子供たちの行方①
「私はカオリよ、子供将棋倶楽部の香。幸生様には、こちらの方が分かりやすいですよね」
「俺は桂太。俺も子供将棋倶楽部出身だよ!」
二人にそう自己紹介され、幸生は戸惑いをみせる。
「ええっ⁉ ……ほんとうに香と桂太なの? 」
そう思うのも無理はない。
幸生の知っている香は、黒髪おさげに眼鏡という地味な感じの女の子であった。
しかし、目の前の女性は、ふわりとした長い金髪に透き通るような青い瞳、背はやや高めでスラリとした体形のスーツ姿が似合いそうな美人なのだ。年齢もハタチくらいに見え、正直別人にしかみえない。
そして、それは桂太も同じである。
幸生の記憶にある彼は背も低く、いがぐり頭で少し気の弱そうな少年だった。それが今は三十代と思われ、大柄で筋骨隆々の、いかにも戦士といった体型だ。変わり過ぎにもほどがある。
カオリは魔術師と思われる赤いローブを身に纏い、ケイタは赤銅の鎧を身に付け、大きな戦斧を背負っていた。
幸生にこの二人を見て誰であるかを思い出せ、と言っても無理があるだろう。
そう思われたのだが、カオリの名を聞いた翔が「あっ!」と、反応を示した。
「カオリって、アレか? 港街タンジェの宿屋にいた受付の女の子……」
「は、はい、そうですけど……。翔様は覚えていてくれたのですか?」
「もちろんさ! すっげぇ可愛い子がいるなって思ってたんだよ!」
彼の言葉から『Sラン』でのカオリは、宿屋の娘であったようだ。しかし、その頃の彼女はまだ八歳の少女である。年齢を問わず、可愛いものはかわいいで間違いないと思うが、十六歳の発言としては、なかなかきわどいものがあった。
ここに、翔のロリ疑惑が持ち上がったのである。
となれば、それを見逃す夢愛ではない。こんな美味しいチャンスを逃す手は無いのだ。
「へえ~、翔お兄ちゃんって、そうなんだね」
「えっ! いや、別に……。俺は幼女趣味じゃねえ、はずだよな……たぶん」
「ほんとかなぁ」
夢愛が浮かべた悪戯っぽい笑みに、翔は動揺を隠せず深い思考の海に沈んでいく。
「あれ……」
すぐに言い返してくるものと予想していた夢愛は、兄の微妙な反応に小首を傾げた。彼女としては焦った兄のドタバタぶりを期待していただけに、残念な結果である。
とはいえ、それが意味するところは、図星であったのだろう。
「俺は兄貴とは違うはず」
そんな言葉を呪文のように繰り返していた。
自己紹介が済んだことで、二人は最初の質問に戻っていた。
「ところで、幸生様はどうしてここにいるんですか?」
「そうそう、それだよ!」
彼らもアユム同様、幸生がこの世界に招かれた理由を知らないらしく、不思議そうに尋ねてくる。
とはいえ、本当のことを話すわけにはいかない幸生は、困った様子だ。三人を信用していないというわけではなく、巻き込みたくないというのが本心で、そのために幸生は先ほどと同じ言葉を繰り返すことになる。
「『幻の鉱石』を探しにサカオ鉱山へ行こうと思ってね」
当然、納得しないだろうとはわかっているが、それ以外に答えようがない。
いくら相手が転移者であったとしても、話せないものは話せないのだ。
しかし、その予想に反し、二人からは意外な反応が返ってきた。
「もしかして、またあのイベントですか? あれって、絶対無理ですよねぇ」
「どおりでやたら冒険者とすれ違うはずだよ! あんなの、絶対見つかりっこないのにな」
「「「えっ⁉」」」
二人が幸生の話を信じただけでなく、幻の鉱石の存在を全否定するため、うっかり驚いてしまった。
「ごめん、えっと、どういうこと?」
「僕たちは昨日、サカオ町に泊まったんですよ。それで、朝一で帰ってきたんですけど、大勢の冒険者とすれ違いましてね。何かあったのかなって思っていたんですが、あの依頼じゃ仕方ないですね……」
アユムの話では毎年1回はこの依頼が発生しているらしく、それでいて今まで一度も見つかったことはないようだ。
それなになぜサカオ鉱山に『幻の鉱石』があると思われているのか、不思議だという。
「でも、幸生様なら見つけられるんじゃないの?」
「う~ん、どうかな? みんなが探して見つからないってことは、もう無いんじゃないの」
もしかしたら、そう思わなくもないが、彼はそれを否定する。
