ラフレシア討伐戦③
幸生の合図とともに、夢愛たち女性陣はテッポウユリの魔物へと、駆けて行った。
敵の姿はまだ後方三百メートルほどと距離があり、すぐに接敵するということはないが、あの姿はどう見ても遠距離攻撃特化。安全を考えるなら、なるべく早く距離を詰めるべきと考えていたのだ。
夢愛や唯のように魔法攻撃中心ならともかく、近接戦闘向きのレーナにとって、この距離は致命的。適性のある光魔法で対抗する手段もあるが、魔力量の少ない彼女にはそれも厳しかった。
このままでは何の役にも立てず戦いは終わってしまうと、少しばかり焦っていたのだ。
全てを巻き込み破壊し尽くす夢愛の魔法は、仲間にも脅威である。彼女が本気を出せば、たった十体程度の魔物など一撃で終わらせることも可能であろう。
となれば、自分が役に立つためには、なるべく早く距離を詰めるしかない。
そう考えていたが、この戦いはそんな甘いものではなかった。
彼女たちの作戦を読んでというわけではないのだろうが、大量の水球が飛来する。
「きゃあ!」
「大丈夫ですか、夢愛様」
一発の水球が、夢愛の足下に落ちた。彼女は驚いて悲鳴をあげたが、当たってはいないようだ。
心配そうに声を掛けた唯に「なんともないよ」と、手を振って応える。
けれど、シュトルムリリエから放たれる水球は、距離が近づくほどにその危険性を増す。当然、遠距離よりも近距離の方が命中率は高くなるのだが、問題はその数だ。
「なんて、数なの……」
山なりになって飛来するたくさんの水球。
シュトルムリリエの放つ水球は、頭部である三本に分かれた花弁からであり、それが生き残った十体から同時に放たれるのだから、同時に飛来する数は三十。それだけの数を避けるなど、ほとんど不可能であった。
「防いで、【土壁】」
夢愛は地魔法を使い、大きな土の壁を作り出す。躱すことが無理だと悟り、防御の構えだ。
飛んできた水球は次々とその壁にぶつかり消えていき、、その役目を終えた土の壁は崩れ落ちた。
「ダメ、数が多すぎて土の壁がもたない‼」
夢愛はあっさり崩れ落ちる土の壁に、悲鳴をあげる。
もって十発。全弾当たるわけではないので、数としてはそんなものだろう。
だが、もう次の水球が放出され、彼女たちに迫ってきいるのだ。
再び夢愛は土の壁を作り出し、レーナは光魔法で迎え撃つ。
「光よ集え【光の矢】」
時間短縮のため詠唱を省略し放った、威力弱めの光の矢。それを近場に飛んできた水球へぶつけ、消滅させた。
けれど、一定の間隔で飛んでくる30発の水球を、撃ち落とし続けられるものでもない。
今はまだ当たりそうなものは数発程度だが、距離が近づけばほとんどが命中範囲となることだろう。
「私も撃ちます!」
レーナの行動の意味を理解した唯は、すぐにも反応を示し、幸生から貰った三種の杖の中から光の矢を選び迎撃を始めた。
慣れない武器とはいえ、自らが放つ風魔法よりかはよっぽど威力は高く、相殺するだけの効果は秘めていた。
だが、それでも数の暴力には勝てないのである。
一方的な攻撃を受け、防御一辺倒となった夢愛たち。
このままではジリ貧であり、何か打開策が欲しかった。
「夢愛ちゃん、どうする?」
現状を打破するため、レーナは夢愛に指示を仰ぐ。彼女は幸生の妹だけのことはあり、頭の回転が速いのだ。
「土の壁をいくつか作るから、攻撃しながら移動して」
敵は遠距離タイプであり、接近してくる様子はない。ならば飛んでくる水球さえ防げば、チャンスはあると考えた。
「【土壁、土壁、土壁】」
土の壁の連続作成。その壁が壊される前に移動し、距離を詰める。と同時にレーナと唯は光の矢を飛ばしての反撃だ。少しでも数を減らすことで、土の壁が壊されるまでの時間を長引かせていた。
けれど、残り百メートルを切る距離まで近づくと、これ以上は厳しくなった。
シュトルムリリエとの距離が近づいたことで着弾も早くなり、山なりだった水球が低弾道で飛んでくるようになったのだ。
「たいへん! これ以上は壁がもたない!」
先程までの威力とは全く違うと、夢愛は焦った様子だ。折角作った土の壁も、僅か数発で崩れる始末。
