廃坑前広場での会話
幸生たちが坑道を出ると、そこではギルドマスターのグランと受付嬢のサオリ、そしてハヤトの3人が話をしていた。シンノスケは子猫モードとなって、唯に遊んでもらっているようだ。猫じゃらしのような物に夢中で、幸生たちが戻ってきたことに気がついていない。そんな彼を暖かい目で眺めた後、幸生は視線をロイに移した。
「あれが、ロイの仲間か」
隣にいる少年と楽しそうに会話するロイと、その様子をにこやかな笑顔で見守る少女が2人。時折、剣を振るしぐさを見せることから、戦いの話でもしているのだろう。彼が大きく腕を振るたびに仲間たちから感嘆の声があがる。
今回の戦いで彼は大きく成長した。今後、サカオ町冒険者ギルドのリーダー的存在になっていくことは間違いない。となれば、他のメンバーにも少しだけ手助けした方がいいのではないか。そんなことを考えていると、廃坑から出てきた幸生に気づいたハヤトが、労いの言葉をかけてきた。
「おつかれさん、もう済んだのか?」
幸生の落ち着いた様子から、うまくいったとわかったのだろう。その顔には笑みが漏れている。
「ええ、無事に救出できました」
「そうか、よかったな」
「はい! ありがとうございます」
ハヤトの存在に幸生は感謝していた。自分たちを心配してここまで足を運び、今はこの場を守ってくれている。
「ハヤトさんと一緒に冒険できたら、よかったのになぁ」
これはまぎれもない彼の本心であり、仲間たちも同じように思っていた。とはいえ、それが無理だということは幸生たちも承知している。彼ら同様、ハヤトにもリナーテから与えられた使命があるのだ。今はその準備段階であり、いつ行動に移してもおかしくない状況なのである。
「まあ、たまには付き合ってやるよ。足を引っ張るんじゃねえぞ」
「本当ですか⁉ お願いします!」
予想外の言葉に幸生は驚きの表情を浮かべていたが、すぐに深く頭を下げていた。
ハヤトとの話を済ませた幸生は、次にグランへ視線を向ける。ただ、その顔は眉間にしわを寄せ、訝しんでいる様子だ。
「ところで、グランさんはどうしてここに?」
通常、ギルドマスターがギルドを離れ、現場にくることはない。もしあるとすれば、よほどの出来事が起こった場合だ。実際に不測の事態となっていたのだが、それは彼の知るところではない。サオリだけであればまだわかるのだが、ジョワラルムにいるはずのグランがこの場にいることは不自然だった。
「ああ、それはな……。お前たちがこのイベントに参加したことをホルンから聞いたからだ」
「えっ⁉」
幸生の記憶では、誰でも自由に参加できる常設依頼だったはずだ。ホルンが少し渋っていたようにも見えたが、あれは宿屋の確保をするようにという話である。特に問題はない。そう考えていたのだが、どうやら少し事情が違うようだ。
「お前たち、この依頼が違う意味合いを持っているのは聞いているな」
「はい、廃坑に巣食う魔物を掃討するためですよね。そちらのサオリさんからお聞きしましたけど……」
「ああ、その通りだ。だがな、これは非常に危険を伴うからな。お前たちを参加させたくなかったんだよ」
「……そうなんですか?」
廃坑に巣食う魔物たちの討伐が目的とはいえ、どのレベルの魔物と遭遇するかは未知数だ。実際に幸生たちはラフレシアの退治に来て、モウセンゴケと出会っている。魔物の脅威度でいえば、ラフレシアがDランクなのに対し、モウセンゴケはCランクだ。様々な状態異常を引き起こすアシッドブレスを放つラフレシアだが、遠距離からの火属性魔法に弱いという弱点がある。それに比べ、大きなカニを模した姿のモウセンゴケは、素早い身のこなしに、硬い甲羅、強靭なハサミを持つため、かなりの強敵だ。ただ、やはり火属性魔法に弱いという欠点はあるが、当たらなければ意味がない。そんなのが5体も出現したのだから、その危険度はBランクに達すると言ってもいいだろう。
