ハヤトの役目
「どうして、あなたがここに?」
今の時間、イヌヤマ子爵邸にある寮で休んでいるはずのハヤトが、なぜかこの場に現れた。それを疑問に思い、レーナはそう問いかけた。
「ああ、それはだな……」
そう説明しようとしたハヤトであったが、どうにも暗い表情をした幸生たちの様子が気になるようだ。
「なんだ、お前ら。ずいぶんしけた面してんじゃねえか」
元気がない、というより気持ちの問題なのだろう。そう思った彼は軽く発破をかけてみるが、それは逆効果であったようだ。チラリとハヤトを横目で見た翔は、より一層、表情を曇らせる。
「どうした? 魔物は退治出来たんだろう?」
周りを見る限り魔物の姿は無い。それならばとそう質問したのだが、状況は更に悪化した。
まるで苦虫を噛みつぶしたかのような苦渋の表情を浮かべる翔。自信はあった。しかし、それがただの張りぼてにしか過ぎないと気づき、自分の甘さ、そして力量のなさを痛感していたのだ。
「クッソ」
咄嗟に出たその言葉が、彼の悔しさを物語っている。
そして、それは彼の兄と妹も同様であった。悔しそうにギュッと拳を握りしめ、自分の不甲斐なさを嘆いているようだ。
とはいえ、そんな悔しい気持ちも時間が過ぎれば落ち着くものだ。
少しだけ切り替えが済んだのか、幸生がその重い口を開いた。
「――――ボスに逃げられてしまって……」
と、ロイに出会った辺りからのジャスティスことマサヨシとの戦いまでを簡単に説明し、最後をそう締めくくる。
「マサヨシか……」
突然出てきた知っている名前。ハヤトもその名が気になるらしく、しきりに繰り返す。
だが、一息ついた後の返事は、実にあっさりしたものだった。
「いいんじゃないか」
「いや、でもボスを逃がしてしまっては……」
いくら雑魚を倒しても、その元凶となる男を取り逃がしてしまっては、また同じ事件が繰り返されることになる。そう思い、納得できない様子の幸生たち。
だが、そんな彼らにハヤトは呆れていた。
「お前らは、やりすぎなんだよ!」
「「「えっ?」」」
三人はハヤトの言っている意味がよくわかっていなかった。
魔王を倒してくれと女神に依頼されこの地に来た幸生たちだったが、その配下と思われるジャスティスに手こずっているのだ。こんなんじゃあ、全く先が見えない。そう思っていた。
だが、ハヤトはそんな彼らの勘違いを正すため、一旦冷静に周りを見つめさせた。
「よく周りをみてみろ! いったいどうすりゃこうなるんだ」
大きく手を広げ、周りに目を向けろとアピールするハヤト。
いま、幸生たちがいる廃坑前広場はそれほどでもないが、そこから100メートルほど離れると、一面焼け野原といった有様だ。そのに先には巨大な岩が転がり、下敷きとなったシュトルムリリエの亡骸が散らばっている。
「それにだ! 何なんだ、あの魔石の数は……。お前ら、どんだけの魔物をやっつけたんだよ!」
焼け焦げた戦場跡をジックリ見てみると、辺り一面に転々と小さな魔石が落ちていた。ほとんどが夢愛の魔法で焼き尽くされたキラープラントのものだが、近くにある大きめの魔石はウツボカズラやモウセンゴケといった上位種のものだ。
今回の敵が植物系だったため火属性の攻撃が中心となった結果、ほとんどの魔物が焼けてしまい、魔石だけが残っているのである。
「いいか、お前らはEランクの冒険者だ。そんなやつらに課せられた義務とは何だと思う?」
「「「……」」」
ハヤトの問いかけに全く答えが出せない三人。
そんな彼らを見たハヤトは「おいおいマジかよ」と頭を搔いた。その後「はぁ……」と深いため息を吐くと、仕方ないといったふうで説明を始めた。
「お前たちの受けられる依頼はEランク、もしくは1つ上のDランクまでだ。もしそれ以上の案件に遭遇した場合、早期にギルドへ報告する義務が発生する。確実に自分たちで対処できるのであれば構わないが、お前たちの話を聞く限りじゃBランク、下手すりゃAランクに匹敵する内容だ」
「「「……」」」
「まだ分からないか……。
そもそも最初から、お前らだけでかたずけようとしたのが間違いなんだよ!」
そう、彼らに課された本来の義務は、冒険者ギルドに報告することであり、それを無視したこと自体が問題となる案件なのだ。
