子でギルドを後にした。そして最後に残ったロイたち『自由の翼』も「じゃあ、俺たちも行ってきます」と、ギルドマスターに挨拶をし、元気に出発していったのである。
朝のラッシュも終わり、すでに時刻は9時を過ぎた。すっかり人の居なくなったギルド内では、受付嬢のサオリが暇を持て余している。そもそも彼女は元冒険者だ。体を動かすことが主体であり、受付嬢など性に合っていない。しかし、彼女には別の顔もある。それは元高位ランク故の義務といえるものだ。的確な魔物情報に、適正な役割分担。それぞれが自分に見合った依頼を受けているか、それを判断するのが彼女の仕事である。そのため、昨日のように現場に駆け付けることなどは、珍しくない。冒険者たちを影から支えることが、彼女に与えられた使命なのだ。しかし、すべての冒険者が出払ってしまった今、彼女がするべきことはない。暇なら現場に出て様子を見てくることも可能だが、今はギルドを離れるわけにはいかなかった。
「遅いなぁ……。あの子たち本当に来る気があるのかしら……」
そうボヤくのも無理はない。普通の冒険者であれば朝早くにギルドへ来て、少しでもいい依頼を受けようとするものだ。それが毎朝9時過ぎに現れるという『時の絆』のメンバーたち。ジョワラルムの冒険者ギルドではいつものことだが、サオリは昨日グランに聞かされただけで、まだ半信半疑といったところだろう。
そんな中、ようやく幸生たち『時の絆』が姿を見せた。朝食時と変わらず、皆疲れているようだ。しかし、夢愛だけは別だ。
「サオリさ~ん! おはようございま~す」
と、ギルドに入るなりブンブンと手を振り始めた。幸生からしてみれば、いつの間に仲良くなったのかと思えるが、そこは彼女特有の人懐っこさからくるものだろうと理解している。実際に2人は話もしていないはずだ。だが、小さな子に手を振られれば、返したくなるのが人情だ。
「ユアちゃん、おはよう!」
と、サオリも笑顔で手を振り返していた。今まで待たされてヤキモキしていたはずが、「ああ、癒されるわ~」と言っているぐらいだから、人の心とは不思議なものだ。
こうしてマリナを含めた時の絆のメンバー6人が受付カウンターの前に集まった。相変わらずののんびり具合なのだが、これには理由がある。イベントは今日も引き続き行われているが、彼らは参加せずに帰る予定なのだ。幸生の目的は『幻の鉱石』を見つけることで、魔物を倒すことではない。それが見つからないとわかった時点で、用はないのである。昨日のジャスティスのような敵が現れたら、幸生たち以外では相手にならないだろうことは分かっている。だが、この世界で彼らの存在はイレギュラーだと言っていい。本来はここに住む者たちで処理しなければならない問題で、必要以上に介入する気はないのである。
では、なぜギルドに寄る必要があるのかというと、それはラフレシアの討伐をした証として、魔石を提出して欲しいと頼まれたからだ。どの冒険者ギルドにも魔石判定盤と呼ばれる石盤があり、魔物の名前とランク、特徴、討伐された日と場所が表示される。これにより依頼が達成されているのか判断できるという仕組みだ。もちろん判定の後は自分で持ち帰っても問題ない。しかし、今回はできたら買い取りたいという話であった。今はイベント特別価格で、買い取り金額も割り増し価格だ。そのため、幸生としても文句はなく、他の魔物から採れた魔石も買い取ってもらう予定である。とはいえ、大きめの魔石は少し残し、魔法道具作成に使いたいと考えていた。
さっそく幸生はストレージから、硬球ほどの大きさの魔石を取り出した。緑に光るラフレシアの魔石だ。Dランクにしては大きいとは彼も思っていた。
「えっ……。これですか……」
サオリは想定よりも大きな魔石が出てきたため、驚きのあまり言葉を失ってしまった。暫く固まった後、ようやく出てきた言葉が、「いや、デカすぎでしょう……」である。ただ、これによりある疑惑が固まった。
「もしかして、亜種かもしれないわね。鑑定してみるわ」
魔石判定盤は鑑定石と違い、魔石のみを鑑定するものだ。平面の部分に魔石を置くと文字が浮かび上がる仕組みである。
『ラフレシア・改 魔物ランクB 特殊攻撃あり 3月28日 オオグス鉱山廃坑前広場討伐済み』
「改……」
意味の分からない言葉に、またしてもサオリは固まってしまう。もちろんこの表示は幸生たちに見えないため。彼らはその理由を知らない。
「サオリさん、どうされました?」
明らかに動揺が見られる彼女に幸生は声をかけるが、反応がない。何か考え事をしているらしく、彼の声が聞こえていないようだ。そこへ、ギルドの奥から1人の女性が姿を見せた。年のころは40歳前といったくらいで、体の大きな女性だ。
「あなたたちが時の絆ですね、話には聞いていますよ。私はこの町で冒険者ギルドのマスターをしている『エレノア』といいます。少し話したいことがありますので、私の執務室までご同行願います」
そう言って、カウンターにある板を上げると、彼らを招き入れるのだった。