もはやこれ以上は無理と根をあげた時、唯が光の矢を連射し始めた。
「任せてください! 速射!!」
彼女は正確に当てるため丁寧に放っていた光の矢を、命中率を度外視して速射に変更。ここからはシューターとしての本領発揮である。
彼女の持つ能力・シューターは命中率のアップ。適当に放ったとしても結果はあまり変わらないのだ。経験不足による痛恨のミスとも取れるが、こういった経験が後に生きてくるのである。
とはいえ、これで状況が打開されたわけではない。手詰まりなのは変わらないのだ。
「夢愛ちゃん、これではキリがないわ。私が突っ込むから援護をお願い!」
「ううん、レーナお姉ちゃん、まだ危険だよ。もう少し数を減らしてからにしようよ!」
状況を見る限り、まだその時ではない。けれど、レーナは剣士タイプであるため、これ以上の魔力消費は押さえたかった。
「唯! あなたのスキルで、あいつらの気を引くようなものは創り出せないの?」
「すみません。幻影創造はあくまでも幻なので、あの手のタイプの魔物には効果がありません。それよりも、夢愛様のゴーレムを囮にしてはどうでしょうか?」
唯の言葉通り、幻影が植物に効果があるかはわからないが、それよりも動きのあるゴーレムの方が無難にみえる。
「そうね、試してみる価値はあるわね」
「うん、やってみるよ!」
三人が現状を打開するため選んだ作戦は、夢愛の精霊ゴーレム。
彼女の持つ模型の種類は馬車を引かせている馬たちだけではなく、様々な動物模型を所持しているが、その中で今回選んだ模型は犬型を十体。
シェパードにラブラドールレトリバー、シベリアンハスキー、グレートデン、ドーベルマン、グレートピレニーズ、セントバーナード、ボクサー、秋田犬、最後にチワワだ。ほとんど大型犬であるが、1頭だけチワワが混ざっているのはご愛嬌である。
「この地に宿る大地の精霊たちよ、私に力をお与えください。【自動人形】」
夢愛の魔法が発動。それとともに赤や青、黄色に緑といった小さな光が現れ、次々と犬の模型に吸い込まれていく。すると、淡く光を発しながらその姿を本物同様に変え、嬉しそうに尻尾を振りながら夢愛を囲うように集まってきた。
「せいれつ! じゃあみんな、私のお願いを聞いてね。
やることは簡単、左右に分かれて駆け回るだけ。敵が水球を撃ってくるから、できるだけ避けて欲しいけど、当たっても死ぬわけじゃないから無理しないでね」
一頭一頭に視線を向けながら、夢愛は丁寧に説明していく。まだ生まれたばかりの精霊ゴーレムたちなので無理して頑張ってしまう可能性もあったが、それは彼女の望むところではない。たとえ死なないとわかっていても、無茶はして欲しくないのだ。
精霊犬たちは、夢愛の思いを理解していないようであったが、やるべきことはわかっているらしく、首を縦に振る。
それを了承の意ととった夢愛が、作戦開始の指示を出した。
「じゃあ、行ってみよう」
その声に反応し、犬たちが「ワンワン、キャンキャン、ウォー」などと吠えながら戦場に駆け出していった。とにかく飛来する水球に当たらないよう、逃げ回っていればいいのだ。
突然現れた精霊犬たちに、シュトルムリリエたちの反応も様々。
どこを狙っていいかわからず、水球の発射をやめてしまうものや、見当違いの方角へ撃ってしまうもの、それでも夢愛たちを狙って放つものと、明らかな困惑が見て取れる。
けれど、視認できるターゲットが分かり易く動くため、徐々に照準がそちらに向かい始めていた。
要は、散開するイヌたちを近づけまいと、標的を切り替えたのだ。
犬たちは右に左にと駆け回り、的を絞らせないように走る。スピードも速く、この距離ならそう当たることは無いはずだったが、チワワだけは足が短いためか避けきれず、真っ先に脱落していた。
戦況を眺めていた夢愛も「あ~、やっぱりか」と、それほど気にしてはいない様子。最初からお遊びのつもりであったようで、そこまでの感情移入は無さそうである。
「レーナおねえちゃん、私が道を作るからお願いね!」
もうそろそろ良さそうだ。そう判断した夢愛がレーナへ指示。
かなり大きな魔力を必要とするらしく、返事を待たずに言葉を紡いでいく。
