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レーナ先生の将棋講座②

前回同様、飛ばしてください。

 こうして始まった第二局。振り駒の結果、先手はまたしてもレーナとなった。先ほど同様、互いに角道を開けた後の一手は2六歩。飛車先の歩を突いてきたことから、今度はじっくり行くつもりのようだ。それに対し、後手のマリナは5四歩と中央の歩を突く。


「うそっ⁉」


 これにはレーナも驚いたようだ。この一手で、彼女は『中飛車戦法』を選ぶという意思を示したのである。


 1期生のレーナと3期生のマリナには、2歳という年の差が存在する。レーナが女流棋士を引退した1年後にマリナは誕生したのだ。この差は将棋の世界において、致命的ともいえる。将棋は日進月歩、常に新しい手を研究し、古い手は次々と対策されてしまう。勉強熱心な後輩たちは先輩たちの棋譜も研究していたことだろう。となれば、人気棋士であったレーナはすでに丸裸の状態、と言ってもおかしくない。そこから導き出された結論が『中飛車』だったというのなら、レーナには厳しい戦いになるはずだ。

 とはいえ、これで彼女が不利というわけではない。現代の棋戦では居飛車が圧倒的に有利というデータがある。オールラウンダーのトップ棋士たちでさえも、大事な対局では居飛車を選ぶケースが多いのだ。対局はまだ始まったばかり、冷静に対応すれば何も問題ないはずだった。


 レーナの記憶に棋士としてのマリナは無い。ただ3期生のトップとだけは聞いていた。とはいえ、これは実力ではなく、人気の話だ。AI将棋はゲームである以上、キャラ人気が重要となる。実力と人気、両方を兼ね添えているのが一番なのだが、実際は女性キャラが圧倒的に有利だ。理由は男性登録者数が多いからで、美人、巨乳、ロリ、メガネっ子などのキーワードに当てはまるキャラは、ほっといても人気が出る。そのため、レーナは彼女の評価を低く見積もっていた。見た目や、フワッとした雰囲気から居飛車党であろうと思っていたのだ。


 マリナの奇策と読んだレーナは冷静に手を進めていく。もともと居飛車が得意な彼女にしてみれば、慣れた戦法なのだから焦る必要はない。序盤は定跡通り『矢倉』に組んで、最終的には『穴熊』へ、そう思っていたようだ。しかし、予想していた以上に展開が速い。マリナは彼女が『穴熊』に逃げ込む前にかたをつけようと、陣形を整える前から攻撃を仕掛けたのだ。

 その結果、早々に「負けました」と、レーナは頭を下げた。1局目の悪戯に対し、アッサリとお返しされた形である。


「レーナ様、ありがとうございます。ショック療法って、効果抜群なんですね。おかげさまで、すっかり感覚が戻りましたわ」


 そう、実は彼女、振り飛車党だったのだ。マリナのファン層は圧倒的に振り飛車が多く、そこで揉まれてきた彼女は、終盤の捌きに定評があった。序盤は指しやすく、中盤以降が難しと言われる振り飛車だが、その専門家から散々ご教授受けたのだから当然である。運営開始の頃の棋士と比べ、数年後の棋士レベルは高い。ゲーム自体が有名になったおかげで、対戦相手となるプレイヤーもランクアップしているのだ。育成型AI将棋、このシステムが裏目に出た形ともいえる。

 とはいえ、彼女たちはプロではない。ゲーム内では女流棋士などと言ってはいるが、あくまでもアマチュアであり、実際はそのレベルに達していないのだ。そのため差があるといっても、展開次第ではひっくり返ることはよくあることなのだが……。今のレーナの精神状態は最悪だった。甘く見ていた相手にあっさりと押し切られてしまったのだから仕方ない。全く冷静に運べず、ほとんど自滅と言っていいだろう。

 

 こうなると後には引けないレーナは、再戦を申し込む。


「これで、1勝1敗ね。次が本当の勝負よ!」


 授業前の軽いウォーミングアップのつもりが、本番モードになっていた。

 そんな彼女に比べマリナはというと、頬を緩め嬉しそうにしている。レーナと対局したことで、昔の感覚を思い出したのだ。グリーンゴブリンの姿に生まれ変わって、はや数十年。その間、本当の対局などしたことがなく、将棋自体の記憶も薄れつつあった。たまに会う仲間たちも、熱心に将棋を指すなどということはない。たまに懐かしいなと言って、遊ぶくらいだ。それなのに、たった2局、彼女と指しただけで感覚は研ぎ澄まされ、思考がクリアーになった。


