カボチャマスクの男①
それは三週間ほど前のことだった。
タニガワ伯爵家に仕える執事の一人・オリバは妻のエリナと娘シアを連れ、妻の両親が住む町『リカルド』を目指し馬車を走らせていた。
このところ、タニガワ伯爵領内では魔王軍の動きが活発化しており、危険度が増してきている。一年前、村が一つ落とされ、そこを拠点に魔物たちが集まりだしているのだ。
この状況に危機感を抱いたオリバは、今のうちに領都ミレニアへ妻の両親を迎えようと考えた。幸い妻の兄弟はみな家を出て、住んでいるのは年老いた父と母のみだ。裕福な家庭ではないため、後継ぎを心配する必要もない。
両親からしてみれは、ミレニアに来れば娘や孫と一緒に暮らせるとあって、おおいに喜んだのである。
さっそくオリバは妻の家族を迎えに行こうと、領主代行のリサへ休暇を申し出た。すると、彼女は快く了承し、馬車まで貸しあたえてくれたのだ。
自領の領主、タニガワ伯爵家の紋章が掲げられた馬車を襲うような盗賊はいないため、これによりオリバは旅の安全を約束されたのである。
彼らが街道を進むこと五時間。
隣街を過ぎ山間に差し掛かったところで、事件は起きた。
突然、馬車の前にグレイウルフが三頭現れたのである。
山間とはいえ、人通りのある街道に魔物が現れることは珍しい。というのも、目撃情報があれば、すぐに冒険者が駆け付け退治してしまうからだ。
全く無いというわけではないが、不運であったことは確かだろう。
けれど、オリバは特に焦ることもなく落ち着いた様子。
彼は元Dランクの冒険者という実績があり、この程度の魔物など脅威ではないのだ。
とはいえ、今は急ぎの最中。ここは戦っているよりもと、ある特殊なスキルを発動させる。
「我、オリバの名のもとに命じる。我が下僕となりて道を開けよ【魔物たちの楽園】」
魔力を乗せた言葉に反応したグレイウルフたちは、オリバの指示に従い道を開ける。
お座りをし、ご褒美を待つその仕草は、まるで飼い犬のようだ。
そう、彼の持つ能力は調教師。魔物を使役する能力であり、条件さえ満たせば可能なのだ。
その条件というのが、自分よりランクの低い魔物であること。戦いで屈服させること。そして、その魔物を使役できるだけの魔力があることが基準となる。
一人の調教師が使役できる魔物の数は、本人の持つ魔力量によるため一概には言えないが、およそ十体程度だろう。スキルランクが上がったところで、強力な魔物を使役するためには必要となる魔力量も上がってしまうのだ。
まあ、グレイウルフばかりを使役するというのであれば別だが、結局は変わらないのである。
彼の発動したスキル魔物たちの楽園は、同時に複数の魔物を使役できる能力だ。
これは調教師のスキルランクが上がると覚える能力で、以前に使役したことのある種の魔物であれば、屈服させずとも従えることができる。
もちろん、それには彼の持つ魔力量が足りているという条件が付くが、グレイウルフ程度であれば問題ないようだ。
オリバの操る馬車は、何事もなかったかのようにグレイウルフたちの横を通過していき、その間も行儀よくお座りをして待つ魔物たちに、彼は馬車を止め声をかけた。
「お前たち、山へ帰るがよい」
一瞬、悲しそうな表情を見せたグレイウルフたちだったが、馬車が離れていくのを待って、山に戻っていった。
スキルによる一時契約は一定の距離に達すると解除される。馬車が進んでいけば、自然と魔物たちは解放されるのだ。
こうして無事にこの場を切り抜けたオリバは、再び馬車を走らせる。けれど、またしても進行を妨げる魔物が現われた。
今度はファングボアが三頭。ボアとはイノシシのことを指し、鋭い牙を持ったイノシシという意味であるが、オリバがスキルを使うことで、ここも問題なく通過できた。
けれど、ここでオリバは様子がおかしいと思い始める。
そもそも、弱い魔物とはいえ街道にグレイウルフやファングボアが現われたのだ。比較的、山の奥に住むことの多いこの魔物たちが、なぜ街道まで出てきたのか。
「まさか、追われているのか?」
