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天城会館

 レーナお勧めの宿は、町の入口からそう遠くない位置にあった。


「幸生さん、見えました! あの宿です」


 彼女が指示(さししめ)した場所は、門前宿と呼ばれる安宿が並ぶ通りの先、屋台が並ぶ広場の近くだ。少々お高めの宿らしく、入口の看板がだいぶ凝った造りとなっていた。長方形に切り出された大きな石に、達筆な文字で『天城会館』と宿名が。どこぞの巨匠が彫った作であると言われれば、そのまま信じてしまいそうな出来栄えである。

 そして、更に問題となるのがその名前であった。


「ここって、宿だよね」


 幸生はあまりにも不自然な宿名に戸惑いをみせる。というのも、会館とは集会場を表す言葉であり、宿の名称としては不適切なのだ。

 しかし、レーナは気にする様子もなく「ガラガラガラ」と引き戸を開け、中に入っていく。すでに慣れ親しんだ彼女にとって、それはどうでもいいことなのである。


「こんにちは! エリザ、部屋は空いてるかしら?」


「あら、レーナ! いらっしゃい。 久しぶりだねぇ、部屋なら空いてるよ」


 常連であるレーナに景気よく挨拶するのは髪を白い頭巾で覆い、腰にエプロンをつけ、テーブルを拭いていた女性だ。彼女の名前はエリザといい、この宿の女将であった。


 この世界の宿は一階が食堂になっていることが多く、昼時には大勢の人々で賑わいを見せているはずである。それがどういうわけか客の姿は無く、時間を持て余していたようだ。


 女将はレーナの姿を見るなりニッコリと笑い、楽しそうに声をかける。


「今日はずいぶん若い子たちを連れてるんだねぇ。いつものあんちゃんはどうしたんだい?」


 いつもであれば、もっと年上で野性味のある男性と一緒だったレーナ。それが、まだ若い少年少女を連れているのだ。彼女でなくとも興味が湧くというものである。


「ハヤトだったら、イヌヤマ様の御屋敷で働いているわよ! 今の私は、この子たちとパーティを組んでいるの」


「へえ~、そうなのかい。レーナも出世したんだねぇ」


 感慨深げにレーナを見つめ、何やら納得した様子の女将。


 それというのも、レーナたちがこの町に来たのは、まだ駆け出しの頃であり『廃坑の魔物を倒して戦闘技術を学ぶの』と張り切っていたのだ。それが、今度は自分より下の子たちを連れて来たものだから、彼女も嬉しくなったのである。


「はあ……、時の経つのは早いねえ……」


「何おばさんみたいなこと言ってるのよ! あなたまだ二十代でしょう」


 大げさな物言いをするエリザに、レーナは「はぁ……」とため息をつく。

 彼女の指摘の通り女将はまだ二十八歳で、娘も小さく、まだまだ十分若い。仕事柄おばさん臭くなるのもわかるが、耄碌はしてほしくないのだ。


「それで、部屋なんだけど……」


「ああ、そうだったね」


 予想通りというべきか、エリザはすっかり忘れていたらしく慌てて料金の説明を始めた。


「二人部屋と三人部屋でいいんだろ。夜と朝二食付きで800リナと1000リナ、合計で1800リナだよ」


 この世界の通貨単位はリナ。日本円に換算すると1リナが10円のイメージだ。

 料金は二人部屋が8000円、三人部屋が10000円と、感覚的にはかなり安い。それでも少し高めの宿というのだから、物価の違いとでも言うべきか。

 しかし、駆け出しの冒険者が泊るには過ぎたる宿であるわけで、一日1800リナも払っていては、到底食っていけないレベルである。


 とはいえ、幸生たちにとっては気にするほどの額ではない。唯がメイド服のポケットから、すんなりと硬貨の入った袋を取り出した。 


 銀貨1枚に小銀貨8枚。

 この世界の貨幣は、銅貨1枚が1リナ。そして10リナが大銅貨、100リナが小銀貨、1000リナが銀貨、1万リナが小金貨、10万リナが金貨と6種類に分かれている。デザインはすべて同じで、女神リナーテの肖像画であった。これは『Sラン』時代から変わっておらず、このコインを作ったのは幸生だったりする。


 唯から硬貨を受け取ったエリザは、カウンターの奥から部屋のカギを取り出しレーナに渡した。


「はいよ、部屋は離れているけど問題ないね? 朝食は8時までだから気を付けるんだよ。それから、出かける時はカギを預けておくれ」


 エリザは簡単な確認と注意事項をレーナに伝え、今度は夢愛が抱いている猫に視線を移す。


「その子も連れて行くのかい? なんならあたしが面倒見といてやってもいいんだよ。もうじき娘も帰ってくるからね」


 無論、彼女に悪気があったわけではないが、その一言に夢愛は過剰な反応を示した。


「ダメーッ! シンちゃんは私と一緒なの!」


 最近すっかりシンノスケを甘やかし始めた夢愛。モフモフであり話し相手にもなる猫精霊は、彼女の癒しとなっているのだ。


 リナーテから貰った精霊石のおかげで、シンノスケを日常でも召喚し続けることが可能になった。そのため、彼は常に夢愛の後を付いて回り、今ではメイドたちにも受け入れられ、飼い猫としての地位を確立したのだ。

