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カボチャマスクの男②

 魔物たちに占拠された村ルルを支配していたのは、マイ・カネダ子爵家令嬢であった。

 

 その名前からも分かるとおり、彼女は元AIである。

 『Sラン』でのマイは、ミツヒサの二歳下の妹という設定だったが、一斉転移が行われた際に彼女はまだ自我に目覚めておらず、転移を見送られていた。

 

 というのも、自我に目覚めていないAIに人の体を与えてしまえば、感情のない機械のような人間を造り出してしまうことになるのだ。

 そのため、タカヤス・カネダ子爵の子供はミツヒサのみとされたのだが、その二週間後、彼女は自我に目覚めてしまった。


 この世界では僅か二週間。だが、あちらの世界では十年だ。

 その事実を知らされたマイは動揺するが、自分も兄たちと一緒がいいと転移を望む。


 遅れて来た自分を父や兄が受け入れてくれるのかどうか不安であったが、その心配は無用であった。

 両名とも可愛がっていた妹が昔のままの姿で現れたことを、大変喜んだのである。

 

 けれど、実は彼女の本性が闇だということを、彼らは知らなかった。


 ここからカネダ子爵家の悲運が始まるのである。




 自分を攫ってきた犯人が子爵家令嬢のマイだと知って、オリバはひどく動揺した。

 カネダ子爵家はタニガワ伯爵家の派閥に属する一派で、その貢献度は高い。それなのに、魔物を操り村を支配していたという事実が判明したのだ。

 

 彼女がオリバを連れてきた理由はわからないが、これは由々しき問題であった。


「説明してください。これはどういうことなのですか?」

 

 そう追及するオリバであるが、マイの表情に変化はない。

 

 この状況はタニガワ伯爵家への反逆行為ととられても仕方のないことだが、全く動じる気配もないのである。


「フッ、どういうことかって。お前ならわかるのではないか。私と同じ力を持つお前なら」


 彼女の意味ありげな言葉にオリバは動揺する。

 これは偶然ではなく、計画されたものなのだ。

 最初にグレイウルフ、次にファングボア、最後にオークと、彼の実力を試していたのである。


「なぜ、私の能力(スキル)をあなたが知っているのです」


 彼は自分の能力を領主代行のリサにさえ教えていなかった。それなのに彼女は知っていたのだ。

 ほとんど面識のない他領の貴族が、ただの執事に過ぎない彼の能力を知っていたなど、普通ではありえないはずだが。


「あら、冒険者時代の履歴を調べれば、すぐにわかるわよ」


 特に悪びれもせず、そう答えるマイ。

 いくら貴族とはいえ、冒険者ギルドの記録を調べるなど言語道断。

 レアな能力(スキル)保持者は狙われる危険性が高く、命の危険性もあるため、他人の能力を詮索すること自体が違反行為なのである。


「まさか、私の経歴を調べたのですか……」


「ええ、あなたの能力、素晴らしいわ。私のために役立ててちょうだい」


 それがまるで当然であるかのように語るマイに、オリバはゾッとする。

 彼は上位貴族の執事であり、ましてや派閥の長が召し抱えているのだ。


「狂っている……」


 そう考えてしまうのも、ある意味仕方のないことだ。 

 けれど、家族を人質に取られている以上、従わざるを得ない。


「私は何をすればいいのですか?」


「まあ、そうなるだろうな」


 先ほどとは打って変わり冷淡な笑みを浮かべた彼女は、パンパンと手を二度叩く。すると、扉の外に控えていただろうメイドが「失礼します」と言って、入ってきた。

 メイドはマイに頭を下げるとオリバの前で立ち止まり、その手に持っていた()()()を差し出した。


「これは……」


「おまえには、このマスクを被ってもらう」


 そう言って渡されたマスクは、覆面レスラーが被るようなカボチャのマスクであった。


「屋敷内ではいいが、外へ出るときはマスクを被ってもらう。外には強力な魔物たちもおる故、マスクなしでは命の保証はせんぞ」


「わかりました」


 その説明で十分意味を理解したオリバは、その場でマスクを被ってみる。


 すると、どうだ。何やら力が溢れてくるような気がした。


「なんだ、これは」


「それはな、精霊様を宿した魔法のマスクだ。おまえにはそのマスクを使って魔物を使役し、能力(スキル)ランクをCに上げてもらいたのだ。今のランクはDだから、わけないであろう」


 その言葉を聞き、オリバは彼女の目的を悟った。


「Cランクですか……」


 彼は知っていたのだ。

 調教師(ティマー)には、ランクがCになることで覚える特殊能力があり、呪い(フルーフ)という。

 これは対象相手に隷属の紋を刻むための能力で、人には適用されていないが、魔物全般には可能だ。

 もちろん、相手を弱らせる必要はあるが、利点は魔力が少なくて済むということ。

 精神を直接支配してしまうティマーに比べ、自分の命と引き換えなら逆らうことができる隷属の紋は、術者にとっても危険を伴うが、少ない魔力でより強力な手下を増やすことができるのだ。

