恐ろしい敵
カボチャ頭の男が姿をみせると、夢愛は幸生の後ろに隠れた。彼女の怯えた様子が、彼を不安にさせる。
「それほどなのか……」
その姿は人間だったカボチャマスクの男とさほど変わらないが、あふれ出る魔力はその危険性を物語っていた。
「まいったな。まさか、こんな奴が控えているとは……」
そう呟く幸生はうんざりした様子。
ここにきて圧倒的な強さを持つ敵が現れるなど、アニメやゲームの世界だ。
「レベルアップが必要な敵ってことは、ないよな」
ゲームであればボス戦を何度も戦うことができるが、ここが現実である以上、チャンスは一度だ。
「なるようにしかならんか、はあ……」
幸生は諦めたように、溜息を吐きだした。
そんな兄と違い、翔はその不気味なカボチャ頭に、不快感を抱いている。
「なんだアイツ……」
オレンジ色のカボチャに、三角の目や鼻、三日月の口を持ったその顔は、ジャックオランタンに酷似していた。
けれど、その表情はマスクと違い、ハッキリとその変化が見て取れる。愉悦に浸るその顔は、明らかに彼らを見下していたのだ。
「さあ、始めましょうか。十分に私を楽しませてくださいよ」
カボチャ頭の男のセリフは、完全に上位者のそれだ。そんな男の言葉に、翔はカチンときた。
「ふざけんな! 大体、お前は誰なんだ!」
人ではない相手に『誰なんだ!』もないが、上から見下ろすような態度が気に入らないのだろう。
ストレージから取り出した麗光を鞘から抜き、剣先をビシッと男に向けた。
「おやおや、まだ名を言っていませんでしたか。それは失礼いたしました」
丁寧に返すその言葉使いが、余計に彼を苛立たせる。
男はそんな翔を楽しそうに眺めると、恭しく頭を下げた。
「私の名はジャスティス。パンプキンヘッド・ジャスティス。これが、あなた方に死を与える者の名です」
ジャスティスと名乗った男は、さも当然とばかりにそう言ってのける。
それに、すぐ反発したのは翔だ。
「ジャスティスだと。さんざん人を殺しておいて、正義も何もないだろうが!」
と、怒りに任せ、大声で叫んだ。
すると、ジャスティスと名乗った男は不思議そうに、顔を傾ける。
「はて、おかしなことを言いますね。あなたも我々の同胞を殺したではないですか」
「うっ……」
それは全くの正論。
彼らはここにいた魔物たちを全滅させていたのだ。殺した数なら彼らの方が圧倒的に多く、それでも何か言おうとする翔を、幸生が止めた。
「やめるんだ、翔。立場が変われば、その正義も変わる。彼らからしてみれば、僕たちは悪だ。互いに相入れない存在なんだよ」
「けど……」
言っていることはわかるが、それを受け入れることは難しい。彼らが人間側である以上、人を殺す魔物は悪なのだ……けれど。
「すまない、兄貴……」
彼はそう謝って素直に引いた。
翔にとって兄の存在は絶対的なもの。
ある意味依存した状態なのだが、そこは兄弟の絆がなせることなのだろう。
幸生にしても、結果的に翔が落ち着いたことで、一安心だ。
前衛となる彼が怒りに任せて暴走したのでは、お話にならない。
頼みの綱の夢愛が怯えた現状では、翔に頑張ってもらうしかないのだ。
そんなニ人を眺めていたジャスティスは、満足そうに頷いた。
「どうやら、わかっていただけたようですね。安心してください、楽には殺しませんよ」
カボチャの顔をニタリと歪めて気味の悪い笑顔を浮かべる男に、ようやく幸生もやる気になった。
「仕方ないですね、お相手しましょう。まあ、抵抗してみせますよ」
まだ下手に出てはいるが、その口調は自信に溢れていた。
夢愛も兄の変化を察し、元気に顔を出す。
「わたしも、たたかう」
そこに、先ほどまでの怯えた表情はない。彼女自身まだ不安はあるが、頼りになる兄たちがいるのだ。
「わたしに、できることをするよ!」
迷いのない表情でそういった妹に。幸生も満足そうな笑みを浮かべる。
「よし! 夢愛は無理するなよ。翔は……そうだな、これを使え!」
幸生がストレージから取り出したものは、魔力回復ポーションだ。
「いいのか?」
翔は心配そうに聞き返す。
というのも、彼らはこの世界に来てポーションというものを、まだ見ていなかった。
回復薬や傷薬に毒消しなどは販売していたが、ポーションとなったものはなかったのだ。
この世界にポーションは存在しない。
それが結論であったが、『Sラン』では一般的なものであったため、幸生のストレージには入っていたのだ。
「出し惜しみして、死んでしまったらどうしようもないからな。それに、本当に効くか試しておきたいし」
「なんだよ、実験じゃねえか」
そんな軽口をたたきながらもポーションを受け取った翔は、蓋を開け一気に飲み干した。
彼の体が淡く光り、魔力が回復したことがわかる。
