イベントクエスト
幸生、翔、夢愛の3人が、この世界に来て一週間が過ぎた。冒険者登録初日こそトラブルに巻き込まれたものの、その後は順調に依頼をこなし、今はEランクになっている。
彼らが捕らえた盗賊たちのうち、翔を襲った3人組の盗賊には、冒険者ギルドから捕獲依頼が出されていた。新人冒険者を狙った犯行は悪質であり、その理由も「護衛がいる商人たちより楽そうだった」などと、愚かな発想である。盗賊たちは冒険者を殺しさえしなければ大丈夫だと考えていたらしく、今回も隙を見せた翔を脅し身包み剥いで逃げるつもりでいたようだ。
下級貴族の子息が冒険者のまねごとをするなどよくあることで、満足な警護もついていないことから、男爵家あたりの子供たちがFランクの狩場にやってきたのだろうと考えたのだ。
翔と夢愛は子供にしか見えず、女剣士に魔術師、そしてメイドである。森の中で護衛対象が3人もいたのでは、チャンスはあると考えても不思議ではない。
だが、所詮は新人冒険者を狙うような、中途半端な盗賊たち。たった一人のレーナにあっさりと捕縛され、鉱山へ送られることとなった。
次に、幸生たちを襲った者たちはというと、まず彼らは盗賊じゃない。たまたま酒場で盗賊たちの会話を聞いてしまった、街のゴロツキどもだ。もちろん腕っぷしに自信はあるのだろうが、相手が悪かった。幸生だけならまだしも、夢愛を怒らせるなど悪手もいいところだ。幸生の機転でなんとか墜落死は免れたものの、結局、彼らは処刑された。
本来なら盗賊たちと同様に鉱山奴隷で済むはずが、幸生を殺すと明確な殺意を向けたことで、女神の怒りに触れたのである。リナーテ自ら魂を浄化すると言っていたらしく、その怒りはすさまじいものだった。
まあ、表向きは貴族の子供を殺そうとしたためとされているが……。
盗賊たちの処分が済んだことで、幸生たちには報酬として35000リナが支払われた。この世界の通貨単位はリナ、日本円に換算すると1リナが10円に相当する。このような世界で7人の犯罪者を捕まえた報酬が35万円というのは安い気もするが、これに犯罪奴隷としての売却金の一部と冒険者ギルドから受け取る依頼達成の報奨金を合わせると、まずまずの金額となる。新人冒険者にとっては破格の稼ぎであり、暫くは生活に困らないほどである。
とはいえ、ストレージに入っていたお金がそのまま使える幸生たちにとっては端金であり、少しお小遣いが増えた程度であった。
☆ ☆ ☆
時刻は6時、冒険者ギルドの朝は早い。すでに多くの冒険者たちが集まり、賑わいをみせていた。
次々と新しい依頼がボードに貼りだされ、奪い合い、受付に殺到する。持ち込まれた依頼書を受付嬢たちが、慣れた手つきで処理していく。
よく見慣れた朝の風景ではあるが、そこに幸生たちの姿は見られないようだ。
それから2時間後、朝の喧騒がおさまり、人もまばらになったころ、ようやく幸生と翔が姿を見せた。
彼らはだいたい8時頃を目安にギルドに来るらしく、これは元の世界で学校に通う時間帯である。
割りのいい依頼は早々になくなり、残っているのは少し面倒なものばかり。しかし、彼らは生活リズムを変える気がないようで、貼り紙の少なくなった依頼ボードを退屈そうに眺めていた。
「コボルトかあ、こいつ戦いにくいんだよなあ」
「ああ、それは夢愛が嫌がるからダメだ」
コボルトというのは頭が犬で人の体をした亜人種。この世界ではゴブリンやオーク同様、魔物として扱われていた。凶暴で残忍な魔物であるにも拘わらず、その見た目の可愛さから戦いにくく、敬遠されているのだ。
「うわっ! ジャイアントフロッグかよ! こいつDランクなのか? 嘘だろ!」
「まあ、打撃系は効かないが、魔法であっさり倒せるしな。まあ、それでもある程度の火力は必要だけどさ」
