ラルム教会
ゲームタイトル、『冒険者になって、Sランクを目指そう!』が長いので、開発課の人達が『Sラン』という愛称で呼んでいることにさせていただきます。
急な変更ですが、よろしくお願いします。
幸生たちが異世界へ来た翌日、3人は昨日話していたように、能力の解放のため教会へ向かっていた。
彼らにとって初めての外出となるため、みんな興奮気味だ。キョロキョロと辺りを見回し、なかなか先へ進まない。
この街は『Sラン』時代と大きく変更されているため、物珍しいのだ。
普段は冷静な幸生まで弟妹たちと一緒にはしゃぐ様子を、案内役のレーナは微笑ましそうに眺めていた。
(幸生さんのあんな御姿が見られるなんて……)
と、欲望丸出しであったことは、内緒だ。
時間をかけ、ようやく貴族街を抜けると、今度はこの街の中心にある時計塔が目の前に聳え立つ。
「おお! なかなかデカいな!」
大きな時計塔を見上げた翔は、若干驚きつつも、冷静な態度をとった。
「ほんとだな! この世界にもこんなのあるんだ!」
幸生は過去に見た時計塔を思い出しているようだ。
2人とも海外経験が豊富で、地球にある時計塔と比べると物足りなさを感じるのだろうが、夢愛は驚いた様子で見上げていた。
「おっきい」
ポカーンと口をあけて眺めていた夢愛は、無意識でそう呟く。
もちろん彼女も兄たちについて海外を巡っているが、身体も小さいため全体を把握できていないのである。
この時計塔の高さは60メートルほど。
地球ならこれ以上に大きなものがいくつもあるが、高層ビルが立ち並ぶような都市とは違い、高い建物と言えば王城くらいなこの世界では、十分に大きい部類と言えるだろう
この高さのお陰で、外壁の外からでも時刻を知ることができ、更に2時間ごとに鐘が時刻分だけ鳴るため、音でも時刻を教えてくれる。
この街にとって時計塔は無くてはならない物であり、シンボルでもあるのだ。
「この時計塔の動力源は魔石なのよ。塔の中に大きな魔石があってね、時計守が毎日定時に魔力を流しているんだって!」
興奮気味に話をするレーナは、手でバスケットボールぐらいの円を描いた。
「へえ~、見てみたいなあ」
幸生は興味深そうに時計塔の入口を眺めている。
魔石はゲーム時代に魔核石と呼ばれていたのだが、ここでは呼び名が変わっていた。
「ヒュドラからとれた魔石らしいわよ! 凄いよね、あんなの倒しちゃう人がいたなんて!」
ヒュドラとは多数の首を持つ大蛇で、物語では定番の魔物だ。『Sラン』――ゲームタイトル『冒険者になって、Sランクを目指そう!』の愛称――の中でも存在し、難易度はAランクに指定されている。
「ヒュドラを倒したのか、すげえな! あ~、俺も早く魔物と戦いて~」
翔は剣を持っていないため、エアーソードで魔物を切り裂くマネをする。調子に乗ってガッツポーズまでしていた。
「お兄ちゃん隙あり!、ガウ!」
夢愛はポーズをとってカッコつけている翔の後ろに回り込み、膝裏を蹴った。
転びそうになるところを何とか踏ん張り耐えた翔は、妹に文句をつける。
「ぐわっ! 何すんだよ、夢愛!」
「気を抜いたお兄ちゃんが悪いんだよ、ベエ~」
と、相変わらずなお遊びが始まった。
そんな弟妹たちを見ていた幸生は、やれやれといった感じで首を振る。
今は教会に向かっている途中であり、寄り道している場合ではない。
「ほら、遊んでないで先行くぞ!」
兄に注意され、2人は慌てて後についていくのだった。
街の中心にある時計塔から教会は、そう遠くはない。礼拝の時刻も決まっているため、時間がわかりやすいようにと配慮されているのだ。
いくら大きな時計塔とはいえ、あまり離れすぎてしまうと建物の陰に入り見ることができない。
そのため、時計塔の周辺は広場となっていた。
そこを通り過ぎ、先へ進むと教会が見えてくる。
「おっ、あれか!」
「おっきな教会だね~」
正面からの見た目は、日本にある教会とあまり変わらない。白い三角屋根の建物といった感じだ。
ただ、ジョワラルムの教会は女神ラルムの聖地とされているため、多くの信徒が礼拝に訪れる。そのまま住み着いてしまう信徒も多いため、徐々に施設を拡張していき、今では多くの信徒がここで生活を共にし、祈りを捧げていた。
彼らが教会に着くと、入り口では1人の神官が待っていた。年は30代前半といった感じだ。
「ごくろうさまです。ヤマノ家の方々をお連れしました」
出迎えてくれた神官にレーナが挨拶をすると、彼は満足そうに頷いた。
「お待ちしておりました。私は神官のイリスと申します。話は伺っておりますので、ご案内させていただきます」
状況のよくわからない幸生たちは、イリスと簡単な挨拶を済ませ、後についていく。
彼は礼拝堂を通り抜け更に奥へ進んでいき、ある部屋の前で立ち止まった。
「サレイア様、レーナ様とヤマノ家の皆様をお連れいたしました」
「どうぞ、お入りなさい」
中から聞こえるのは若い女性の声。部屋に入ると、巫女服を着た20歳代と思われる女性が椅子から立ち上がり出迎えてくれた。
彼女はきれいな長い黒髪で、にこやかな笑顔が優しそうな雰囲気を醸し出している。
「お待ちしていました。私はサレイア、この教会で巫女をしていますのよ」
サレイアと名乗った女性は丁寧にお辞儀をすると、幸生をまじまじと見つめる。