「大いなる大地の精霊よ、私の願いを叶えたまえ。大地を穿つ勇者の槍、願わくば通り抜けることを許されたし。【クリエイト オブ アース タネル】」
魔法名の詠唱が終わり、夢愛は杖の先端で地面を叩く。すると「ゴゴゴ」という音ととも、地面に大きな穴が開いた。どうやらこの穴はシュトルムリリエの足下まで続いているらしく、レーナに入るよう促す。
「レーナおねえちゃん、今だよ!」
その声を聞いたレーナであるが、なぜか動こうとしない。
「でも……」
と、少しばかり戸惑った様子だ。というのも、彼女たちを守る土の壁はどんどん減っていて、残るは三人がいるこの場所だけとなっていたのだ。精霊犬たちも陽動をしてはいるが、その数も徐々に減らしてきており、夢愛もトンネルを維持するために新たな土の壁を造り出せない状態だった。
これで彼女がここを離れ土の壁が崩壊したら、ニ人は格好の的になってしまうのだ。
行動をためらうレーナに、唯が言葉を掛ける。
「大丈夫です。ここは私が何とかしますから、あなたは行きなさい!」
「ゆい⁉️」
突然の彼女の変貌ぶりに戸惑いを見せるレーナであるが、何かに気づいたらしく首を縦に振る。
「 ……わかりました。こちらはお任せします」
レーナは唯に一礼すると、夢愛が作り出したトンネルに入っていった。
少しばかり雰囲気の変わった唯であるが、夢愛はトンネルの維持に意識を集中しているため、気づいていなかった。
普段はおっとりした天然ぽい彼女が、凛々しい顔つきとなっていたのだ。これが日常での一コマであるならば、流石に夢愛も疑ったことだろうが、今はそれどころではないのである。
唯はトンネルに入っていくレーナを見届けた後、何もない空間に向けて声を掛ける。
「シルフ、いるのでしょう。出てきなさい」
明らかに何もない空間であるが、何かがいると彼女は確信している様子だ。
すると、その強い口調に驚いたのか、呆けた顔をした少女が空中に現れた。全身に風を纏った薄い青髪の中学生くらいの少女である。
彼女の正体は風の精霊シルフ。火属性のサラマンダーや地属性のノーム、水属性のウンディーネと並ぶ四大元素の精霊だ。
召喚能力もない少女に何故気づかれたのかわからないと、首を傾げていた。
「もしかして、あなた。最初から私に気づいていたのかしら」
「ええ、もちろんよ。……でも、あの子はいないのですね」
「あの御方はリナーテ様の指示でハヤトを呼びに行ったわ」
「そうですか。なら、あなたでいいわ、手を貸しなさい」
一方的ではあるが、シルフに手を貸せと命じる唯。その口調は有無を言わせぬものであるが、彼女もそれに応じるようだ。
「そうね、いいわよ。何をしたらいいのかしら?」
唯は飛んでくる水球を指さしシルフに告げる。
「アレを排除します」
「オッケイ!」
あまり時間がないため、唯は展開する魔法のイメージを頭に浮かべ、魔法名だけを唱える。シルフの助力もあり、威力は申し分ないはずだ。
「【エアーカーテン】」
その一言で空気の流れが縦回転となり、厚い風の層が作り出された。飛んできた水球は風の層にあたり、次々と破裂していく。
それを見た唯は、すかさず次の魔法を発動した。
「凍りなさい。【冷風】」
一瞬で温度が下がり、冷たい風に変わる。破裂し細かくなった水球は、冷気によって凍りつき、小さな氷となった。
「お返しです。【竜巻】」
そして最後は竜巻の中に氷を巻き込み、杖を前に振る合図で、氷の塊がシュトルムリリエに向けて飛んで行ったのである。
その様子を夢愛はトンネルを維持することに集中していたため、見ていなかった。けど、召喚魔法が使える彼女は、近くに精霊が現れたことには気が付いていたのだ。
「唯ちゃん……」
不思議な気配を感知し、そちらが気になる様子の夢愛。だが、ここで意識を逸らしてしまえば、トンネル内にいるレーナが生き埋めになってしまうかもしれない。
今はこの戦いに集中し、話はあとで聞けばいいやと意識を変えるのであった。
夢愛の守りを唯に任せたレーナはトンネルに入った後、すぐにスキルを使う。
「【オーバーブースト】」
このスキルは彼女の能力値すべてが、一定時間1.5倍になるというものだ。
