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閑話 翔の師匠

 私は赤城理恵、山野家でメイドをしている。まあメイドと言っても山野家の次男坊、(かける)の専属なんだが、仕事はあまり忙しくない。ただ、それとは別に彼のトレーナーも任されているから、まあまあ苦労はしていると思う。

 ガサツな私にメイドなんてと思ってた時期もあったが、まさか8年も続けているとは、自分でも驚きだ。

 じゃあ、なんでこんな私が山野家でメイドをしているかと言うと、あれは高校3年生(こうさん)の秋のことだった。


 小さい頃から剣道一筋だった私はそれなりに実力もあり、全国大会では常連だった。

 高校最後の大会も全国ベスト8という成績をおさめ、早々に大学への進学も決まっており、気持ちを新たに「大学では優勝を」と誓った矢先のこと、私の実家を不況の波が襲ったのだ。


 私の実家は小さな町工場をしていて、主にネジを作っていた。ちょっと特殊な機械に使うネジであったこともあり、それなりの利益をあげていたのだが、取引のあった大手の会社が不渡りを出したことで、経営が一変する。実家で作るネジのほとんどを、その会社に卸していたのが原因で、不況の煽りを受けた実家の工場は倒産の危機に瀕してしまったのだ。

 こうなると当然私も進学を諦め、少しでも家のためにと就職を決意し、学校へ就職を希望する旨を伝えにいったのである。


 その数日後のこと。


 不意に、私の父へ山野グループ社長の山野武生から電話がかかってきたのだ。

 社長本人からの電話に父も驚いていたが、その電話が私たち家族の運命を変えることとなる。


「娘さんを、うちの使用人として雇いたいんだが、どうかね。悪い話じゃないと思うんだが」


 全く面識のない大手企業の社長から私を雇いたいと言われ、意味の分からない私と父は目を丸くする。


(まさか、私を愛人に⁉)


 そんな突拍子もないことが頭を過るが、父も怪訝そうな顔をしていた。今思えば、そんなはずはないとわかるが、追い詰められていた私は(こうして人はドナドナされていくんだな)なんて思っていたのだ。

 父と話をしていた社長から私と直接話したいから代わってくれと言われ、部活に勉強、趣味や特技について話をした。私は剣道一筋だったため、世情には疎かったのだ。


「理想的だ! 君になら任せてもいいだろう」


(任せる? 何を……)


 社長の言っていることの意味が、全く分からない。正直、私に女性的な魅力はないと思うし……。

 日々トレーニングに明け暮れていた私の体は引き締まり、胸の膨らみまでも慎ましい。まあ、需要はあると言っていた友人もいたが、数は少ないと思う。


(愛人ってことだよね)


 この時はまだ、私は愛人になるのだとしか思っていなかった。

 私が山野家の使用人として働けば工場は何とかしてくれるというのだから、それも仕方のないことだったと思う。そんなうまい話などあるわけないし、私が愛人になることでつり合いが取れるというなら迷うことは無い。

 そんなことを考えていたのだけど、違った。正直、恥ずかしい。自意識過剰とは、このことを言うのだろう。


「まあ、いきなりこんな話をしても信じて貰えんだろうな。少し代わるから、この子と話をしてみてくれ」


 社長がそう言った後、受話器からは聞こえてきた声に、私は目を丸くする。というのも、その相手がまさかの人物だったのだ。


「理恵ちゃん、久しぶり! 元気にしてた?」


「亜衣ネエ!?」


 亜衣ネエというのは、私より3歳年上で近所に住んでいた幼馴染みである。ちょっと変わった思考の持ち主だが、私には優しくしてくれた。


「どうして亜衣ネエが……」


「あら、あなたの家が大変だっていうから、私が旦那様に交渉してあげたのよ。感謝しなさいね」


 あっけらかんとそんなことを言う亜衣ネエだが、彼女はいつも私がピンチになると現れる。今も彼女の両親から話を聞いて、行動してくれたのだと思う。

 ただ、1つ気になるキーワードが出てきた。やっぱりという感じではある。


「旦那様?」


 もはや間違いない、そう確信し聞いてみたが、彼女からは予想外の答えが返ってきた。


「ええ、わたし、今は山野家でメイドをしているのよ」


「メイド???」


 メイドと聞けば、思い出せるのはメイドカフェくらいだ。萌えを追及している喫茶店で、短いスカートのメイド服を着た女の子たちが可愛いらしく接客してくれる。正直、私もお客として行ってみたいと思っていたが……。


「そうよ、これからあなたもするのよ」


「え、ええっ! 私があんな服着るなんて、無理よ! ガサツだし、女の子っぽっくないし、足なんてとても見せられないし! だいたい、亜衣ネエみたいにスタイル良くないし……」


 あまりにも突拍子のない話で、私は捲し立てるように抗議した。

 ガサツなうえに、全身筋肉で凹凸(おうとつ)もない。そんな私があんな衣装を着るなんて、考えただけでもゾッとする。

 そもそも私と比べ亜衣ネエは、高校生ですでにGカップの持ち主だ。それでいて痩せていて、縊れもあって、女性的な魅力もあって……。

 彼女の趣味のコスプレイベントに無理やり連れてかれた時には、びっくりした。見ているこっちが恥ずかしくなるような大胆な衣装を、悠然と着こなしていたのだ。

 あんなのほとんど裸同然じゃない。そう言って、騒いだものだ。


「なんとなく何考えてるかわかるけど……、違うわよ!」


 私の妄想はあっさり亜衣ネエに見破られ、否定された。そして私は、彼女から丁寧な説明を受けることとなる。


 仕事というのは山野家に仕えるメイドで、亜衣ネエは長男の幸生様を担当しているらしく、私には7歳で次男坊の翔様を担当して欲しいという話だった。彼はまだその年齢ながらスポーツに才能の片鱗を見せ始めているらしく、指導し育てることが私の役目らしい。