強力な魔物が出現し住処を追われた。その可能性も否定できない。
そして、それを肯定するかのように現れた魔物が、オーク三体だ。
さすがに厳しい相手で、馬車の中にいるエリナとシアも怯えていた。
「あなた、大丈夫なのですか? まだ、間に合います。引き返しましょう」
オークといえばDランクの魔物。オリバの能力を知っているエリナでも危険だと感じ、引き返すことを提案する。
けれど、彼の考えは違っていた。もしかしたら、すでにリカルドの町が攻められているかもしれないのだ。
せっかくここまで来たのに、それでは妻の両親を見殺しにすることになる。
オリバは引き返す選択を諦め、再びスキルを発動する。
「我はオリバ、お前たちの主となるものだ。我が名のもとに命じる。我の配下となりて、共に歩め【動物たちの楽園】」
先ほどまでより強い魔力を乗せた彼の言葉。
オークは暫しの間抵抗を見せるが、徐々に抗えなくなり脇へ避け頭を下げた。
どうやら彼はオークを従えたことがあったのだ。
と、そこで軽やかな拍手が鳴り響く。
パチパチパチ
その音に驚いたオリバが振り向くと、一体の魔物が視界に映る。
貴族のような艶やかな衣装を身にまとっているが、その姿は人じゃない。
頭から生えた二本の角がそれを物語っていた。
「まさか、大鬼か⁉」
大鬼とはBランクに分類される魔物で、今の彼には勝ち目のない相手だ。
おまけに人語を介するとなると、魔人である可能性も否定できない。
オリバが対応に困っていると、その大鬼からは、おかしな提案がなされた。
「すばらしい! オークさえ手懐けるとは。どうでしょう、私と取引しませんか」
そんな話を持ち掛ける大鬼に、オリバは困惑する。だいたい大鬼が取引といわれても、何を取引しようというのだ。
そんなことを考えていると、突然、馬車にいる妻と娘から叫び声があがった。
「キャアアア、あなたー!」
「たすけてー、お父さ~ん!」
そう、いつの間にか馬車に入り込んだ二体のゴブリンが、エリナとシアに剣を突き付けていたのだ。
「キサマ! どういうことだ」
「ええ、ですから取引をと、申したではありませんか」
「ふざけるな!」
「いえね、無理にとは言いませんよ。ですが、奥様と娘さんが……」
いくらオリバといえど、喉元に剣を突き付けられた妻と娘を助ける方法はない。結局、彼は言うことを聞くしかなかった。
「何をさせたいんだ」
ぶっきらぼうな言い方だが、それで大鬼の機嫌が損ねることはない。むしろ、喜んでいるようにも見える。
「ホホホ、賢明な判断ですね。それでは一緒に来てもらいましょうか」
こうして三人は大鬼に連行されていったのである。
オリバと妻のエリナ、娘のシアが連れてこられたのは、魔王軍が拠点とする村『ルル』だった。
けれど、この村は大きく様変わりしており、丸太で作られていた柵はコンクリート製の外壁に。
村人たちが住んでいた家も全て取り壊され、代わりにドーム型の建物が複数建てられ、種族ごとに分かれて魔物たちが生活していた。
「なんだ、ここは……」
あまりの変化にオリバは呆然とする。
そこに住む魔物たちの数もそうなのだが、これを建てたのが魔物たち、という事実だ。
全く考えられない事ではあるが、驚くべきはこれだけではない。
村の中心には領主邸のような立派な建物ができていたのだ。
「そんな……バカな、ありえない……」
この村が占領されて一年。
このような屋敷を造りだせる技術が魔物たちにあるとは、到底思えなかった。
けれど、その理由はすぐに明らかとなる。
オリバたち家族は屋敷内の一室を与えられ、彼だけが謁見の間へと呼び出されたのだ。
そこでオリバを迎えたのは、彼がよく知る人物。
「待ってたわ、久しぶりね、オリバ」
「まさか、どうしてあなたが、このような所におられるのです。マイ様」
彼に親し気に話しかけた人物、それはマイ・カネダ。
ミツヒサ・カネダ子爵の妹であった。
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