レーナ先生の将棋講座①
はじめに、前回の投稿で、マリナは自分の羽を見えなくすることが出来ると、書き忘れました。途中サクッと出てきますので了承ください。
あと、今回のお話は将棋ですが、興味がない人には苦痛でしかありませんので、できる限り短くしております。該当部分は本編には全く関係ありませんので、飛ばしてしまっても問題ありません
幸生たちは5人で食事を済ませた後、それぞれ別行動をとることにした。
真っ先に立ち上がった翔は、今日の自分の不甲斐なさを悔いているらしく、厳しい表情のまま「剣を振ってくる」と、外へ出て行った。帰ってくる道中は楽しそうにしていたが、時間が経つにつれ悔しさが戻ってきたのだろう。宿へ着くまでに見つけていたらしい広場へ、真っすぐ向かう。その道すがら、彼はストレージから竹刀を取り出した。剣を振るとは言っていたが、町中で本物の剣を振り回すことなどするわけにはいかない。彼はSラン内でも師匠の理恵とトレーニングをしていたため、ストレージには幸生特性の竹刀が入っているのだ。それを強く握りしめた翔は、目的の広場に着くとすぐに、黙々と振り始めた。
幸生はこの町で売られている鉱石に興味があった。というのも、この町は鉱山町だ。主な資源は鉄鉱石だが、それ以外にも珍しい鉱石が掘り出されている。その1つがダイアモンドであったのだが、最近は見つかっていないようだ。しかし、ルビーにサファイヤ、エメラルドにトパーズといった主要な宝石以外にも、異世界特有の変わった鉱石が見つかるかもしれない。そんな淡い期待を持っていた。もちろん彼に装飾品としての宝石には興味がない。ただ単純に魔法の触媒として最適なもの探したいだけなのだ。明日はギルドに寄った後すぐ帰る予定のため、町を散策する機会は今しかない。
「まだ開いている店を見てくるよ」
彼は自分の目論見を顔に出すことなく、そっと宿を後にした。幸い、彼に付いてこようとする夢愛がいないため、スンナリと外出できたのである。
そして唯は、部屋に残してきた夢愛を心配していた。5人で食事をしたものの、彼女の主人である夢愛は何も食べていない。そのため、後ろめたさを感じていたのだ。
「もし夢愛様がお目覚めになった時、お一人では心細いかと思われます。ですので、先に戻らせていただきます」
そう言って、彼女は夢愛の眠る部屋へ向かったのである。
食堂に残って暫らく話をしていたレーナとマリナは、場所を移動すべく立ち上がる。これから2人にはすべきことがあるのだ。
「じゃあ、移動するわよ。今から向かう部屋を見たら、あなたもビックリするんじゃないかしら」
レーナはマリナに笑顔を見せると、嬉しそうに話し始めた。その声の高揚ぶりから、彼女もまたその場所が好きなのだとわかる。マリナの驚く顔、それが楽しみで仕方ないといった様子だ。
それに対し、今から行うことを彼女自身から聞いていたマリナは、その部屋がどのような場所かおおよそ検討がついていた。そもそもレーナがそこまで勿体ぶるのだから、自ずとわかるというものだ。とはいえ、そこはマリナにとっても大切な場所の1つだ。彼女もまた落ち着かなげに、そわそわとしていた。
2人は食堂を出ると階段を降り、この宿の地下へと向かう。そこでマリナが目にしたものは、彼女が予想した通りの部屋であった。
「対局室⁉ それに道場も」
彼女はキラキラとした目で室内を見て回る。8畳ほどの和室に1組の将棋盤が置かた対局室に、30畳ほどある将棋道場が2部屋。和室と洋室に分かれ、和室は等間隔で将棋盤が並べられ、洋室は並べられたテーブルの上に将棋盤が置かれている。
「夢のようだわ!」
レーナと同じようにAI将棋の棋士をしていたマリナは、本物の対局室にあこがれを抱いていた。それというのも、以前の彼女はネット対戦用NPCであったため、当然動くことなどできず、ただの知識としてプロの対局や将棋道場の様子などを知っていたにすぎない。そのため、彼女たちにとって現実の対局室に入るということは、夢だったのだ。
「今からここで対局できるのね」
そう嬉しそうに呟いた彼女は大きく手を広げ、今にも踊りだしそうな勢いで身体をくるりと回す。それを見ていたレーナも満足そうにウンウンと頷いていた。
2人が対局室で話をしていると部屋のドアが開き、1人の男性が入ってきた。恰幅も良く身なりも整えられていることから、それなりの立場にいる人物だとわかる。男性は部屋にいるレーナを見つけると、親し気に話しかけてきた。
「レーナ先生、お久しぶりです。今日はよろしくお願いいたしますね」
「あら、アレンさん、久しぶりね。どう、腕は上がったかしら?」
「もちろんですよ。先生から戴いた棋譜を、散々並べて研究しましたからね。私の成長ぶりを見たら、先生も驚きますよ」
「そう、楽しみにしてるわ」