「えっ⁉ 私なんかでいいの?」


 正直これが本音だ。プロ選手として成功した人の多くは、子供のころから専属トレーナーの指導を受けていた。

 自由な発想も素晴らしいが、身体のメンテナンスという意味では、バランスというものが必要なのである。


 とはいえ、社長はそこまで求めていないようだ。10歳くらいまでにやりたいことを見つけ、その後は専門家に任せる方針であるらしい。


 3年間、それが期限であった。


「わかって貰えたかな? 君には期待しているよ」


 いつの間にか電話の相手は社長に代わっており、私も父と代わった。

 その後、社長と父が今後の方針を話し合い、正式に山野家で働くことが決まった。決め手は亜衣ネエの存在であったようで、彼女がいるのならと父も許可を出したようだ。

 正直、彼女は信用してしまっていい相手ではない気もするんだが……。


 そんな私の思惑とは違い、電話を切った父は私に嬉しそうな笑顔を向ける。


「喜べ、理恵。大学に行けるぞ!」


「え、でも私、山野家で働くんだよねぇ……」


 父の言葉の意味がわからず尋ねると、嬉しい答えが返ってきた。


「翔君は、まだ小学生だからね。昼間は学校に行くから、お前も大学に通いながら働けばいいとのおおせだ。

 それに彼はまだ小さいから、本当のお世話は本職に任せるようだ。それよりも、大学でしっかり指導を学び、役立てて欲しいとも言っていた。部活も続けていいと言ってくれたよ。

 あの社長、いい人だな」


「そんなことって……」


 嬉しすぎて涙が出た。泣くのは負けた時の悔し涙だけかと思っていたけど、嬉しくても出るんだと、なぜか今更ながらに思っていた。


 それから先はトントン拍子。この話が決まってすぐ工場には多額の融資があり、経営は持ち直した。今では山野グループの下請けとなって、従業員ともども忙しそうにしているようだ。


 そして私は無事大学に進学し、山野家のお屋敷に住み込みで働き始めた。

 まだ見習いで覚えることもたくさんあったけど、充実した日々を送れたと自負している。


 とはいえ、問題と呼べるかわからないが、困った事態もあった。それは私の給料、住み込みで食事も出るため生活費は一切かからないのだが、なぜか私の給料は大学卒の初任給よりも多かったのだ。


「亜衣ネエ、これって貰いすぎじゃね」


 困ってそう尋ねてみたところ、亜衣ネエから返ってきた言葉が衝撃だった。


「フッ、山野家の御曹司を面倒見てるんだ。当然の報酬だろ。感謝しなよ!」


 ……以上だ。



☆☆☆



「理恵、あんたさっきから誰と話しているの?」


「幸生に決まっているだろう」


「ええっ⁉ 僕にだったんですか? てっきり亜衣さんにかと……」


 翔の専属メイド兼師匠をしている理恵が自身の身の上話を始めたが、2人とも何度も聞かされている内容で、うんざりしていた。


「だいたい、あなたは何です。幸生様とお呼びなさいと言ったでしょう、失礼ですよ」


「まあ、いいじゃないか。私と幸生の仲だろう」


「仲とは何ですか‼ あなたには翔様がいるじゃないですか! 幸生様は私のものですからね!」


「僕は亜衣さんのモノでもないですけど……」


 そう、精一杯の抵抗をみせるが、こうなったらもう止まらない。


「それに、あなたの言い方には悪意がありますわ。アレでは私が、そのう……、ちょっといい人に見えてしまうじゃないですか。営業妨害です!」


「なんだよそれ! 私が亜衣ネエに助けられたのは事実じゃん」


「くっ! それでは私の悪魔属性が……」


(なんだこれ……。結局この2人、異常に仲がいいんだよなあ)


 幸生がそんなことを考えていると、不毛な会話に終わりの兆しが。


「亜衣ネエが悪魔だったら、私は魔王ね」


「魔王、だと……」


 そう言って言葉を詰まらせる亜衣をしり目に、幸生は本題に入る。


「はぁ……、もういいですか? それで、理恵さんは何しにここへ来たんです?」 


「ああ、翔が来たんじゃないかと思ってな。で、今日は何処にいるんだ?」


 想定通り、彼女の目的はトレーニング中に逃げ出した翔の捜索だった。すでにゲーム内に逃げ込んでいるのはバレている。というのも、体がここにあるのだから当然であった。


「仕方ないですね、ほどほどに頼みますよ。僕が翔に怒られますから」


 そう念を押し、彼女を『Sラン』内に送り込んだ幸生は、翔のために合掌するのだった。


 その後、彼がどうなったかは定かでないが、ただ、その後しばらくは真面目にトレーニングをする彼の姿が目撃されていたようだ。


ようやく理恵を出すことが出来ました。

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