「この依頼は、本来Dランク以上が対象になっているんだよ。まあ、Dランクの冒険者を含むパーティであれば問題ないが、お前たちはレーナだけだからな。それに、ホルンは規定事項以外は伝えていないと言うだろう。もしお前たちに何かあれば、俺の責任問題になるからな。焦りもするわ」
そう、彼がここにいるのは幸生たちを心配してというわけではなく、自分の保身のためだ。情報を正確に伝えていない以上、トラブルは避けたかったのである。ただ、それだけではないと、幸生は感じていた。
「それって、僕たちが貴族ということも関係しているのですか?」
「……そうだな。依頼を受けるかどうかは、自己責任だ。たとえ貴族といえど、それは変わらねえ。だが、今回の場合はちょっと違う。こちらの不手際でお貴族様の子息を死なせたとなれば、間違いなく俺のクビが飛ぶ。幸いサオリが説明したようだし、サカオ町のギルドではEランクでも火属性魔法が使える者の参加を認めているからな。とりあえずは、一安心といったところだ」
結局、幸生たちに何かあれば、自分が殺されると判断しての行動だった。それならここまで来てもおかしくないかと、幸生も納得していた。とはいえ、現場まで足を運んだ理由は少し違う。グランはサカオ町のギルドで休んでいたのだが、そこへ自由の翼の3人が飛び込んできたのが原因だ。栄光の全滅、それを聞いた彼はレントたちに道案内をさせ、急いで駆け付けたのである。
栄光にラフレシアの討伐を任せたのは、グランだ。いくら魔力阻害フィールドがあるとはいえ、彼らが敗れるとは想像できなかった。しかし、魔法が使えないということは、戦闘パターンにも変化が生じるということだ。慣れない戦法でリズムを崩す可能性もある。
「俺の失態だ……」
グランは悔しそうに呟いた。幸生と話しているうちに、そのことを思い出したのだろう。彼の拳は強く握られていた。栄光に直接指示を出したことから、彼が可愛がっていた冒険者たちだということが伺える。
「すまなかったな。お前たちが倒してくれたんだろう」
すでにハヤトから詳細を聞いていたグランは、敵を討ったのが幸生たちだと知っていた。
「いえ、そういうつもりでは……。それに、一番大事なボスには逃げられてしまったので……」
やはり、ジャスティスに逃げられたことが悔しいようで、幸生は申し訳なさそうに俯いている。しかし、グランからしてみれば、その程度は織り込み済みだ。
「魔王軍幹部なんて、俺でも勝てるかわからねぇ。そんなやつ、お前たちに倒せなんて言わねえよ。まあ、気にするな。それよりも、他は全部倒したのだろう。それで十分だ!
ギルド代表として改めてお礼を言わせてもらう。ありがとう、助かったよ」
そう言って、彼は頭を下げた。実際、あれだけの数の魔物と遭遇したのが他の冒険者であれば、一瞬で全滅していたであろう。幸生たちだから、被害もなく済んだのだ。それをわかっているからの態度なのである。
グランとの話が済むと、今度はそこへハヤトも加わった。サオリは彼らの話の内容に耳を傾けている。すべての判断はギルドマスターに一任するため、事の成り行きを見守っているようだ。
「で、これからのことだが……。グラン、それでいいな」
「ああ、問題ない。すべて、お前の指揮下のもとで行われた。それでいいのだろう」
「えっ⁉」
幸生が知らないうちに、2人の間では話がついていたようだ。幸生たちはハヤトのサポートとして戦ったということで処理されるという。
「いいのですか?」
「心配するな。Eランクのお前らが倒したと言うよりも、こっちの方が信頼性が高いだろう。それに、お前たちは実力を隠しておきたいのだろう」
力を誇示する冒険者は多いが、隠そうとする者は珍しい。だが、ランクに合わない実力は面倒ごとに巻き込まれやすいというのも事実だ。その点、幸生はよく理解している。グランはそう考えていた。
「じゃあ、それで頼むぜ。あとは任せるわ」
「はぁ……、これから忙しくなるなぁ。」
疲れたような溜め息を吐いたグランは、やるべきことがたくさんあると言って、サオリとともにギルドに戻っていった。
これで、この章は終わりです。しばらく短い話をはさみ、4月ごろから本編を再開する予定です。




