ラフレシア討伐戦②
夢愛の放った魔法は強力過ぎた。百体近くいたマンドレイクやキラープラントを一掃し、更にはこの辺り一帯を燃やし尽くしたのだから、その威力は恐るべきものである。
炎輪は凝縮された炎の塊。その威力は込められた魔力の量で決まるといわれ、黄色が最も弱く、次にオレンジ、赤、青と続き、最後が白だ。その上に黒も存在するのだが、地獄の炎輪と名前も変わるため、事実上、白が最も強力であった。
そして、それを完璧に防ぎ切った幸生の魔法は、更にとんでもないものである。
絶対防御の能力は、その全てを無効。そのため、たとえそれが原爆であったとしても防ぐことが可能という代物だ。
ただ、そのぶんこの魔法には膨大な魔力が必要で、維持している間は魔力を消耗し続けるという欠点もある。そのため、いかに魔力量の多い幸生でも、今の魔法ランクでは三分持つかどうかなのであった。
先ほど展開した短い時間でさえ、幸生は三分の一ほどの魔力を失っていたのだ。
☆ ☆ ☆
一方、配下の魔物たちを一瞬で焼き払われたカボチャ頭の男は、目の前で起きた惨劇に、我を忘れていた。
「な、な、なんだ、何が起きたんだ。まさか、アレが魔法だというのか」
信じられないといった面持ちの男は、まるでドラゴンブレスでも浴びたかのような無残な光景に、唖然とするばかり。自身は魔力阻害フィールドにいたため難を逃れたが、前線にいたキラープラントたちは、ほぼ壊滅状態であった。
とても人の手で行われたとは思えず、その視線を先に向ければ、確かに人間の姿はチラホラと見えるが……。
「そんな、バカなことがあってたまるか」
と、呟いてみても、これは夢でないのだ。
明らかに理不尽な暴力がそこにあった。
短い思考停止期間の後、カボチャ頭の男も徐々に冷静さを取り戻す。
焼き払われたのはあくまでもキラープラントたちであり、主力となる部隊はまだ健在だった。
この地には魔力阻害装置が作動しており、一定の範囲内であれば全て無効となる。
そのため、魔力阻害フィールド内にいた主力のウツボカズラやモウセンゴケはまだ健在で、現状では負ける要素など全くないと、そう結論に至ったのだ。
「パンプキンヘッド様、少しよろしいでしょうか?」
どうにか落ち着きを取り戻し、改めて作戦の練り直しをと考えた矢先、足下から声が聞こえてくる。男はラフレシアの葉に乗っていたため、下に配下の緑小鬼がいたのだ。
ゴブリンとは小鬼のことで、背は低く、ずんぐりした体型で頭には小さな角が2本生えた魔物。異世界で最もポピュラーな魔物と呼ばれ、勿論この世界でも例外ではない。
しかし、この世界で緑小鬼といえば、カンビオエルフという名の妖精を指し、実はゴブリンではないのだ。
カンビオとは変化を意味する言葉でカンビオエルフはその名の通り進化する妖精。進化前の姿がゴブリンに酷似していたため、こちらの名で定着してしまったが、進化後の姿は美しく、元が緑小鬼だと理解しているものは少ない。そして、この男もそれを知らないようだった。
「なんだ! 今は忙しいんだがな」
初っ端から多大な被害を被り、冷静さも欠いていた。本人は落ち着いているつもりでも、その言葉の端には怒気がはらむ。
それを知ってかどうかは別として、このグリーンゴブリンに怯えは無いように見える。
しかし、それに気づかぬ男は、蔑んだ目で緑小鬼を見下ろしていた。
「すみません。ですが、奴が逃げまして……」
「なんだと! くっそ、使えん野郎だ! まあいい、あの様子ならまだ遠くには行っていまい。すぐに連れ戻せ!」
申し訳なさそうに話す緑小鬼の演技に騙され、男は苛立った様子でそう命令を下す。
今はそんなことに構っている場合ではなく、緊急事態であった。
怯えた表情を見せ、後ずさる緑小鬼。そして振り向きざまにすっころび、這うようにして去っていく。
その滑稽な姿に一瞥をくれたカボチャ頭の男は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、すぐに意識を切り替えた。
あんな小物に使う時間など勿体ないと、現状把握に努めているのだ。
だから、もし彼に、その不自然さを見抜くだけの冷静さがあれば、また違った結果となっていたのかもしれないが、どうやらそれは無さそうである。
そっと振り返った緑小鬼は、男を見てクスリと笑う。そして自分への意識がないことを確認し向きを変え、洞窟近くまで戻ってきて、男に気づかれぬようタイミングを見計らい洞窟の中へ入って行った。
緑小鬼の狙いはただ一つ。囚われた本物のパンプキンヘッドを救出することのみ。そのためには自らの命も惜しまない。そう覚悟を決めていたのである。
改めて戦場に目を向けたカボチャ頭の男は、冒険者たちの後ろにまだ魔物が残っていることに気づく。
敵の後方へ配置したキラープラント三十体のうち、十体ほどが生き延びていたのだ。
「ほう、成功していたではないか。ふあはははっ! ついに新種の誕生だ!」
遠目ではあるが視界に映る全ての魔物が、その姿を変えていた。もともとユリ科のキラープラントであった魔物たちが大きな魔力を得て、巨大な魔物へと進化したのである。
「あれはユリ……か。さしずめ、シュトルムリリエといった所だろう」
シュトルムとは嵐を指す言葉であり、リリエはユリである。
