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神託

 幸生がジョワラルムの教会を訪れていた頃、王都ラルネルムの神殿には女神ラルムが降臨していた。

 女神の伝えた新たな神託を、神殿巫女ユーリアが解読する。


「遥か遠方より、Sランクの勇者現れん。彼の者と協力し、魔王軍を殲滅せよ。さすれば道は開かれん」


 ユーリアにより清書された神託は、直ちに国王の元へ届けられた。

 神託を受けたことで騒然となった王宮からは、有力貴族に向けて早馬が飛び出していく。

 そして、報告を受けた貴族たちが王都に集まり、五日間にも及ぶ長い長い会議が始まるのであった。




 国王キュリオス・ロア・ラルドネルトの御前には、この会議に間に合った多くの貴族たちが集まっていた。


「これより神託及び、今後の方針についての会議を始める」


 宰相ニコラス・ヴィンソン公爵の言葉を合図に会議が始まった。


「これはどういうことですかな」


 開始とともにジョルジ・ビエタ伯爵は憤りを露わにする。もともと彼は交戦派であり、今回の神託には不満があった。


「前回とはずいぶん違うようですが、何があったのでしょう」


 こちらはカシム・ヴィラータ伯爵だ。彼は穏健派であり、できる限り戦闘は避けたいと考えていた。


「ふん、だから言ったのだ。今更手遅れではないのか」


 王国騎士団を率いるルーフス・ブランコ伯爵は、不満を露にする。というのも、前回の会議では戦うことを進言し、却下されていたのだ。前の神託では『Sランクの勇者と、この地を守れ』と言っていたのが、今回は『共に協力し、魔王軍を殲滅せよ』と真逆である。女神に対する不信感が増したとしても、仕方のないことであろう。


「うむ、ラルム様の御心は知れぬが、我々がSランクの勇者を用意できなかったことに、原因があるのではないか」


 穏健派のリーダー的存在であるマリク・シュテル侯爵はそう分析する。彼はSランクの騎士を育てるべく行動していたが、順調ではなかった。Aランクに至った者は増え始めていたが、誰もSランクには到達できていないのだ。

 とはいえ、ただ手を拱いていたわけではない。魔物との戦闘経験を増やし、冒険者の真似事までもしていた。しかし、どうしてもSランクには至れないのだ。


 この世界のランクアップシステムは全て女神ラルムに委ねられている。そのため、いまだにSランクに至った者がいないのは、自分たちの知らない条件があるのではと考えられていた。


「シュテル卿、騎士を育てると言っていたあなたが、それを言いますかな」


 ビエタ伯爵は辛辣にそう皮肉る。だが、実績が無い以上、それも仕方の無いことであった。

 

「Sランクになる条件、それさえわかれば何とかなったのだ」


 シュテル侯爵はそう嘆くが、実際は単に経験不足である。


 Sランクになるためには、Sランクに匹敵する敵との戦闘経験が必要だ。騎士団は魔物との戦いを経験することで大きく成長していたが、そこまでの魔物とは戦っていなかった。

 結局はこの地を護れという神託に従った結果であったが、彼らは深い森へと踏み入れるべきであったのだ。


「いいではないか。ラルム様が戦えと言っておられるのだ。何を悩む必要がある」


 そう述べるのは、オソルノ・レムルス侯爵だ。60歳と高齢であるが、まだ息子に爵位を譲るつもりはないらしく、自ら前線に赴いている。彼の治める地域でも魔王軍の動きは活発だったが、精鋭を誇るレムルス軍は被害を最小限に抑えることに成功していた。レムルス領では、冒険者と騎士が連携して戦うことで、魔王軍を退けていたのである。


 とはいえ、それが全ての貴族に通じるかというと、そうでもない。


「そう言われましても、我々には戦う力がございませんぞ」


 ミツヒサ・カネダ子爵は力なく項垂れる。彼のような下級貴族では、魔王軍と対抗するだけの戦力を持ち合わせていない者が多く、カネダ子爵領でも苦戦を強いられていた。


「ふん、若造が。子爵風情は黙っておれ」


 弱気な発言をするカネダ子爵に、ビエタ伯爵は苛立たしそうに声をあげる。

 

 この会議で発言できるのは伯爵以上の上級貴族だけであったが、カネダ子爵の所属する派閥の長ノブヤス・タニガワ伯爵が病に伏しているため、彼はその代わりとして発言を許されていた。

 タニガワ伯爵には娘しかおらず、領主代行を務めるリサは19歳。成人しているとはいえ妹たちはまだ12歳と幼く、彼女たちに領地運営を任せることはためらわれた。そのため、今領地を離れることは難しいと判断し、信頼のおけるカネダ子爵に代理を任せることにしたのである。