「じゃあ、あの状況でほっとけばよかったっていうのかよ!」
頭では分かっているが、翔にはそれを認めることが出来なかった。自分には助けられるだけの力がある。それなのに見捨てなきゃならないなんて、我慢できるはずもない。
まだ若いというのもあり、翔はそう考えてしまう。
だが、ハヤトの言いたいことはそういうことではなかった。
「勘違いするな! さっきも言ったが、お前らはまだEランクだ。ボスを逃がしたことくらいどうってことねえ。ましてやギルド登録して1週間だろ。むしろよくやったと褒めてやってもいいぐらいだ。
まあ、ギルマスは怒るだろうがな」
「あ……」
ここで、ようやく幸生がハヤトの言った意味を理解する。
確かに彼らは強い。だが、この世界の冒険者としては、まだド新人なのである。
ギルドからしてみれば彼らは保護対象であり、実績や信頼もない。
そんな彼らが調子に乗って、ギルドの義務を無視し危険を冒したとなれば、待っているのは説教だけであろう。
「どうしよう……」
すぐに現状を理解した幸生の顔は真っ青だ。
もともと彼は目立たないよう慎重に行動していたはずなのに、いつの間にか派手に戦っていた。
(なぜこんなことに……)
今更後悔しても手遅れだ。どう誤魔化したらいいか、彼の頭の中はそれだけである。
魔王軍幹部と思しき者が関わっているだけに報告しないわけにはいかず、いい方法が全く浮かばない。
「はぁ……」
小さなため息の後、ゆっくり辺りを見まわした幸生は「無理そうだな……」と、がっくり肩を落とした
一方、翔はまだ悩んでいるようだ。真面目な彼のことである。自分を責めないではいられないのだろう。
だが、そんな彼を見るハヤトの表情は穏やかだ。
「翔、お前の悔しい気持ちもわかる。だがな、この世界のことはここに住む人たちが解決すべき問題だ。お前が苦しむことはないんだよ。むしろマサヨシの企みを阻止できたことを誇りな」
「えっ……」
その言葉は翔の心に大きな変化をもたらす。夢愛も「そうだよね」と、納得した様子だ。
この世界に起きた歪みを直すため彼らは力を貸しているだけであり、その結果まで責任を持つ必要はない。彼らがいたおかげで、ここでの被害を食い止めることが出来た。それでいいではないか。そういうことであった。
落ち込んでいた幸生たちの精神問題が解決したところで、今度はハヤトが質問される番だ。
「ハヤトさんはどうしてここに?」
彼の仕事はイヌヤマ子爵邸の警備だ。主に夜間を担当しているため、いつもならまだ寝ている時間である。
「ああ、それはだな……。お前たちがやらかしそうだっていうから、急いで駆けつけたんだよ!」
「「「「……、えっ?」」」」
全く意味が分からない。そんな表情の幸生たちに、ハヤトは「まあ、そうだよな」と呟いた。
ジョワラルムからここまではそれなりに距離がある。なのに何故彼がそのことを知っているのか。そこを説明しなければ、話は始まらない。
「ああ、めんどくせえ」
そんなことを口走りながらも、ハヤトは何もない空間に向けて言葉を発した。
「おい! いるんだろ。出て来いよ」
「もう……、何でバラすのよ! おかげで面倒が増えたじゃない」
そんな言葉と共に姿を見せたのは、軽くウェーブのかかった空色の髪に空色の瞳、背中には真っ白な翼の生えた中学生くらいの少女だ。頭の上には黄色く光るリングが浮かんでいる。
「「「天使!?」」」
その少女を見た瞬間、幸生と翔、夢愛の声が重なった。漫画やアニメでおなじみの天使そのままの姿に、彼らは驚いているようだ。
しかし、その姿だからこそ、彼女たちの生みの親が誰であるかは容易に想像がつく。彼女を知っているであろうレーナが慌てて膝をつき、頭を下げていた。
そんなレーナに比べ、全く違った反応を示したのが唯だ。どうやら彼女はこの天使と顔見知りらしく、大きく目を見開いている。
「妖精さん!」
「あんたねえ、私に会ったことあるでしょうが! 私は大天使リリエル、何度言ったらわかるのよ」
そう捲し立てる彼女の剣幕に、幸生たちはドン引きした様子だ。
リリエルは唯の作ったクッキーをくすねていた下級神であり、その存在に気づいていた彼女は、妖精の仕業だと思い込んでいたのである。