 ゴロゴロと喉を鳴らす仕草は愛らしく、甘えてくる姿は彼女たちにとっても至高の癒し。

 それが確信犯であることは明確なのだが、可愛いのだから仕方がない。

 

 とまあ、そんな事情もあり、夢愛の召喚魔法はDランクに。そしてシンノスケも新しい能力を身に付けているが、それは別の話だ。


 エリザとしては夢愛も含めてという意味だったが、警戒する幼い少女にショックを受けていた。


「ああ、悪かったね。とったりしないから大丈夫よ」


 飼い猫をギュッと抱きしめる幼い少女。娘とも年が近く、いい遊び相手になるかと考えていたが……。

 まさかその少女も冒険者であるなどとは露知らず「気を付けていくんだよ」と不安気な顔を覗かせていた。


 


 


 ホルンから指摘のあった宿が確保でき、時の絆はようやく目的であった『幻の鉱石』探しに向かう。

 ただ、その前にこの辺りの魔物の情報を仕入れるため、冒険者ギルドに寄る必要があった。

 以前レーナがこの地を拠点としていたとはいえ、今も一緒であるとは限らず、新たな情報収集は冒険者の基本である。あらかじめ生息している魔物が分かっていれば戦闘も有利に行え、被害も最小限に抑えられるからだ。


 部屋の鍵をカウンターに返し、幸生たちは宿を出る。すると、引き戸を閉めようとしていたレーナをエリザが呼び止め、何事か耳打ちした。


「今夜、できるんだろ! みんなを呼んどくからね」


「あ、はい。大丈夫だと思うわ」


「じゃあ、さっそく連絡しなきゃね」


 レーナから了承を得たエリザは、大慌てで奥へと入って行ったのである。






 宿を出て、レーナの案内で冒険者ギルドへ向かう時の絆。

 サカオ町の冒険者ギルドは町の入口近くにあり、天城会館とは正反対の方角だ。

 それでも小さな町であるだけに歩いて数分といった程度で、しばらく進むと一際大きな建物が見えてきた。


「あった。あれだ」


「へえ~、冒険者ギルドって、どこも変わらないんだな」


 人の集まる冒険者ギルドでは依頼の受付だけでなく、素材の回収や解体まで行っている。翔の知るゲームであれば受付で素材を引き渡せば終わりだが、現実には、そこで多くの人たちが働いているのだ。


 幸生たちがギルドに入ると、中にいたのは受付嬢ただ一人。普通であれば依頼を終えた冒険者がいてもいい頃だが、どういうわけか全くいなかった。


「こんにちは。ジョワラルム冒険者ギルド所属、Eランクパーティ『時の絆』です。できれば、この辺りの情報を伺いたいと思い、立ち寄ったのですが」


 受付カウンターまで進んだ幸生は、定型句通り受付嬢に挨拶をし、この辺りに現れる魔物の情報を尋ねた。これは、この町所属の冒険者でないため、基本的なことである。


「お疲れ様です。今日は、どのような依頼でここに?」


「はい、『幻の鉱石』を探そうかと思いまして」


「ああ、あれね……。 そうね、あの辺りなら……。ちょっと、君たちEランクなのよね。う~ん、少し危険かもしれないわ。最近、鉱山周辺で植物系の魔物が多く現れるようになってね、困っているの」


「植物系って、火魔法を使えば簡単じゃないのか? 鉱山なんだし、どうせ岩だらけなんだろう」


 そう安易な考えをする翔であるが、実際はそれほど簡単ではない。廃坑は古いもので200年前からあり、その近くは人の手が全く入っておらず、深い森と化していた。そして、幸生が目指している場所も、そんな廃坑なのである。山火事を避けるためにも、森の中で火魔法は使いにくいのだ。


「植物系の魔物って、どのような種類なんですか?」


「そうですね。報告されてるのはマンドレイクにキラープラント、モウセンゴケ、ウツボカズラ、それとラフレシアですかね」


「いや、それって結構ヤバい魔物じゃないですか! 大丈夫なんですか?」


「ええ、だから今朝から大勢の冒険者に山に入って貰っているのよ」


「…………」


 そう、ここで、ようやく幸生はあることに気づいたのだ。


「えっと、まさかですよね。『幻の鉱石』を探す依頼の目的って……」


「あら、気づきました? この依頼の目的はね、鉱山の魔物を減らすためなんですよ」


 定期的に増える魔物を駆除するため、サカオ町では『幻の鉱石』探しとして、冒険者に依頼を出していた。それがジョワラルム冒険者ギルドにも貼りだされ、イベントクエストを再現しているのである。

 本来なら、Eランクの冒険者は参加不可であったが、ホルンは彼らなら大丈夫と判断し、送り出したのであった。


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