「指したい!」


 これが彼女の純粋な思いであった。


 第3局はマリナが先手となり、戦型は『相矢倉』となった。今度はマリナも居飛車である。さすがに3局目ともなると互いに慣れてきたようで、戦況は一進一退の混戦に。このころになると生徒たちも道場に姿を見せ始めた。町長の秘書や商業ギルドのマスターに商人たち、他の老舗宿の主人や宝飾師、鍛冶師など、サカオ町の重鎮ばかりという豪華な顔ぶれだ。そんな彼らも、対局中の2人に気づき、「レーナ先生が対局してるみたいだ」とか、「あの子は誰だろう」などと、話し合っている。しかし、2人は必死になって先を読みあっているため、彼らの声は聞こえない。全く顔を上げることなく盤を見つめ続けている。


 こうして、もつれた対局も終わりはあっけなく訪れる。最初に気づいたのはマリナだ。


「あっ……」


「「「ああ~、やっちまった……」」」


 終盤に指された痛恨の一手。それを相手に気づかれてしまえば、勝負は着いたも同然だ。捌きに定評のあるマリナが、詰めを間違えるなどありようがない。それは、これまでの戦いぶりで皆わかっていた。

 周りの反応に気づき、首を傾げるレーナだったが、すぐに理由がわかり謝罪する。


「すみません、参りました」


 そう言うと、彼女はゴロンと横になった。あまり褒められた態度ではないのだが、どうやら相当疲れていたようだ。それもそのはず、レーナは昼間の戦闘で魔力枯渇寸前まで追い込まれていたのだ。体力的にも厳しかったはずなのに、マリナと3局も続けて打ったのでは持つわけがない。この様子では、最後は意識を保つだけで精一杯だったのだろう。今は緊張の糸が切れて、眠ってしまったようだ。


 レーナが限界に達したため、ここで問題が発生する。というのも、今から彼女は将棋講座を開く予定だったのだ。そのため、町の重鎮とも呼べるメンバーが集まっていたのだが……。


「先生が寝てしまったら、俺たちはどうすりゃいいんだ」


 これが率直な意見であった。この町の主な産業は鉱山なのだが、町おこしとして将棋を推奨している。年に1回、3日間開催される将棋大会は、この町のお祭りのようなものだ。そして、その中心となるのが、天城会館である。みんなこの日に向けて日々精進し、腕を磨いているのだ。今年はレーナという先生が現れたため、実力を大きく上げた者も多く、今日の指導に希望を抱いていた者もいる。しかし、その先生が眠ってしまったのだ。次はまたいつ来てもらえるか分からないため、みんな不安になったのである。だが、実はここにもう1人先生がいる。それに気づいたのはこの町の町長アレンだ。2人の対局を最初から見ていたため、彼女の実力がレーナを凌ぐものであると気づいたのだ。そこで、彼はこうお願いした。


「マリナ先生、今日はよろしくお願いします」


 ここにマリナ先生が爆誕した。

 もともと手伝うつもりであった彼女は快く引き受け、そしてきっちりとレーナの代わりを務めあげたのだ。


 これ以後、マリナが頻繁にサカオ町へ訪れるようになるのだが、それはまた別のお話である。





 次の日の朝、食堂には元気一杯な様子で朝食をとる夢愛の姿があった。おしゃべりに夢中で、なかなか食べ終わりそうにない。そんな彼女の話をウンウンと頷きながら、甲斐甲斐しく世話をするのは唯だ。メイドという立場ではあるが、幸生から「冒険者をしている時は、できる限り親戚のお姉さんに戻るように」と、厳命されている。そのため、今は幼い妹の面倒をみる優しいお姉さん、といった感じだ。温かな優しい空間、そんな雰囲気を醸し出している。


 とはいえ、残念ながら元気なのはこの2人だけで、あとのメンバーはぐったりとした様子だ。明らかに前日の疲れが見て取れる。

 昨日の夜、トレーニングに出かけて行った翔は、練習のし過ぎで怠そうにしていた。師匠の理恵から『休むのも練習のうちだ!』と教わっているはずなのだが、こういうところがまだ半人前なのだろう。

 次に買い出しに行った幸生はというと、目的の鉱石をいくつか購入出来たようだ。それを、どう使うべきかと遅くまで模索していたらしく、瞼が重たそうだ。サンドイッチを片手に、大きな欠伸をしていた。


 ただ、この2人はまだいい方で、問題なのはレーナである。昨日の戦闘でかなり無理をしていたにもかかわらず、夜はマリナと真剣勝負をし、限界を超えてしまった。結果的には早めに寝ることができたのだが、疲れは全く取れていないようだ。テーブルに突っ伏した状態で、睡魔と戦っている。今日はもう役に立たない、それは明白だった。

 そしてマリナはというと、彼女はまだ道場にいた。妖精であるため睡眠は必要なく、1人残って研究していたようだ。今は将棋盤をかたずけ、名残惜しそうに部屋を見まわしている。そして「よし!」と一言発すると、入口から道場へ向けてお辞儀をした。


「すぐに戻ってくるからね」


 そう言って部屋を後にし、仲間のもとへ向かったのである。

 

お読みいただき、ありがとうございました。


今回は将棋のお話のみです。将棋ゲームを題材にしているため、一度は書いておきたかったけど、たぶんもう無いと思います。

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