ジャイアントフロッグはその名の通り巨大な蛙だ。ブヨブヨな見た目からわかるが、打撃系の武器は効果がない。しかし、水系の魔法以外は通るため、遠距離で滅多撃ちすれば簡単に倒せるのである。翔との相性が悪く、幸生には雑魚なのだ。前衛を囮にして陸に誘きだし、後衛がエクスプロージョンを叩き込めば終了する。
とはいえ、今回は場所が遠かった。
「サキ湖って、ここから何日かかるんだ?」
「そうだな、馬車で一日ってところじゃないか」
サキ湖はジョワラルムの西門を出て、街道を歩いて二日ほどのところにある小さな湖だ。
馬車であればもう少し早いが、街中と違い石畳で舗装されているわけではないのでスピードを出しにくく、それほど時間は変わらないのである。
まあ、サスペンションの効いた幸生たちの馬車は別だが……。
「まだラフレシア倒してないのかよ。いつからあるんだ、これ?」
「そういえば、そうだな……。ラフレシアなんて火魔法で一発なのに、なんでだろう……?」
ラフレシアはDランクの魔物とはいえ、弱点は火。物理攻撃だけでは厳しいが、火弾や火球を使える冒険者がいれば済む話である。
いくら上位の冒険者がいないとはいえ、いつまでも放置するような依頼ではなかった。
そんな風にじっくりと依頼ボードを眺めていた二人であったが、不意に翔が1枚の依頼書に手を伸ばす。
「なあ、兄貴! この依頼書を見てくれよ、見覚えないか?」
幸生は翔の持つ依頼書を興味深げに覗き込む。
『緊急採掘依頼
幻の鉱石の納品
採掘場所 サカオ鉱山
買取金額 10000リナ~
依頼元 宝飾ギルド 』
「――――ん⁉ これって……、イベントクエストじゃないのか?」
「やっぱ、兄貴もそう思うだろ!」
翔は兄の反応を見て確信する。以前、全く同じ内容の依頼書を見たことがあるのだ。
イベントクエストにはゲーム内で進行状況により発生するものと、運営側がプレイヤーに楽しんで貰うため、定期的に開催されるクエストの2種類がある。
この依頼は後者で、『Sラン』の初期にお金を稼ぐために用意されたイベントクエストと、内容が酷似していた。
「もし幻の鉱石がアレなら、兄貴だったらどこにあるか分かるよな!」
「いや、そうだけど……。でもこれって、本当にイベントクエストなのか?」
この世界はゲームと違う。だが、同じような内容の依頼があったとしても不思議ではないため、二人は受付のホルンに詳しい話を聞くことにした。
「こちらの依頼は宝飾ギルドからのものですね。お客様から『幻の鉱石』で作った指輪が欲しいと注文があったのですが、急ぎらしく取り寄せても間に合わないため、冒険者ギルドに依頼という形になったようです。ただ、これは緊急依頼のため自由参加型となっています。常設依頼同様、登録の必要はありません。それと採掘したものを冒険者ギルドに持ち込まれても、それが『幻の鉱石』なのか判断できないため、直接宝飾ギルドにお納めください。その時、依頼完了の書類を受け取り提出していただければ実績として記入させていただきます」
ホルンからの説明は、Sランで設定された内容と全く同じであった。幸生はそんなことがと思いはするが、ゲームの名残が残っていても不思議でないため、ここは納得しておく。
「今日はこれにしようぜ。すぐ済みそうだし」
もし本当に設定通り『幻の鉱石』があるのなら、それを取りに行くだけの簡単なお仕事だ。兄の記憶を頼りに探せば、すぐに見つかるはずである。
そんな甘い期待を抱く弟の考えを、幸生はやんわり否定する。
「たぶん、そう旨くはいかないと思うぞ! 200年たった今でも鉱石を掘っているんだから、廃坑の数もかなり増えてるんじゃないか?」
ここは彼らの知るSランの世界から200年後。ジョワラルムの街が大きくなっていたように、採掘状況も変わっているはずである。
「そっか~、でもいいや、サカオ鉱山に行ってみようぜ」
翔はそれでもいいと、鉱山行を主張する。
サカオ鉱山はジョワラルムから南に三時間ほど歩いた位置にあるサカオ山のことで、この山からは鉄鉱石が多く産出されることもあり、開拓期には賑わいを見せていた。麓にあるサカオ町に商人や鍛冶師も集まり、鉱夫だけではなく冒険者も寝泊まりする宿屋が充実していた。
