ジャスティスの正体
翔の前へ飛び込み振り下ろされたジャスティスの杖を盾で防いだレーナは、彼に声をかけた後、男を弾き跳ばす。そして剣を抜き、バランスを崩した男に向け逆袈裟に振るうが、その攻撃はギリギリのところで躱されてしまった。
一旦、距離をとったジャスティスは、忌々しそうに彼女を睨みつける。
「レーナ……」
男は殺気を込めて、そう呼んだ。
けれど、それは彼女にとって見過ごせないものだ。
「あら、私を知っているってことは、もしかして、あなた転移者なのかしら?」
まだ名前を言っていないにもかかわらず、男は彼女をレーナと呼んだ。それが意味することはジャスティスの正体が、元AIであるということだ。
そこへ、事情に心当たりのある夢愛が近づいてきた。
「レーナお姉ちゃん、たぶんその子、マサヨシ君だよ」
夢愛はすでに確信を持っているらしく、間違いないといった様子だ。
マサヨシというのは子供将棋倶楽部に属していた少年で、ニ期生として活躍していた。
設定上の年齢は八歳。活発で勝敗には人一倍こだわるタイプであった。
「えっ? 夢愛ちゃん、それ本当なの?」
「うん、だって、私が名前を呼んだら、その名で呼ぶなって怒ってたもん」
「そうなの? でも変ね。彼、自分大好きっ子じゃない。名前で呼んだら、喜びそうなものだわ」
「だよね~。あの子、私に将棋で勝つと『正義は必ず勝つ! なぜなら、私は正義だからだ!』って、いつも言ってたもん」
「そうね、かなりウザかったわね……」
「「アハハハハ!」」
彼女たちの会話から、ジャスティスは正義という名が嫌なわけではないらしい。むしろ好きすぎて、おかしくなっているようだ。
そんな会話を黙って聞いていた男は、プルプルと体を震わせていたが、ついに切れた。
「どいつもこいつも、我が主より賜りし御名を汚しおって、ゆるさぬ、ゆるさぬぞおおおお!」
怒りに我を忘れ、大きな叫び声をあげるが、今の彼女たちに効果はない。
「ああ、やっぱりこのウザさ、正義くんだわ。変わってないね」
「そうでしょ!」
と、以前と変わらない反応に、懐かしさを覚えていた。
とはいえ、いつまでも懐かしんではいられない。
レーナは真剣な表情で、夢愛と向き合う。
「でも、ごめんね、夢愛ちゃん。私にはもう一つやらなきゃならない使命があって、こんなふうに悪いことをした子を、処分しなければならないの」
「処分?」
そう聞いた夢愛は、不安そうな表情を浮かべた。確かにジャスティスの行いは許しがたいものだが、正体がマサヨシと知ってしまった彼女には、彼を罰することなどできそうにない。
「ええ、でも大丈夫。リナーテ様が何とかしてくれるわ」
あくまでも最終的な判断はリナーテが行うと説明し、夢愛を安心させたのである。
けれど、レーナの処分という言葉に反応したのは、夢愛だけではない。怒りに任せ魔法を発動しようとしていたこの男の耳にも届いていた。
「処分だと、フワハハハ、お前ごときに私が倒せると思っているのか! 丁度いい。レーナ、お前はあの御方にとって邪魔な存在だ。今ここで、私が消してくれよう」
我を忘れるほど憤っていた男は、先ほどの言葉で冷静さを取り戻していた。
レーナの実力で男を処分するなど荒唐無稽と言わざるをえないが、彼女には確信があるらしく、余裕の笑みを浮かべている。
「あら、怖いわ。でもね、私だけでは無理かもしれないけど、今は彼らがいるわ。あなたにできるかしら」
いつの間にかレーナの背後には幸生、翔、夢愛の3人が立っている。その様子を冷静に見つめていた男はヤレヤレと首を振る。
「まあ、その者たちは強いかもしれない。だが、それだけだ。まだまだ私の足元にも及ばぬ」
レーナの自信の根拠が彼らだと聞いて、がっかりした様子。すでに彼らの実力は確認済みで、どうあがいても脅威とはならないのだ。
そこへ、新たに合流を果たす者たちがいる。
「俺もいるぜ!」
「「「「ロイ!」」」」
唯の肩を借り、ふらつきながらも歩いてきたロイは、幸生の隣に立った。
「もういいの?」
「すまない、迷惑をかけた。だが、もう大丈夫だ!」
レーナが心配そうに声をかけるが、ロイは問題ないと手を振った。立っているので精一杯の彼が、戦いの役に立つとは思えないが、足手まといであるにもかかわらず、それを受け入れる彼らに、ジャスティスは苛立ちを覚えた。
「ぐぬぬ、雑魚が! そんなやつらが何人集まろうと、関係ないわ!」
まるで、小ばかにしているかのような彼らの態度に我慢できなくなった男は、その心のままに魔法を放つ。
「くらえええ!【正義の審判】」
ジャスティスの放った魔法は広範囲の放電魔法。激しい雷撃が彼らを襲う。
しかし、これは幸生に読まれていたらしく、すでに待機させていた魔法を展開させる。
「【絶対防御】」
淡い光が彼らを包み、雷から守る。
「なにっ⁉」
挑発にのり確実に大魔法が来ると読んでいた幸生は、本日ニ度目の絶対防御を発動させた。
だが、彼の魔力量をもってしても数分しか持たないこの魔法は、幸生の魔力を大きく消耗させる。すぐに持っていた魔力回復ポーションを飲み干し少しでも回復させるが、全快には程遠い状態だ。