レーナを先生と呼ぶこの男性は、この町で町長を務める人物だ。名をアレン・バルクといい、年齢は40を過ぎている。一応貴族という立場ではあるが、彼の身分は準男爵。永代貴族は男爵家からで、彼自身は元平民だ。長年、町を守ってきたという功績から、爵位を与えられたのである。そんな彼がレーナの隣に立つ女性を初めて見る顔だと気づいたようだ。
「初めまして、お嬢さん。私はアレン・バルクと申します。以後、お見知りおきを」
恭しく礼をする彼の所作は、とても元平民だったとは思えないほど優雅だ。これも代々町長を務める家柄のおかげなのだろう。まさに町の代表としてふさわしい人物だ。しかし、今は背中の羽を見えなくしているため、20代の女性にしか見えないが、マリナの正体は妖精である。しかも年齢は彼よりも上だ。そのため、人としての身分は彼女に関係ない。
「私はマリナです。アレンさん、宜しくお願いしますね」
と、普通に返事をしていた。
アレンを含め3人で話し始めたレーナとマリナは、彼から他のメンバーが集まるにはまだ時間がかかると聞かされた。そこで、レーナはある提案をする。
「ねえ、マリナは久しぶりなんだよね?」
「そうですねぇ……。数年前にお友達が来て、一緒に遊んだくらいかしら」
彼女はグリーンゴブリンの姿でこちらに来たため、将棋を指す仲間がいなかった。そのため、まれに会う元NPCだった精霊と一緒に、駒を作って対局していたようだ。
「じゃあさ、感覚を取り戻すために、私と一局打たない?」
「あ、いいですね。私からもお願いします!」
マリナも久々で不安があったのだろう。相手がレーナであれば少しは気が楽だとあっさり賛成した。だが、これにはレーナの悪い企みがあったのだが、もちろん彼女は気づいていない。
こうして2人の対局が決まり、アランが見守ることとなった。彼からしてみれば先生であるレーナの対局が見れるのだ。早めに来てよかったと、最初こそ、そう思っていたのだが……。
『振り駒』の結果レーナが先手となり、互いに「「お願いします」」と挨拶を交わし、2人の対局が始まった。
まず先手のレーナが初手を7六歩と打ち角道を開ける。後手のマリナは少し緊張しているらしく、手がプルプルと震えていた。それでも何とか駒を掴み彼女が指した手は、3四歩。彼女も角道を開けたのだ。それをみていたアレンは「まずは『角交換』からスタートするのか」と展開を予想していた。しかし、次に打たれたレーナの手は6六歩、せっかく開けた角道を塞いだのだ。どうやら『矢倉』に進むらしい。一手目を指し終えたマリナも落ち着きを取り戻したらしく、冷静に8四歩と飛車先の歩を突く。そのため互いに居飛車を選んだように見えたのだが、ここでレーナが動く。6八飛と飛車を振ったのだ。そう、彼女が選択したのは『四間飛車』戦法であった。
「えっ?」
マリナの記憶にあるレーナは居飛車党であった。そのため次を6八銀と予想していたのだが、まさかの振り飛車に動揺する。しかし、それを表情に出すほど彼女は愚かではない。すぐに6二銀と、飛車からの攻めに備えた。だが、小声とはいえ、うっかり声が漏れてしまったのは失敗だった。レーナには気づかれてしまったようで、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
その後は定跡通りにレーナが美濃囲い、マリナが船囲いへと手を進め、居飛車対振り飛車の戦いが始まった。しかし、中盤で少しもつれたものの、その後は速かった。鋭い駒捌きでレーナが圧倒したのだ。まだ感覚の戻らないマリナに次々と襲い掛かる駒たち。結局中央に進出した桂馬からの攻めで切り崩された彼女は、早々に投了させられたのである。
あまりのことにマリナは呆然としていた。2人の対局を見守っていたアレンも「ないわー」と、批判的な表情だ。そんな空気に気づかないレーナは、会心の勝利に上機嫌だ。
「フフフ、私に勝とうなんて、まだまだ早いわよ」
と、ドヤ顔で勝利宣言をしていた。そんな彼女を見るアレンの目は冷ややかだ。
「確か先生は、彼女の感覚を取り戻すために対局しようと言ってのでは……」
同じようにマリナも少しムッとした表情でレーナを批判する。
「私も、居飛車でじっくり戦ってくれるもんだと思ってました」
とはいえ、レーナもちょっと茶目っ気を出しただけにすぎず、批判を受けるとは思っていなかった。
「そう、これはショック療法よ。これで、一気に覚醒されたでしょう」
と、悪びれた様子はない。しかし、振り飛車の魅力は、その展開の速さだ。これではマリナの練習にはならないのである。
「わかりました。レーナさん、もう1局打ちましょう。私も本気を出させていただきます」
レーナのちょっとした悪戯は、マリナの勝負魂に火をつけてしまったようだ。
もう少し、対局が続きます。将棋はそこまで詳しくないので、深読みは無しでお願いします