 皆がそれぞれの思惑を抱える中、会議は混沌を極めていった。女神ラルムの指示とは言え、全ての領地が戦闘に耐えられるわけもなく、また、他国が攻めてくるというのであれば団結して事にあたることもできるが、王国内に隠れた魔王軍が相手ではそれも難しい。奴らはいつの間にか忍び寄り襲ってくるため、すべての町や村を守り切ることは不可能だったのだ。


「カウラス殿。先日、ラルム様がお連れしたというヤマノ伯爵殿の話を聞きたいのだが、よろしいかね」


 殺伐とした空気を変えようと、レムルス侯爵がロブソン伯爵に問いかけた。今回の神託とヤマノ伯爵は関係があると考えられていたからだ。 

 しかし、この場にはヤマノ伯爵どころかイヌヤマ子爵も来ていないのである。


「残念ながら、ヤマノ伯爵はこの地に来ておりません」


「なぜだ? 次に神託を受けるのはヤマノ殿が来る時ではなかったのかね」


「イヌヤマ殿はそう申しておりましたが、どうもこちらに来られたのは伯爵家の子息たちのようです」


 それを聞いたレムルス侯爵はニヤリと笑みを浮かべる。彼の想像通りであったが、素知らぬふりをして話を続けた。


「では、その者たちを呼び出し、話を聞けばよいではないか」


「いえ、そういうわけにはまいりません。ヤマノ家はラルム様よりその身分を保証されておりますが、伯爵がこの地に参られてない以上、彼らは他国の貴族です。我々の呼び出しに応える義務はありません。それに、ラルム様より冒険者になるよう指示を受けているようです」


「確かに……。ヤマノ家は王国に忠誠を誓っているのではない、か……」


 説明を聞き終えたレムルス侯爵は残念そうに頷くが、シュテル侯爵は納得できないようだ。


「他国の貴族というのであれば、王に謁見を求めるべきではないのかね」


「それは違います。その者達はヤマノ殿がいない以上、無爵位貴族でございます。彼の指示がないのであれば、自分たちから来るなどということはないでしょう」


 咄嗟に口を挟んだヴィラータ伯爵の言葉だが、もちろん幸生は他国の貴族の子というだけで何の権限もないのである。そのため、自ら謁見を求める必要はないのだ。 


「おおそうだ! その者は、ラルム様に連れてこられたのであろう。遠くから来たというのであれば、その者が勇者なのではないのか」


 オーウェル・ロア・ラルドネルト公爵は思い出したかのように、そう叫んだ。彼は国王キュリオスの弟で、民たちが戦火に巻き込まれることを憂いているのである。


「申し訳ありませんが、戦闘は素人かと思われます。彼らの冒険者ランクは3人共(・・・)Fランク。詳細は分かりかねますが、先日も盗賊に襲われたようで、護衛の冒険者に助けられたと報告が上がっております」


 神託を受け、すぐに王都へ出発していたロブソン伯爵であったが、幸生たちの情報は逐一伝えるよう指示を出していた。

 それは彼も『もしかして』と期待してのことであろうが、報告を聞く限り残念であったことは言うまでもない。


「護衛が付いているのか……。それでは本当の実力とは言えぬではないか……」


 騎士を育てていたシュテル侯爵は、その報告にガックリと項垂れた。ランクの高いパーティに寄生してランクを上げる。それはある意味常套手段であると言えなくもないが、実力が伴わなければ、やがて惨めになるのは本人なのだ。例えそれが護衛であったとしても、護られていたのでは意味がない。


 とはいえ。


「伯爵家の子息ともなれば、護衛がつくのは当然であろう。ただ、残念ではあるがな」


 と、レムルス侯爵は幸生たちを庇う姿勢であったが、表情は優れない。

 しかし、それは演技であり、本心は別にある。幸生であればたぶん、そう考えているのだ。


「それでは、ヤマノ伯爵が勇者という可能性も、無いのであろうな……」


 報告を鵜呑みにしたオーウェル公爵は残念そうに呟いた。息子がその様子では、伯爵にも期待が持てないと思えたのだ。


 結局は、この話をここで終了し、また元の議題に戻っていった。

 その様子を眺めていたレムルス侯爵は、密かにほくそ笑む。


「流石はユキオ様だ。これは会うのが楽しみだのう」


 そう嬉しそうに呟いていたが、誰の耳にも届いていなかった。

 幸生であれば実力を隠そうとするはず。そう感づいていたのだ。


 こうして、このまま何も決まらず会議は終了する。結局、折り合いがつかず、今後の方針は定まらないままであった。



☆ ☆ ☆



 それから五日後、いまだ解決の糸口もつかめぬ状況の中、王宮に衝撃の報がもたらされた。


「魔王軍幹部の拠点となっていた村を、冒険者が奪還したようです」


 詳細は、タニガワ伯爵領の領都ミレニアにある冒険者ギルドに所属する『ピエロ』と呼ばれるパーティが、一年前魔王軍に襲われた麓の村ルルを奪還したというものであった。

 『ピエロ』は王国内に五人しかいないBランク冒険者シルバ率いるパーティで、彼女は19歳と若く今後を期待されている人物である。この討伐をきっかけにAランクへ上がり、他のメンバー四人もBランクへと昇格していた。