翔の瞬速のように一瞬で距離を詰めることはできないが、足も速くなるためトンネル内を全力で駆け抜ける。
その様子を夢愛はトンネルを維持することで窺っていた。トンネル内のレーナの位置は、魔力を維持している間はわかるため、彼女が魔物たちの前まで到着し次第、開通させるつもりなのだ。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
全力で駆けるレーナの前は土の壁で塞がれているが、彼女に迷いはない。この先に魔物がいると確信しているのだ。
夢愛はレーナの動きに合わせて、トンネルを開通させた。
と、その瞬間、地中から飛び出したレーナが、目の前にいるシュトルムリリエの花を3本とも斬り落とす。そして隣、さらに隣と立て続けに9本の花を斬り落とした。
すると、頭となる花が無くなったシュトルムリリエは朽ち果て、ボロボロと崩れ落ちていく。
残り7体。
だが、レーナに気づいたシュトルムリリエの一体が太く短い葉を棘のように固くさせ、体当たりをかましてきた。
「チッ」
咄嗟に飛び退いてかわすレーナ。まだ後ろには六体も控えており、ピンチである。
「くそっ!」
うっかり翔のような悪態をついてしまうが、それも仕方がない。相手は巨体のため、圧がすごいのだ。プレッシャーとでも言うべきか、この数に囲まれてしまえば勝機はない。
しかし、そんな彼女を救うかのように、大量の氷の礫が飛来する。もちろんこれは唯が飛ばした氷だ。
それがシルフの力なのかはわからないが、氷の粒はレーナの位置を避けるように飛んでいき、シュトルムリリエたちに命中する。
「よし!」
レーナはその状況をチャンスと読み、剣を振るう。
続けて二体を倒し、さらにもう一体と近づいたところで異変は起きた。というのも、彼女の動きが鈍くなったのだ。理由はオーバーブーストの効果が切れたのである。
バランスを崩し転倒するレーナを体制を立て直した5体のシュトルムリリエが襲い掛かる。
万事休す。そう思った時だった。
「レーナおねえちゃん! 避けて!」
突然、ハッキリと聞こえてきた夢愛の声。
危機感を煽るその言葉に焦りを覚えたレーナは、咄嗟に空を見上げギョッとした。というのも、上空に巨大な岩が浮かんでいたのだ。
「うそっ!」
トンネルは開通させたことで完成し、夢愛はすぐに次の魔法を発動させていた。
敵を一網打尽にできるほどの、とんでもない大技を……。
もう、ほとんど魔力の残っていないレーナであったが、最後の力を振り絞りスキルを使う。
「【オーバーブースト】」
すぐに立ち上がりシュトルムリリエの攻撃をかわしたレーナは、夢愛の作り出したトンネルに逃げ込んだ。
と同時に、大きな音とともに地面が激しく揺れる。
不安に感じつつもトンネルを抜け、振り向いた彼女が見た光景は、巨大な岩に潰されたシュトルムリリエたちの姿であった。
その光景を複雑そうに見つめたレーナは、はあ……とため息をつく。
「夢愛ちゃん……」
なんとなく呟いたその言葉であったが「な~に?」と、楽しそうに返事をする彼女を見て、幸生たちの気持ちがわかったような気がしたレーナであった。
こうして無事戦いを終えた彼女たちであるが、その中で唯は何が起きたかわからず呆然と戦場を眺めていた。
気が付けば戦いが終わっており、何がどうなったのか、全くわからないのだ。
そこへ、夢愛が聞きたくてしかたがないと言った風で、話しかける。
「ねえねえ、ゆいちゃん。さっき、精霊様がいなかった? あの感じだと、かなり力のある精霊様だと思うんだよね」
けれど、唯からの返事はなかなか返ってこない。少しうつむき加減で、顔色も悪いようだ。
「どうしたの?」
その様子に心配した夢愛が彼女に尋ねると、唯は畏まった表情で頭を下げた。
「申し訳ございません。私、途中から何も覚えてないんです。少しはお役にたてたのでしょうか……」
涙ぐんだ様子でそう語る唯ではあるが、紛れもなく夢愛を守ったのは彼女である。
しかし、残念ながら夢愛は自分のことが手一杯で、彼女の働きを見ていなかった。そのため、返事に困っていると、「そうですか……」と唯はさらに落ち込んだ様子であった。