それでもここは余裕を見せなければならない。
「ジャッジメントなんて、たいそうな名前だけど、僕たちには効果ないみたいだね。やっぱり君が悪なんじゃないのかい」
幸生の目的は、少しでも男を消耗させること。大魔法を使わせ魔力を消費させる。そのためなら何度でも絶対防御を展開させるつもりであった。
ジャスティスの放った魔法はあくまでも攻撃魔法だ。もちろん審判を下すなどという内容ではない。とはいえ、自信をもって放った魔法が効かなかったということにショックを受ける。
「バカな、そんなはずは……」
彼の特徴は感情の起伏が激しいこと。勝負に勝てば大いに騒ぐが、負けると極端に落ち込む。それがウザいといわれる所以だ。
チャンスと見た幸生が攻撃に出ようと指示を飛ばそうとした、その時だった。夢愛が何もしていないにも関わらず、突然地面に黄色く光る召喚陣が展開されたのである。
結果的に戦闘はここで終わる。彼らは忘れていたのだ。もう1人の仲間の存在を……。
召喚陣から姿を現したのは頭に手ぬぐいを巻き、背中には編み笠を背負い、腰紐には短刀を括り付けた旅人衣装の猫だ。
「シンちゃん?」
いつもと違う姿で現れたシンノスケに、夢愛は驚きの声をあげる。この衣装のモデルとなるのは、水戸黄門でお馴染みのうっかり八兵衛さんだ。いつものお侍ではなく、こちらを選んだのには訳がある。もちろん、うっかり忘れられていたのが原因だ。ただの皮肉である。
召喚もしていないのに現れたシンノスケに、幸生は驚くというより(そんなこともできるのか)と思っていた。そして翔は(どこを目指しているんだ、アイツ)などと考えていたが、空気を読んで声に出してはいない。というのも、シンノスケは恨めしそうに彼らを見ていたのだ。
「ひどいですよ。アッシだけ、のけものにするんですかい?」
彼は少しむくれた表情で、そう言った。ここにいるメンバーは時の絆の5人にロイ。いつのまにか新参ものが混じっていたことが、彼の不満に拍車をかける。
「それに、こいつは誰です。もうアッシはいらないんですかい!」
完全にござる口調を封印し、捲し立てるように話すシンノスケに、幸生も困った様子だ。そもそも、すぐ呼び出すと言っておいて完全に忘れていたのだから、彼が拗ねるのも無理はない。
「あ、すまない。いろいろあってね……」
幸生は何とか言い訳しようとするが、とっさ過ぎて頭が働かない。
「まあ、見ていたからわかっているでござるよ」
シンノスケも心は侍だ。いつまでも拗ねてはいない。一瞬で元のお侍の衣装に戻ると、改めて自分のご主人である夢愛の前で、膝をついた。
「姫、勝手に出てきてしまい、申し訳ないでござる」
彼女の前で恭しく頭を垂れるその姿は、侍というより騎士といった方が似合いそうだ。そんな、彼を見て体を震わすものがいる。
「お、お前は……」
そう、ジャスティスである。お互い姿形は変わっているが、その正体に気づいたようだ。
「ん、マサヨシか? なんだ、お主も幸生殿の仲間になりたいのでござるか?」
さっき見ていたと言ったにもかかわらず、何も知らない風を装いそう問いかけた。だが、ユキオという名が、彼を驚かせる。
「そんなわけ……。ん、ユキオ……。まさか、その者がユキオ様なのか」
彼は、今まで幸生の存在に気が付いていなかった。というより、彼の姿を覚えていなかったといった方が正しいのかもしれない。画面越しで戦う夢愛の顔を知らないということはあっても、自分たちの主人である幸生を知らないというのは明らかにおかしなことだった。
「何を言っておるでござるか。まさか、本当に幸生殿を忘れたのではあるまいな」
「…………」
どうやら、そのまさかであった。
「そうか……、仕方ないな。 私は、あの御方よりユキオ様には手を出すなと言われている。残念だが、ここは引かせてもらう」
そう言うと、ジャスティスはふわりと宙に浮く。そして「また会おう!」と、お決まりの文句を言って、飛び去って行った。
「お、おい、逃がすかよ!」
翔はすぐにその後を追いかけようとするが、幸生がそれを止める。
「待て、翔!」
「なんでだよ! 今アイツを逃がしちまったら、また同じような被害が出るじゃないか!」
翔の言い分はもっともだ。しかし、それ以上の問題があった。
「今の僕たちじゃあ、たぶん勝てない。わかるか、アイツはまだ、少しも本気を出していないんだぞ!」
ジャスティスの本分は魔法だ。それが、杖だけで彼らを翻弄していたのである。幸生が絶対防御を連発しなければ対処できない相手なのだ。
「くっそ……」
翔は悪態をつくが、それ以上何も言わなかった。それは他のメンバーも同様である。見逃してもらったというのが、実際の所だろう。
苦労して魔物たちを倒したのに、彼らの表情は重い。肝心のボスを取り逃がしってしまったのだから仕方がない。そんな彼らのもとへ近づいてくる人影があった。
「おいおい、なんだ、もう終わっちまったのかよ」
「ハヤト!」
「「「「ハヤトさん!」」」」
そこに現れたのは、大剣を肩に担いだハヤトであった。