 この報を受け、状況は一変する。貴族たちが揉めている間に、冒険者が先手を打ったのだ。

 もう引き返すことが出来ないと判断した国王キュリオス・ロア・ラルドネルトは、魔王軍討伐の指示を出した。戦端は開かれたも同然であり、様子見などしている場合ではないのである。

 ただし、戦う力のない領主たちには守備を固めるようにと、救済処置も忘れない。

 守りを固めてさえいれば、そうそう堕ちるものではなく、その間に救援などの使者を送ればいいと考えていた。


 こうして一気に交戦ムードとなった貴族たちは、意気揚々と自分たちの領地へ戻っていったのである。




 だが……、一部の貴族の間では様子が違っていた。


「困ったことになりましたぞ。我々は、どうしたらよいのか……」


 頭を抱えたカネダ子爵の言葉に、皆が頷いていた。戦う力のない下級貴族にとっては、死刑を宣告されたようなものなのだ。

 確かに領都は簡単には墜ちはしないが、戦力の乏しい町や村は一瞬で蹂躙されるだろう。だからといって、そこに住む人々を領都に招き入れるような余裕はない。

 下級貴族の領主たちが、困り果てているのも、仕方のないことだといえた。


「その方たち、冒険者ギルドと協力すればよいのだよ。ギルドを支援し、この難局を乗り切ろうぞ」


 そう渇を入れるレムルス侯爵に、渋々頷く領主たち。彼らは冒険者に対し、あまりいい感情を持っていなかったのだ。


 貴族が多く所属する騎士と違い、冒険者の多くは平民であり、他の仕事に付けなかった者がなる底辺的な職業と考えられていた。そのため、冒険者を見縊る貴族は多く、騎士たちもまたバカにしていたのである。 


 とはいえ、こうなってしまえば、結局は戦う力のない領主たちも、急いで自身の領地へ帰っていくほかなかった。



☆ ☆ ☆



「やれやれ、どうやら上手くいったようだな」


「カネダ卿も上級貴族相手に大変でしたな」


「いえいえ、ロベル卿の根回しがあったからこそですぞ」


 互いに謙遜し合う二人は、ミツヒサ・カネダ子爵とマルク・ロベル子爵だ。彼らの目的は、会議を長引かせることにあった。


「勇者などが現れては、たまりませんからな」


「おっと、声が大きいですぞ、カネダ卿」


 そんな会話をする二人の後ろに、そっと近づく人影があった。


「お主たちは、帰らぬのか?」


 不意に聞こえてきた声に驚いた二人は、慌てて振り返る。


「「さ、宰相⁉」」


 間違いなく周りに人がいないと確認したはずだった。それが、どういうわけか背後に立っていたのである。


「さ、宰相殿こそ、このようなところでいかがされたのですかな」


 普段は国王と共に壇上にいるはずの宰相が、珍しく下に降りてきていた。何かあると訝しんだとして不思議ではない。


「うむ、お主らが勇者がどうのといっておるのが聞こえたのでな。もしや、何か知っておるのではないかと思ったのだが」


 どうやらカネダ子爵の言葉が聞こえていたらしいと気づいた二人は、必死に弁明を考える。こんなところで失態を犯せば、どうなるか分かったものじゃない。


「いえ、我々のような力のない領主では荷が重いので、早く勇者様に来て欲しいと話していたのでございます」

  

 ようやく振り絞って出た答えがこれであった。非常に苦しいと言わざるを得ないが、何故か宰相には通じたようだ。


「すまぬな。私も勇者が現れてから事を起こすべきだと考えているのだが、力及ばずこのようなことになってしまうとは……。何とかこらえてくれ」


 話を聞いた宰相は、申し訳なさそうに2人に詫びる。その表情に嘘は無いらしく、悲痛な顔を隠そうともしなかった。


 何とか誤魔化せた、と判断した二人は内心ホッとするが、いつまでもここにいてはまた疑われるかもしれないと、肝を冷やしていた。


「いえ、宰相殿の責任ではございません。我々も精一杯抵抗して見せますから」


「ええ、カネダ殿と同じく、私もすぐに領地へと戻りましょう」


「「では、失礼いたします!」」


 失礼が無いようにと、一礼して去っていく子爵たち。その歩みは速く、すぐにでもこの場を離れたいようであった。




 二人の姿が宰相から見えなくなると、彼の隣に人影が現れた。忍びと呼ばれる衣装を纏ったその姿は、人というよりは猿に近い。


「あの二人を探れ」


「御意に」


 次の瞬間、その人影は消えていた。




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