 

 けれど、これはある意味オリバにとってもいい話である。

 もしここで味方となる魔物を使役できれば、脱出する時の手助けとなるからだ。


「家族の安全は保障してくれるのですな」


「無論だ。お前は協力者なのだからな。なんの不自由もない暮らしを約束しよう」


「そうですか……。わかりました。協力いたしましょう」


 こうして、オリバはマイの配下となった。


 そして、ここからが彼の不幸の始まりとなる。


 屋敷内で家族三人で暮らすことができ、とりあえず安心したオリバたちは、今後の計画について話し合う。幸い監視の目もなく、屋敷の中でなら自由にふるまえるため、妻や娘にも不満はなかった。

 むしろ、以前より贅沢な暮らしができると、喜んでいたくらいだ。


 そのため、彼が脱出の計画を話すと、二人は『ここにいたい』と反対の意見を述べた。


「わたし、ここの生活に不満はないわ」


「そうね、貴族に生まれたらこんな感じなのかしら。羨ましいわ」


 そんな妻と娘の様子に、戸惑うオリバ。


「二人とも、どうしてしまったんだ。俺たちはずっとこの屋敷から出られないんだぞ」


 そう必死に説得するが、彼女たちに聞く気は無さそうだ。


「どういうことだ? まさか、洗脳……」


 思い当たるは、その可能性。

 日中は魔物を使役する訓練を行っているため、彼女たちが何をしているかなど全くわからないのだ。


 疑念を抱くオリバであるが、実は彼、勘違いをしていた。


 普段から貴族屋敷で働く彼と違い、彼女たちは生粋の平民だ。

 それなのに、ここでは貴族令嬢のような扱いをされているのである。

 おまけに、マイが暇つぶしにと、彼女たちをお茶会に誘っていた。


「二人とも、お待ちしていましたわ。今日はケーキを御用意させましたのよ。好きなものを選んでくださいな」


「まあ、おいしそうだわ。いつもありがとうございます」


「ええ、気にしないでくださいまし。このような場所では、お茶会くらいしか楽しみはありませんものね」


 このような生活を繰り返していたのだから、帰りたくなくなるのも無理もない。

 おまけにこの屋敷では多くの使用人が働いていたため、外にいる魔物さえ見なければ全く違和感がないのだ。

 

 これはある意味洗脳と言えなくもないが、特別何かした、というわけではないのである。




 けれど、こういった変化は彼女たちだけではなかった。


「おやおや、いかがいたしました。心が乱れているようですね」


 そう話しかけるのは、カボチャのマスクだ。このマスクは精霊が宿っているといわれているだけあり、意思の疎通ができる。

 彼がマスクを被っている間だけであるが、その内容は彼を持ち上げるものばかりであった。


「さすがですね。ティマーは王者のスキルです」


「いや、そんなことはない。君のおかげだよ」


「いえいえ、私ができることは、少しだけ力をお貸しすることです。すべてはティマーを持つ、あなた様のお力なのですよ」


 このような会話が繰り返されていたのだから、むしろ洗脳されていたのはオリバの方である。

 妻や娘が脱出を拒み、オリバもこの生活に満足感を抱き始めていた。


 ここで彼が行っていることは、ただ単に能力(スキル)を使い屋敷の外にいる魔物を使役しているだけ。

 犯罪まがいなことをしているわけではないというのが、彼の意志を増長させる。


 ここは魔物に支配された村ではなく、自分が支配するために魔物がいるのだ。


 そんな考えに至ったのである。


 ここに来て一週間が過ぎ、オリバの能力(スキル)はCランクに上がった。

 予定通り呪い(フルーフ)も覚えており、マイに呼び出された彼は、新たな任務を命じられた。

 その内容が、サカオ鉱山で大量のキラープラントを使役し、新たな進化を促せというものだったのである。

 邪魔が入らないようにとラフレシアの種と魔力阻害のアイテムを二種類。さらに魔力阻害により魔物が動けなくなってしまうと困るので、その対処法を伝授され、自身が使役したガルーダの背に乗りサカオ鉱山へ向かった。

 

 彼はこの一週間の生活で妻や娘への心配がなくなっていたため、安心して目的の地へ向かったのだ。

 

 まさか、これからの二週間が彼を狂気に変えるとは知らずに……。


 

 そして、現在に至る。


 オリバが村を離れた数日後、シルバ率いる冒険者パーティ『ピエロ』の手によって彼女たちは救出されたが、彼はそれを知らずにいたのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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