「どうだ?」
「ああ、ばっちりだ!」
この世界に存在しないとしても、効果は問題ないようだ。
魔力が回復したことで、翔にも余裕が生まれる。
「これならいけそうだ」
弟の魔力が無事に回復したことを確認した幸生は、次の指示を出す。
「それと、今回は麗光ではなく、聖剣を使え」
聖剣というものがある以上、その対象は魔王かその係累となる者たちだ。
幸生が聞いた魔王軍幹部の存在。その内の1人がジャスティスで間違いないだろうと考えているのだが、そんな彼と翔とでは温度差が大分違う。
「やったぜ! いよいよ解禁だ」
翔は嬉しそうに聖剣ジョワグラムを取り出した。
この聖剣のモデルとなるのは、北欧神話の英雄シグルスの持つ名剣『グラム』だ。
ドラゴンスレイヤーとも呼ばれる名剣だが、この世界では少し趣が異なっている。
翔の持つこの剣からは、白いオーラのような光を纏っていた。というのも、この聖剣の属性は風だからだ。
ただ、その聖剣をジッと見つめる者がいる
「おや、聖剣ですか。ふむ、あなたがどうしてそのようなものを持っているのかわかりませんが、少しは楽しませていただけそうですね」
聖剣という切り札を、早々に切ったにも関らず余裕を見せるジャスティスに、幸生は動揺する。もう少し慌てるかと思っていたのだが、全く平気そうにしているからだ。しかし、ここで思いがけず、夢愛が事件を起こす。
「ねえ、もしかしてキミ、マサヨシ君じゃないの?」
突然そんなことを言い出した彼女に、幸生たちも唖然とする。それでも夢愛はいたって真面目な表情だ。彼女はジャスティスや正義といった単語から連想したらしく、間違いないと確信している様子だ。
「マサヨシ? 誰だそれ……」
「マサヨシ? なんか覚えがあるような……」
翔には全く心当たりがなく、幸生は相変わらず見た目の変化に弱い。ましてや、相手はカボチャである。思い出すことは不可能であろう。
だが、これが地雷であった。オレンジ色のカボチャの顔が赤く染まり、怒りの形相だ。
「私を、その名前で呼ぶなああああああああ‼」
そんな叫びをあげる男に、夢愛は「アレ?」といった表情を浮かべているが、どうやらビンゴであった。天然なのかワザとなのかわからないが、彼女はジャスティスと名乗る男を怒らせることに成功したのだ。
「もう、マサヨシ君。こんなことしちゃダメだよ!」
相手を正義だと気づいた夢愛に、さっきまでの怯えはない。むしろ、お姉ちゃんとして注意しなきゃいけないと思っているようだ。
けれど、それが火に油を注ぐこととなった。
「まだいうか! おのれえ、殺してくれるわ! 死ねええええええええ!」
頭に血がのぼったジャスティスは、杖を剣に見立てて夢愛に襲い掛かる。それを、夢愛はキョトンとした表情で眺めていた。
「バカ! 夢愛、避けろ!」
それに気づいた翔が動きのない妹に叫ぶが、すでに平常運転に戻っている彼女は落ち着いたものだ。左手を前に出し、その指にはめられた指輪に【プロテクション】と言って魔力を流す。彼女の前には透明な光の盾が浮かびあがった。使用者にしか認識できない光の盾は、はたから見れば無防備な状態だ。
「なっ!」
振り下ろされたジャスティスの杖は、見えない盾に止められていた。驚いて固まる男の隙をついて、今度は夢愛が魔法を放つ。【火弾・連射】
杖から飛び出した小さな炎が、マシンガンのように降り注ぐ。それをギリギリで避けた男に、今度は翔が剣で斬りかかる。何度も振るわれる聖剣を杖で受けきると、ジャスティスは大きく飛びのいた。そこへ、幸生の放った氷塊が降ってくる。
「くっ!」
男の行動を先読みした幸生の氷塊は、命中したかに見えた。
「【土壁】」
しかし、直前で作られた土壁にぶつかった氷塊は、粉々に砕け散ってしまった。それでも、彼らの攻撃は止まらない。動きの止まった男めがけて夢愛が石礫を放つ。しかし、この怒涛の攻撃がジャスティスを冷静にさせていた。石礫をかわし切れずまともに受けてしまうが、しょせん小石でしかない。夢愛も少し遠慮気味なのか、威力も弱い。初めから受ける気でいれば、当たっても耐えられるのだ。翔が「まだまだああ!」と、斬り込んでいくが、男はそれを見越して魔法を発動する。
「【木葉束縛】」
誘いこまれた翔の足に木の葉ならぬカボチャの蔓が絡みつく。身動きの取れなくなった彼めがけて、ジャスティスの杖が振り下ろされた。
「死ねえええ!」
「やべええっ‼」
「翔‼」
弟のピンチに兄が叫ぶ。だが、もう間に合わない。
「ガシャアアン‼」
しかし、大きな接触音がし、ジャスティスの杖は金属の盾に止められた。
「翔、大丈夫?」
『レーナさん!』
翔とジャスティスの間には、盾を構えたレーナがいたのである。