その名の通り、三本に分かれたユリの花から次々と放たれる水球が、まるで嵐のように見えたことから、そう呼んだのだろう。
そして、その名がこの世界へ登録される。勿論彼の預かり知らぬところであるが、その結果は彼の望むものだった。
男の目的はキラープラントから新しい種を生み出すこと。もともとマンドレイクやウツボカズラ、モウセンゴケにラフレシアなども、みなキラープラントだったとされているのだ。それが長い年月の間に進化し、新たな固有種として誕生した。
そう、考えられていた。
そして、このカボチャ頭の男が行っていたことは、大精霊であるパンプキンヘッドを捉え、その魔力を抽出し、数十体といるキラープラントたちに魔力を与えることで、進化を促していたのである。
カボチャ頭の男は新種の魔物シュトルムリリエを援護するため、ウツボカズラに前進を命じた。
先ほどのような強力な魔法は連発できるものでないし、一気に片を付けてしまおうと考えたのだ。
時間を置けばまたあの魔法が来るやもしれぬ。そう考えた彼の判断は正しいようにも見えるが、幸生たち相手に魔力阻害フィールドを利用しない作戦は、悪手でしかなかった。
☆ ☆ ☆
結果的に夢愛の魔法でキラープラントたちを一掃することに成功した幸生は、まだ燻る大地を眺め、現状把握に努めていた。
広範囲が焼けたことで生き残った魔物がいれば、すぐにわかる。ある一定の範囲を境にして、正面にウツボカズラとモウセンゴケ、ラフレシア、後方にはキラープラントの生き残りらしき魔物が10体ほどと、戦果としては十分すぎるほどだ。
しかし、そんな中、翔は後方にいた魔物に注意を払い、その姿に首を傾げた。
「なあ、あんなやつ、さっきまでいたか?」
彼が指さしたのは、後方にいるテッポウユリのような姿の魔物だ。先程見かけた時よりも巨大化し、三つに分かれたラッパ状の花がキングギドラを連想させる。
「う~ん、まずいな。進化してるよね、アレ……」
「あの魔法を防いだってことは、たぶん水属性なんでしょうね」
そう予想したレーナの言葉通り、ラッパ状の頭からは水が溢れ出ていた。
どうやらあの魔物はラッパのような花の部分から水を吐き出し、炎輪を防いだと思われる。
「あ~、植物だってそういうのいるよね」
実際のテッポウユリにそんな能力は無いのだろうが、魔物となれば別である。属性というものが存在する以上、水適性の植物がいても不思議ではないのだ。
「水なら私の地属性魔法でどうにかなるかな」
「そうだね。じゃあ、夢愛に頼もうか」
キラープラントたちを焼き尽くし、今度は水属性と思われるシュトルムリリエまでもを相手するという彼女。
理不尽過ぎるにもほどがあるというものだが、幸生は妹の提案をあっさり承認した。
水属性に対し地属性は有効。そしてメンバーの中で適任者は彼女だけなのだ。
即断即決、敵も待ってくれないため、臨機応変に対応する必要があった。
「みんな、よく見てくれ。あそこが魔力阻害フィールドの境だ。アレより前に出ると魔法が使えなくなるから、十分注意するように」
「「「「「はい!」」」」」
幸生の注意換気に仲間たちが力強く応える。炎輪で焼けた痕は黒ずんでいたため、どこからが魔力阻害フィールドなのかハッキリと視認できた。
「じゃあ、翔は魔物たちをおびき出してくれ。聖剣はまだ使うなよ」
「了解! まずは、麗光、お前の出番だ!」
翔は疾風剣をストレージに戻し、日本刀を取り出した。
名を麗光。女神の加護を受けた業物である。
彼は大事そうに鞘から剣を抜き放ち、その感触を確かめる。
「よし、いいぜ!」
翔の準備は整い、後は兄からの号令を待つばかり。焦る気持ちを抑え、静かに佇むのだった。
次に幸生はレーナと夢愛、唯に指示を出す。
「三人に後ろを任せて大丈夫かい」
「お任せください」
幸生からの問いかけにレーナは自信ありげに答え、夢愛も「まかせて~」と軽く手をあげる。
けれど、唯は少し不安があるのか、自信なさげな様子だ。
「唯、大丈夫かい。無理そうならロイくんと変わろうか?」
「いえ、大丈夫です。私にやらせてください」
確かにまだ戦いは怖い。でも、大切なお嬢様と共に戦うこの機会を、他の方に渡すわけにはいかないと、唯は決意を露わにする。
自ら望んで付いてきたのだから、これ以上足で纏いにはなりたくなかったのだ。
「そう? なら任せたよ。無理はしないようにね」
「ありがとうございます」
少しばかり心配ではあったが、ここは彼女の気持ちを尊重し、幸生は彼女たちに後方の魔物を任せることにした。
そして、最後にロイ。彼は緊張した面持ちで、幸生からの指示を待っていた。
「ロイ、君には翔が誘い出した魔物と戦ってもらうよ。僕が魔法で援護するから、あとは任せるね」
「はい!」
予想以上に重要な役目を与えられた彼であるが、もう心に迷いはない。
気弱な自分を信じ、大切な魔法剣を託してくれたこの人物の期待に応えたいと、そう思っていたからである。
「じゃあ、みんな気をつけるんだよ。 さあ、攻撃開始」
リーダーの一声により、駆け出していく翔と女性陣。
人数的な不利は減ったものの、まだまだ大型の魔物が残っていた。
「お爺さんは、ここで待機ね」
「わかっておるわい。まあ、お手並み拝見といくかのう」
「お手柔らかに」
老人と軽口を交わす幸生には、まだまだ余裕がありそうだった。




