2人の女神
大きな湖の畔に建てられた白亜の城。
その周りでは色とりどりの花々が咲き誇り、可愛らしい小精霊たちが元気に飛び回る。小鳥たちは楽しそうに唄を歌い、それに合わせてラッパを持った山羊たちが踊る。
この世のものとは思えぬ幻想的な世界。それがここ、精霊女王の城であった。
綺麗に整えられた庭園には白いテーブルと椅子が置かれ、黒いメイド服姿の女性たちが忙しなく動いている。この城の主リナーテがこれから御茶会を開くとあって、大急ぎで準備を始めたのだ。
しかし、そんな彼女たちの姿はちょっとおかしい。朧気とでも言ったらいいのか、まるで幽霊のように透けて見える。
彼女たちの正体、それは女神ラルムに仕える名もなき下級神たちだ。下級神は確定されていない存在のため実体を持たず、あくまでも彼女たちの主人ーー女神ラルムが人の姿を纏っているため、同じような姿をしているに過ぎない。もし女神ラルムが猪や鹿といった姿を選んでいれば、彼女たちもそうしていたことだろう。
だが、女神ラルムにとって神力の元となる信仰心は、人の姿の方が集めやすい。そのため、彼女は人の姿をしているのだ。
全ての準備が整い、8人のメイドたちは所定の位置へと並ぶ。すると、いつの間にかテーブルの椅子には二人の女性――見た目は少女――が座っていた。彼女たちはラルムとリナーテ、2人の女神である。ここは神域であり、女神ラルムが造り出した異空間であった。
女神たちが現れたことで、メイドたちには緊張が走る。そんな中、一人のメイドがテーブルに近づいていった。金髪ショートヘアに青い瞳、背は高くスタイルのよい大人の女性。ニッコリとほほ笑んだ姿からは落ち着きが感じられる。普段通り慣れた手つきでカップへ紅茶を注ぎ、自然な様子で女神たちの前へ差し出した。
ただ、心なしかその手は震えているようにみえはするが、女神たちがそれを気にするようことは無いようだ。
「リナーテや、Sランクの勇者とは誰の事なのじゃ。幸生ではないのであろう。そろそろ、わらわに教えてくれても、よいと思うがのう」
「ダメですよ。ラルム様はすぐお顔に出てしまいますから」
「そうか? そのようなことは無いと思うがのう……」
女神ラルムは不満そうに頬を膨らます。見た目は幼女であるため、傍から見ればかなり可愛く映るが、残念ながらその手は通じない。
「そんなお顔をしてもダメですわ。うっかり口でも滑らせたら大変ですからね」
「大丈夫じゃ。わらわの口は堅いのじゃ」
まるで駄々っ子のようなことを言い出す女神であるが、その反応はリナーテの想定範囲であった。狙い通りと思いつつも、迷ったふりをして、ある提案をする。
「う~ん、じゃあ、私のお願いを一つ訊いてくれたら、お教えしますわ」
「ふむ、お願いじゃと……。何でもというわけにはいかぬが、そなたなら大丈夫じゃろう」
リナーテが折れた、そう思った女神ラルムは、渋々ながらも了承する。勿論こちらも芝居であるが、全てがリナーテの掌の上だった。
「勇者はね、ラルム様の知らない人よ」
「なんと! わらわの知らない人物とな……。そのような者がおるとは思えぬのじゃが……。うむ、誰であろう……」
普通に考えて知らない人を思いつくはずが無いのだが、リナーテの術中に嵌まった女神は気づきそうにない。真剣な表情で考えているためか、リナーテがそっと呟いた一言を聞き逃していた。
「うふふ、私を欺こうなんて、まだまだ早いわよ」
相手は中位神である女神。そんなラルムに対して不敬ではあるが、その言葉の真意は女神に向けられたものではなかった。
それから暫く考え込んでいたラルムであったが諦めたらしく、両手を小さく上げ首を振る。
「降参じゃ。わらわの知らぬ人物では、いくら考えてもわからぬではないか。もしや、まだ誰かつれてくるつもりではあるまいな?」
新たに連れてくるのであれば、自分が知るよしもない。そもそもそれは反則であろうと、問い詰める。
しかしリナーテは、それをあっさり否定した。
