ルチーナ草
幸生は池の淵に立ち、水の中をジッと見つめた。
所々、水が湧きだしている箇所があり、ここは池ではなく泉なのだろうと予測する。
次に、手で水をすくい、口に含んでみた。すると、体をめぐるような力を感じ、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして、今度はルチーナ草を1本だけ摘み取り、じっくりと観察をした。
「う~ん……、花の形状から野菊の一種になるのかな。でも、茎や葉の形状は全く違うようだし……」
己の記憶と照らし合わせてみても、該当する野草は存在しない。
しかし、なぜかその薬草名は分かるのだ。
冒険者ギルドに登録した際、スキル【薬草の知識】を得た。そのため、初めて見るルチーナ草を識別することはできるが、疑問に思うことは別にある。
それは、ルチーナ草も含め、この場所自体が『Sラン』には存在していないのだ。
200年という歳月の間に地殻変動があったと考えることもできるが、この場所からは不思議な力が感じられる。
むしろ、この場所だからこその薬草と考えれば、この泉に含まれる成分が多大に影響しているのではないかと想像がつく。
謎を解き明かす楽しみとでも言うべきか、幸生は次第に楽しくなり始めていた。
一方、翔たちはというと、レーナから薬草採取の指示を受けていた。
「じゃあ、翔、唯、夢愛ちゃんの3人は、1人5本ずつルチーナ草を摘みましょう。花を傷めないように、根元から摘むようにね」
「「「はーい」」」
今回の依頼は、冒険者としての適性試験という意味合いも含むため、パーティで何本というわけではなく、1人5本以上の薬草を取ってこなければならない。
ただ、種類は問われないため、ルチーナ草5本でも問題はなかった。
「不思議だよな。俺、この野草を見たのは初めてだってのに、知ってるんだよ」
「そうですね。私も初めて見ました。ちょっと大きな野菊って感じもしますけど、ルチーナ草と識別できているのが不思議ですね」
「わたしも!」
驚きながらも興味深く観察し、摘み取っていく翔たち。
幸生と同様に見たことはないと思ってはいるようだが、それほど深くは考えていないらしい。
ゲームと違い自分の手で根本から摘み取る作業を、楽しそうに進めていた。
暫く翔たちの様子を眺めていたレーナも問題ないと判断し、泉を調べている幸生の元へ向かう。
水をすくって口に含んだりしている様子から、もうバレているのだろうと予測する。
「さすがは幸生さん。もう、お気づきになったんですね」
「……レーナさん。やっぱり何かあるんですね」
「ええ、この場所は『安全地帯』よ!」
安全地帯とは『セーブポイント』や『体力回復の泉』などがある、魔物が現れない地帯のことだ。ゲームでは定番で、当然『Sラン』にも存在する。
だが、それはボス戦前のお助け地帯としての意味合いが強かった。
「でも『Sラン』では、こんなところに安全地帯を設定していなかったよね。それに、この湧き出てくる水、これって聖水でしょう」
「ええ、その通りよ。ただ、役割が変わった。と、言ったらいいかしら……」
そう、意味ありげに答えるレーナは「ふふん」と鼻を鳴らす。
これが凄いのよ。そう言いたげな様子である。
というのも、開拓時代にはこの辺りから木を伐り出していた。
街を発展させるため、そして経済を回すためには、安全が必要不可欠であったのだ。そして今はFランクの狩場として利用していた。
要は、こういった場が必要であったのだ。
「魔物ですか?」
「ええ、その通りよ。この辺りに強力な魔物が現れることは無いわ。だから、いざというときは、ここに逃げ込む手はずとなっているの」
「もし僕なら、ここに街を作りますけど……」
「そうね、幸生さんなら、そうするでしょう。ですが、女神様は下界に直接干渉することを禁じられているから、このことは教会の一部の人たちしか知らないわ」
そう言ったレーナは「だから黙っていてね」と念を押す。
ここが安全地帯だと知られれば、盗賊たちや犯罪者の住処となりかねないのだ。
女神となったリナーテは異世界転移した『元AIの人々』を心配して、こんな場所を造った。それは元あった安全地帯を少しだけ改良し、違う場所に移動させただけであるが、大きな街なら同じようなところが存在していた。そして、ルチーナ草はリナーテが作り出した、このような場所にしか自生しない野草なのである。
2人の話が済んだ頃、薬草を採取している翔から声がかかる。
「兄貴、レーナさん。もう、ルチーナ草を摘み終わったぞ! これからどうすんだ?」
翔と夢愛、それに唯の手には、それぞれ五本ずつのルチーナ草が握られていた。
今日の依頼は薬草採取だけであったため、意外と早く目的が済み、日没までには十分時間がありそうだ。
「みんな、ここに魔物がいないようなので、少しトレーニングをしよう。
夢愛はシンノスケを呼び出して、それから魔法の練習。