しかし、ジョワラルムの開拓が進むにつれて鉄鉱石の需要が薄れ始め、また産出量の低下から徐々に衰退していく。そのため、今では領主が管理する鉱山に代わっていた。
大勢の鉱夫がこの地を離れ、人の行き来が無くなった鉱山の廃坑には魔物が住み着き、危険な山へと変貌。採掘現場までの道のりには兵が配置され安全であったが、それ以外は魔物がうろつく危険な領域だ。
とはいえ、その代わりに素材を求めた冒険者たちが町を訪れ、今度は彼らがお金を落としていくようになっていた。
「そうだな。確認のためにも、行ってみるか」
「やったぜ!」
兄からの合意を得、翔は大喜びな様子であった。
と、そんな話をしていると、遠くから可愛らしい声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん決まった~」
そんな声と一緒に、満面な笑みを浮かべた夢愛と女性陣が姿を見せた。
しかし、心なしかレーナと唯からは罪悪感が見て取れる。どうやら後ろめたいことがあるらしく、二人はそっと視線を逸らしていた。
とはいえ、そこは遅刻の事情を知る幸生である。「大変だったね」と、二人に労いの言葉をかけていた。
そもそも彼女たちが遅れた原因は夢愛にある。
早朝、いつものように起こしにきた唯に「きょうは、おやしゅみ~。まだねりゅ~」と、寝ぼけ眼でそんなことを言い出し、朝からグズっていたのだ。
全く起きようとしない夢愛に困り果てていた唯。そこへ颯爽と現れたレーナが魅惑の呪文を唱えたのである。
「夢愛ちゃん、美味しいケーキ食べに行くけど、まだ寝てるんだよね」
「いく~」
ガバッと起き上がりモゾモゾと着替えを始めた夢愛。その効果はてきめんで、レーナは親指を立てサムズアップのポーズを決めるのだった。
ようやく五人揃い、屋敷を出る時の絆。しかし、もちろん夢愛は喫茶店へまっしぐらだ。すでにお屋敷で朝食を摂った幸生と翔は、朝からケーキなど食べる気になれないため、妹の事はレーナと唯に任せ、先にギルドへ向かうことにしたのである。
「ケーキ、とっても美味しかったよ! お兄ちゃんたちも来ればよかったのに!」
にこやかな笑顔でそんなことをほざく夢愛を華麗にスルーし、依頼の話を始めたい幸生であったが、思わぬところから声が掛かる。
「えええっ⁉ もしかして、ヤマガールへ行ったの? いいなあ」
そう言って、夢愛に羨望の眼差しを向けるのは、主にCランク、Dランクの依頼を担当する受付嬢のティナだ。彼女は淡い金髪に栗色の瞳、面長で端正な顔立ちと、美人タイプであるが、残念ながら今は大変なことになっていた。
「はああああ、あの美しいフォルムに甘い香り、とろけるような舌触りに何ともいえない満足感。たまりませんわ~」
整った容姿は無残にも崩れ、恍惚の表情を浮かべる姿は危ないお姉さんにしか見えないが、しかし、すぐにどんよりと雲のかかったような表情へと変わっていた。
「はああ、でも、私のお給料じゃ、あんまり行けないのよねぇ……」
ヤマガールというのは夢愛たちが寄った喫茶店の事で、軽食も扱ってはいるがメインはケーキである。イメージとしては、イートインスペースのあるケーキ屋といった感じのお店だ。
「ヤマガールですか? 私も行ってみたいです」
冒険者の数も減り、暇になってきたメイベルが話に参加してくると、何度かお店に行ったことのあるホルンも混ざり始める。
「確かに美味しかったわね」
「そうでしょう。一度食べたら忘れられない味だわ」
「羨ましいです……」
夢愛だけでなく、ホルンにティナ、メイベルの参入で、さながら女子会といった雰囲気となり始めた受付カウンターからは、幸生と翔が早々に避難していた。
「なあ、翔。今日は近場で良くないか?」
「ああ、そうだな……」
スイーツの話で盛り上がる女性たちを見て、二人はウンザリとした表情を浮かべていたのである。