「うふふ。もう、こっちにいるわよ」
「そうなのか……、うむ……」
結局、知らない者をいつまでも考えたところで無駄だと気づいたラルムは、興味を失い話題を変えた。
それから暫く雑談に興じ、楽しくおしゃべりしていた女神たちであったが、そろそろかなと判断したリナーテはお茶請けのお菓子に手を伸ばした。どれも美味しそうであったが、星形のクッキーを選んで口に運ぶ。
「あら、このクッキー美味しいわね。誰が用意したの?」
お茶請けに用意されたクッキーはリナーテのよく知る味であった。普段は彼女の直接の配下、リョウイチ・イヌヤマ子爵が届けてくれるため、それを知る者は少ないが、作っているのは唯である。
彼女の作るクッキーと同じ味となれば、誰が用意したのか気になるというものだ。
「私です」
恐る恐る一人のメイドが手を上げた。彼女は空色の髪に青い瞳、背は低めで童顔のため、まだ少女といった感じであったが、ただ、異常なくらいに怯えていた。
とはいえ、そんなことはお構いなしにリナーテは問いかける。
「このクッキーは、どうしたの?」
予想できた質問であったはずが、そのメイドからは返答がない。他のメイドたちも引き攣った表情を浮かべ、成り行きを見守っていた。
短い沈黙、いつまでも待たせては大変なことになると意を決し、メイドは怯えながらもゆっくりと言葉を吐き出した。
「も、申し訳ございません。唯さまがお作りしていたのを、いただいてきました」
そう、彼女は唯の作るお菓子の匂いに釣られ、時折拝借していたのである。
お叱りは覚悟のうえでの発言で、捌きを待つ罪人のように、目を瞑ってお沙汰を待った。
しかし、彼女の想像とは違い、リナーテは嬉しそうに手を合わせる。
「あら、あなたコピーを使えるのね。優秀だわ!」
優秀の意味が分からないメイドは、「そんなことはありません」と恐縮するが、「優秀よ!」と、聞き入れてはもらえなかった。
当然このメイドにコピーという上位の能力は使えないし、その言葉通り、こっそりいただいてきただけである。たまたま、ラルムから幸生たちの様子を見てくるように指示を受けた彼女が、イヌヤマ子爵邸でクッキーを焼く唯と遭遇してしまったことが原因で、それから毎回拝借していたのだ。
とはいえ唯は、作ったクッキーが減っているのを見ても、気にしてはいなかった。
「あら、妖精さんたちがクッキーを持って行ってしまったわ。次からはもっと多めに作らないといけませんね」
そんなことを言って、多めに焼いていたのである。
実際は妖精ではなく下級神なのだが、彼女にしてみれば似たようなものなのだろう。
当然リナーテはこのメイドがコピーを使えないと知っているし、唯の性格も把握していた。彼女は全てわかっていてこの状況を利用したに過ぎないのだ。
「ラルム様、先ほどのお願いを使うわ。この子、私に下さいな」
実際は誰でもよく、理由が欲しかっただけであったが、指名されたメイドは愕然とする。中位神であるラルムと下位神のリナーテでは格が違うため、リナーテの配下になるということは降格させられたことと同じなのだ。
「いいじゃろう。好きにするがよい」
ラルムが肯定したことで、このメイドはリナーテの配下となった。
彼女は女神たちのために美味しいお菓子を手に入れてきただけに過ぎないと、周りの下級神たちも同情するが、流石に女神の寵愛を受ける相手からというのはまずい。自業自得と割り切り、出来るだけ目を背けていた。
しかし、落ち込んでいる彼女に、リナーテから声が掛けられると状況は一変する。
「あら? あなた、名前は要らないの?」
「えっ⁉」
「「「「「「「え、ええぇーーっ‼」」」」」」」
罰を受けて降格させられると思っていたが、そうではない。
名を与えられるという意味は、下級神から進化するということだ。下級神は確定していない存在であるためその姿は朧気で、神と神に準ずるものにしか見ることは出来ないが、名を与えられることで、実在する存在となるのだ。
「ほ、欲しいです。名前をいただけるのですか?」