翔は唯の風魔法の練習に付き合ってやってくれ。まあ、一応言っとくが、ルチーナ草に被害は出さないようにしてくれよ。
あと、レーナさんは僕と光魔法の練習をしましょう」
「「「「は~い」」」」
幸生の提案に、四人は素直に返事をする。
翔と夢愛は広い場所での練習をしたかったようで「「やったー」」と、大喜びな様子だ。
夢愛はすぐにシンノスケを呼び出した。すでに昨日のうちに再会を済ませているので、特に感慨深いものはないようだ。
「お呼びでござるか、姫」
相変わらずの侍姿で登場したシンノスケは、ケットシーと呼ばれる猫の精霊である。索敵能力に優れているが、戦闘力は全くない。その時点で武士ではないのだが、本人が気に入っているようなので、こればかりは仕方がない。
「うん、お兄ちゃんがね。でも、その後は魔法の練習に付き合ってね」
そんなお願いをした夢愛は、優しくシンノスケの頭を撫でる。
モフモフ好き彼女であるが、昨日のうちに十分堪能したのか、ほらあっちだよと兄を指さした。
「おお、これは幸生殿。昨日ぶりでござる」
「ああ、そうだね。それで、索敵を頼むよ」
「任せるでござるよ」
幸生の頼みに、あっさり返事をしたシンノスケは目を閉じ、幸生たちには聞き取れない言語で詠唱した。その効果は嗅覚をアップさせるものであるようだ。
「北東へ300メートルほど行った辺りに、グレイウルフが3頭いるでござるな」
「300メートル……」
野原などであれば、そう大した距離ではないが、森の中では障害になるものも多いため、結構な距離である。
「まあ、大丈夫か。しばらく様子を見ていて、何かあれば教えてくれ」
「了解したでござるよ」
ここに魔物が近づけないと知ってはいても、警戒は必要であった。というのも、聖水は魔物だけにしか効果はなく、人族であれば盗賊や悪人でも関係なく入ってこられるからだ。
最も厄介なのは、この場所が安全だと気づき、アジトとしている可能性であろう。
しかし、シンノスケが索敵を使った今は、問題ないだろうと判断し、この場を夢愛に任せて翔たちの様子を見に行くことにした。
残された夢愛は気になっていたことをシンノスケに尋ねる。
「ねえねえ、他の子たちがどこにいるかわかる?」
「申し訳ありませぬ、拙者にもわからぬのでござる。……ですが、近くにいれば、気づけるでござるよ」
シンノスケの言葉にパアッと笑顔を見せる夢愛。そして、絶対みんなを探し出して見せると意気込むのであった。
一方、翔と唯は少し森の中に入り、木を的に見立て風魔法の練習を始めていた。彼女の能力はシューターのため魔法の触媒には杖ではなく、幸生から貰った短剣を使用している。これは投擲としても使えるため、いざというときは便利であった。
「風よ切り裂け‼ 【空刃】」
翔が空刃を放つと、真っすぐ目標の木に向かって飛んでいき、細めの枝を斬り落とす。
その威力を目の当たりにした唯は、目を輝かせ興奮した様子であった。
「凄いです。どうしたら、あんなに速く飛ばせるのでしょうか?」
そんな誉め言葉に、翔も満更ではない様子だ。「いや、たいしたことじゃないよ」と言いながらも、満面に笑みを浮かべていた。
だがしかし、次に唯の放った魔法を見て、その不自然な流れに愕然とする。
「どうでしょう、ダメでしたか?」
「い、いや、ダメとかじゃなくて……。あんなの、どうやったらできるんだ?」
彼女の特殊な魔法の発動方法は、彼の常識では考えられないものであるようだ。
と、そこへ幸生とレーナが様子を見にやってきた。
「どうしたんだ、翔。そんな変な顔して」
「あっ、兄貴。 どうしたもないよ、ちょっと見てくれよ」
明らかに動揺した弟の姿に驚きはするが、あくまでもこれは魔法の練習である。そんな驚くことがあるのだろうか疑問に思いつつも、幸生は唯に魔法を放つよう指示を出した。
「シルフさん、目標はあちらですよ、お願いしますね。【空刃】」
その詠唱は何処か夢愛と似ていた。
精霊の力を借りるイメージで魔法を放つ方が発動しやすいという理由なのだろうが、彼女のそれは少し違っていた。
詠唱と共に現れたのは風の精霊シルフ。しかし、その姿は本物ではなく、彼女が想像したものである。元の世界の童話ピーター〇ンに似た姿のシルフは、彼女が発動呪文と一緒に手に持っていた短剣を横なぎに振ると、同じく真似た動きをする。
そして放たれたのは『空刃』だ。威力は弱く、フラフラと残念な感じであったが、何とか目標の木に辿り着き、枝を落とすことなく霧散する。
「はあ……、やっぱり……」
あまり変わり映えのない威力に唯はガッカリした様子であるが、幸生はただ唖然としていた。
「どうして、唯が精霊を……」
「やっぱ、そうなるよな」
ボーっとした兄を見て、翔は満足そうだ。いっただろ、そう言いたげな様子である。
「やっぱり、ダメですか? 夢愛様とシンノスケ様にアドバイスをいただいたのですが……」
彼女の不思議な発動方法。そこにはやはり2人が関わっていた。