この世界が造られた当時であったなら残っていたかもしれないが、流石にもう採り尽くされているだろう。そう考えたほうが自然である。
ただの名残でこういった依頼が発生しているのであれば、期待値も下がるというものだ。
「とりあえず、心当たりを探して無ければ帰ってくるつもりだよ」
「それがいいですね」
アユムがそう言ったことで、この話は終了した。
どうやらこれ以上の追及は無いらしく、二人は納得したかのように頷いていた。
それで一安心した幸生は、気になっていたことを尋ねてみた。
「ちょっと聞きたいんだけと、みんなは他の子たちと会ったりするのかな?」
子供将棋倶楽部には彼らの他に、まだ七人の子供たちがいた。
当然、他の子たちもこの世界にいるはずで、彼らがどう過ごしているのか気になったようだ。
元は同期であったこの三人も、ここに来た時期はバラバラらしく、だいぶ年齢に差があった。アユムとケイタはそうでもないが、カオリとは十歳くらい離れているのだろう。もしかすると彼らが出会えたのも偶然であり、他の子たちとは会えていないのかもしれない。
それでもダメもとで聞いてみたところ、彼らは何人かの消息を知っていた。
「僕は最初、康太とここにきたんですよ。確か、十五歳位までは一緒にいたのかな。でも、ちょっとしたことで喧嘩しちゃいましてね、今はどうしているかなあ。まだ、生きるとは思うけど……」
そう心配そうに話したアユムは、少し遠い目をしていた。
そんなコウタのことだが、翔の記憶にもあるようだ。将棋を全くしなかった彼でも『Sラン』で出会った人物は覚えているのだ。
「コウタってあいつだろ! 黒髪でツンツン頭の生意気な小僧」
「えっ? 翔さんは彼と会ったことあるんですか?」
「まあな……。あいつAIなのに『俺は最強の冒険者になるんだ! だから、手始めに俺を倒す』なんて言って挑んできたから、ボコボコにしてやった」
「「「「…………」」」」
あまりに大人げない翔の対応に、みんなドン引きした様子だ。しかし、彼の話はそれだけでないらしく、続きを始める。
「いや、でもあいつ、やたらしつこくてな。そのあとも会うたびに挑んできやがったんだよ。だけど、何度も相手をしてるうちに、どんどん上達していってな。最近じゃあ俺も厳しくなってきてたんだ。だからってわけじゃないが、心配いらないんじゃないか? たぶん、元気でやってると思うぞ」
そう、コウタは十分な実力があり負けず嫌い。それを思い出したアユムは「確かにそうだ!」と納得した様子だ。
「まあ、あいつは殺しても死ぬような奴じゃないしね」
と、何かを思い出したかのように呟いて、可笑しそうに笑っていた。
そんな彼とは対照的に、翔は少し寂しそうだ。
「ここんとこ姿を見せなかったのは、そういうことだったんだな……」
と、残念そうに呟いていた。
「次は俺の番だな」
アユムの話が終わったことで、今度はケイタが自身の体験を語り始める。
「俺がこっちに来た時は光久とマルクが一緒だったらしいぜ。でも、あいつら子爵家の子息になってるから全く会えなかったんだよ。まあ、俺は冒険者で良かったと思ってるけどな。でも、腹が立つのことに、あいつら早々に結婚しやがったんだぜ」
そう憤りを見せるケイタであるが、それも仕方がない
この世界の成人年齢は15歳だ。子爵家とはいえ貴族の子息というのであれば、10歳ごろには婚約者が決まりだし、成人後に婚姻を結ぶ者も多い。そのため、貴族の結婚は早い。ただ、政略結婚がほとんどで好きな相手と結ばれているわけではないのだが、それでもいまだ独身であるケイタには羨ましいようだ。
「くそっ! 羨ましい! 俺も結婚してぇ!」
そんな突然のカミングアウトに、幸生たちも苦笑するしかない。
日本では成人に達していない彼らはまだ子供の扱いで、本人たちも結婚など考えたことは無かった。
大企業の跡取り息子である幸生でさえ、婚約者がいないのだ。
とはいえ、アユムは彼が結婚できない本当の理由に、心当たりがあるらしい。
「こう見えてもケイタはあがり症でね。女性の前だと全然なんですよ。カオリとは話せるようですけど……」
「う、うるさい。俺は繊細なんだよ!」
そんなよくわからない言い訳を始めたケイタに、幸生は納得の表情を浮かべていた。