とはいえ、そんなリリエルも今では天使となり、今度は女神からの使者として正式にクッキーを貰いに来ているのだが、何故か彼女の頭の中では妖精のままであった。
ちなみにロイは訳が分からず戸惑っている。そもそもハヤトだけでも彼にとっては雲の上のような存在だであり、突然現れた天使というよくわからないものよりも、そちらの方が重大であった。
「コホン……。あなたが幸生ね。私はリリエル、リナーテ様に仕える天使よ」
体裁を繕うため軽く咳ばらいをしてから、改めて自己紹介をする。今更ではあるが、それが天使としての相応しい態度であると教わっていたからだ。
「私があなたたちを助けてあげるわ」
「「「…………」」」
いきなり現れ、そんなことを言い出しドヤ顔を決める天使に、三人は困惑する。
(((助けるって、何を……)))
今助けて欲しいことと言えば、この後の後始末くらいだ。破壊した自然を元に戻せるというのならともかく、彼女に期待できることなど何もなかった。
そんな彼らの気持ちを読み取ったのか、ヤレヤレといった表情で詳細の説明を始める。
「こいつが俺んとこ現れて、お前らがやらかすから助けろだとよ。
だから馬を飛ばしてきたってわけさ」
いやあ、疲れたぜ。そんなことも言ってはいたが、心配かけたということだけはよく分かる。
それはリリエルとて同じことだ。
「ありがとうございます、リリエル様。僕たちを心配してくれたんですね」
その物言いはともかく、自分たちを案じてくれたことは間違いない。
そう思い丁寧にお礼の言葉を述べた幸生だが、ふと、先程のことが気にかかる。助けるとはいったい何のことだろうか。思い切って聞いてみたのだが、思わぬ答えが返ってきた。
「そんなの知らないわよ。私の役目は終わったわ。あとは彼に聞いてちょうだい」
まるで、前言を撤回するかのような言葉を残し、あっさり姿を消す。それはツンデレと呼ぶにも酷い態度であった。
2人の会話を聞いていたハヤトも「まったくあいつは……」と少々苛立った様子だ。普段から余裕を見せる彼にしては、珍しい光景である。
そして幸生はというと、想定外の対応をされ唖然としていた。何かしら説明があるかと思いきや、役目は終えたとばかりに帰っていったのだ。こうなるのも無理はない。
困ったちゃんの天使リリエル。そんな彼女の態度に肝を冷やしたのは、他でもないレーナだ。
いくら天使とはいえ、幸生にそんな態度をとったとなればリナーテが黙っていないはずである。ここは穏便に、そう考えた彼女は申し訳なさそうに事情を話す。
「すみません、幸生さん。あの方はリナーテ様にお仕えする元下級神様です。今は天使という位を得て、少し立場がよくなっていまして……。悪い子ではないんですよ」
いざ話そうと思っても、よく考えてみたら自分も彼女のことをあまり知らなかった。そのため、中途半端な説明になってしまったが、何故だか伝わったようである。
(どこに行っても天使っていうのは、残念な子の扱いなんだな)
幸生はそんなことを考えていた。
何はともあれ、何もないという事は分かった。ここはハヤトの指示に従うべきではないか、そう思い尋ねようとしたところ、夢愛が叫び声をあげる。
「大変!! お兄ちゃん、おじいちゃんとゴブリンの子がいない!」
その声を聞いた幸生が視線を向けると、確かに2人の姿はなかった。どうやら戦っている間に移動したようだ。
「たぶん、中に入ったんだろうな」
証拠はないが、確信はあった。老人の目的は、連れ去られた孫娘を助け出すことだ。目的の廃坑がここだといっていたことから、間違いなく入ったのだろう。
「すみません、先にやるべきことが出来ました。ハヤトさんにはこの場を守っていただきたいのですが」
「いいぜ! 任せとけ」
「お願いします。
それではシンノスケとロイ、唯もここで魔石を集めてもらえますか」
「「「はい!」」」
幸生からの指示を受けた四人は、すぐ作業に取り掛かる。魔石の回収といっても、100近い量を戦場跡から探すのだから大変だ。時間が惜しい、そんな様子である。
「あとのメンバーは廃坑に入る。何もないとは思うけど、注意してくれよ!」
「「「はい!」」」
幸生、翔、夢愛、レーナの精鋭四人。老人たちの捜索には十分すぎるメンバーであった。