「そうよ。だから早くこっちにいらっしゃい」
半信半疑のまま、彼女はリナーテへと近づいていく。不安ではあるが、もし本当であればこんな生活ともオサラバである。期待半分ではあるが、彼女は気持ちを新たにし、礼式通り跪いた。
すると、リナーテも立ち上がり、右手をそっと彼女の頭にかざす。
「女神リナーテの名のもとに命じます。あなたの名はリリエル。今後は大天使リリエルと名乗りなさい」
その言葉と共に彼女の体が淡い光に包まれ、徐々にその姿を変えていく。朧気だった体からは瑞々しい素肌が浮かび上がり、黒いメイド服も真っ白なワンピースに変化する。背中からは大きな白い羽が生え、空色の髪の上には天使のリングと呼ばれる黄色い輪っかが浮かび、幼げだった容姿も少しだけ大人びた姿へと進化していた。
「リナーテ様。大天使リリエル、参上いたしました。何なりとお命じ下さい」
「う~ん、そうねぇ。じゃあ、この手紙をリョウイチに届けてくれるかしら。それと、今後はあなたが伺うことになると伝えておきなさい」
「かしこまりました。直ちに行ってまいります」
リリエルはリナーテから手紙を受け取ると、急いで飛び出していった。その様子を他の下級神たちは、ただ呆然と眺めるだけである。
天使というものが、どんな役割を担っているか彼女たちにはわからないが、永遠とも続く下級神としての退屈な日々を終わらせることが出来るのなら何でも構わない。それが彼女たちの願いであった。
(((((((羨ましい)))))))
そう思う下級神たちの期待は、自然と彼女たちの主へと注がれる。そして、それは現実のものとなった。
「ほう、面白いことをするのう。どれ、わらわもやってみるのじゃ。誰にするかのう」
一瞬にして、色めき立つ下級神たち。最低でも一人、解放されることが確定したのだ。
緊張に身を委ね、起立の姿勢で待つ彼女たち。七人中一人、誰が選ばれるかは運である。
と、そこで、女神ラルムが見定めるように通り過ぎていく中、ある一人のメイドの前で、その者はおもむろに手を挙げた。
「よし、そなたにしよう。こちらに参るのじゃ」
手を挙げたメイドは、給仕をしていた女性だった。女神たちの世話をしていたことで、少し空気に慣れていたのだ。待っているだけではだめだと、自ら進み出たのである。
女神ラルムは手を挙げたメイドを連れてテーブルに戻る。リナーテと違って体の小さなラルムは手が届かないため椅子の上に乗ると、跪いたメイドの頭に手をかざした。
「女神ラルムの名のもとに命ずる。そなたの名はララエル、今後は大天使ララエルと名乗るがよいぞ」
その言葉と共に、リリエル同様、ララエルにも変化が起きる。ただ、大人な見た目はあまり変わらず、問題は別にあった。
「ラルム様、このスカートの丈、何とかなりませんか? 短すぎます。少し動くと見えてしまいそうです。それに、胸もだいぶ窮屈ですし……」
女神ラルムはリリエルをイメージしたままであったため、服のサイズが合っていなかったのだ。
「おお、すまんすまん。すぐに直すでな」
流石に下着が見えそうな姿で出歩くわけにもいかず、膝下までの長さに変える。まあ、空を飛んでるときは意味なさそうであるが……。
服のサイズを直してもらい、ようやく一息ついたララエルは、お礼とばかりに女神ラルムへと歩み寄る。
「ラルム様、私は何をしたらいいですか?」
どうやらララエルは、リリエルと違い気やすい感じのようだ。下級神の時の落ち着いた雰囲気は消えていた。
「うむ、では肩でも揉んでもらうとしようかのう」
「は~い。ラルム様、凝ってますねぇ」
早速、肩もみを始めたララエルに羨ましそうな視線を送るメイド達に、リナーテはくぎを刺すのを忘れない。
「いい、次はあなたたちの番なんだからね。手を抜いてたらずっと順番は回ってこないわよ」
その言葉にメイドたちは、再び色めき立つのだった。
タイトルから、本来は女神を2柱と数えるべきなのですが、雰囲気を重視させていただきました。