彼女の視線の強さに萎縮した幸生は嫌そうにするが、すぐ我に返り挨拶を交わす。
「初めまして、僕はユキオ・ヤマノです。それと弟のカケルと妹のユアです」
幸生の紹介に合わせて2人はお辞儀をした。少し恐縮しているのか動きが硬い。
「あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのよ。すぐ済むから楽にしててね。
イリス、あなたはもういいわ。戻りなさい」
その言葉に驚いたイリスは複雑な表情をし、幸生たちに視線を移す。
「いえ、しかし……」
挙動のおかしいイリスの様子に、サレイアは不機嫌そうに彼を睨みつけた。
「あなたは、彼らが私に何かするとでもお思いですか! この場所がどのようなところか知らないわけではないでしょう。女神さまがお連れになられた方たちに対し、失礼ですよ!」
優しそうに見えたサレイアの強い口調に、幸生たちは唖然とする。ギャップとはいえ、強烈過ぎたのだ。
イリスも真っ青な顔になり、慌てて一礼すると部屋を出ていった。
「こえ~よ!」
「あら、おほほほほ」
翔の声が聞こえたらしく変な笑いでごまかす彼女を、3人はジト目で見つめる。
息ぴったりな兄弟たちは、同時に同じことを考えていた。
(((この人、もしかしてヤバい人かも……)))
とはいえ、彼女は気にしていないのか、さっそく準備に取りかかった。
机の引き出しから、聖水の入った瓶と祈祷用の大麻を取り出すと、彼らに指示を出す。
「じゃあ、さっそく始めようかしらね。 みなさん、ここに並んで膝をつき祈るような恰好をして貰える? 聖域に入るから身を清めましょうね」
彼女が示した場所は、入口と反対側にあるドアの前だ。
幸生たちはサレイアの前に並び、指示された通りのポーズをとる。よく見ると目の前には小さな女神像があるが、どう見ても彼らの知る女神ラルムの姿ではない。
サレイアは神主のように大麻を振り祈りを捧げる。そして幸生たちに聖水を振りかけた。
身を清める儀式、と言ってもこれだけだ。
「では、みなさん参りましょう」
「「「…………」」」
気を取り直して3人は、サレイアの後に続き部屋に入っていく。
レーナだけはこの部屋に残るらしく「いってらっしゃい」と、手を振っていた。
3人でドアを通り抜ける時、幸生はフワッとした違和感を感じて立ち止まる。
(あれ? いまの感じ、なんだろ……)
「兄貴、どうかしたのか?」
兄が不思議そうにドアを眺めているので、翔は気になったようだ。
「あ、いや……。なんでもない」
幸生は気のせいかと思い、手を軽く振って合図していた。
部屋に入った3人は、中央にある女神像の前まで来ると、不思議そうに首を傾ける。というのも、その女神像は昨日3人が会った女神ラルムの姿ではないのだ。
「リナーテ⁉」
女神像の姿に、幸生はびっくりして口走る。姿は別として、顔の作りは間違いなく彼の知っているリナーテだったのだ。
「ほんとだあ、リナーテさん……」
「ふ~ん、のじゃロり女神じゃないのか……」
リナーテを知る夢愛は面白そうに像を眺め、翔は興味なさげに眺めていた。
しかし、その名を口にした彼らに、サレイアは疑問を抱いたようだ。
「あれ……、それがリナーテ様ってわかるの?」
至極もっともな問いだが、幸生は焦る。どこまで話していいものか、わからない。
そんな彼の戸惑う様子を面白そうに眺めていたサレイアが、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「なんてね。レーナが連れてきたんだから、当然知ってるはずよね」
「へっ?」
そんな砕けた口調で話す彼女に、幸生は驚きのあまり変な声が出てしまった。
(恥ずかしい……)
そんなことを考える彼に構わず、サレイアは話を続ける。
「レーナやイヌヤマ子爵家の人達って、リナーテ様のしもべでしょう。そのイヌヤマ子爵家にお世話になる人たちが普通なわけないじゃない」
そう言って確信を突く彼女に、幸生は困惑した様子だ。もはや、どう対応すればいいのかわからない。そんな感じであるが、サレイアにはどうでもいいことのようだ。
「それにしても、さっきカケル君の言ってた『のじゃロり女神』って、いいよね!」
「え……」
巫女様の急な突っ込みに、翔の顔は引き攣る。
ラルムは見た目や話し方がどうであれ、この世界の女神である。
彼女の信仰する対象を侮辱するような発言だったと気づき慌てて謝罪をするが、サレイアは気にする風でもなく、それ以上にとんでもないことを言い放った。
「ラルム様の言葉使いって、リナーテ様が教えたのよ。何でも、女神になる以前に仕えていたご主人様の趣味なんですって」
「「「えっ⁉」」
幸生はその言葉に息をのむ。しかし、意味を理解したらしい翔と夢愛は、ジト目で兄を見つめていた。
「あにき……」
「おにいちゃん……」
弟と妹の冷ややかな視線が、幸生の背中に突き刺さる。動揺が隠せないのか、わなわなと震えていた。
「いや、僕じゃないから、そんなこと言った覚えないからね」
いかにも濡れ衣だという態度が痛々しい。
背中を丸め、縮こまった様子の幸生に追い打ちをかけるべく、サレイアがさらに爆弾を放り込む。
「リナーテ様もイタズラ好きなのよね。ラルム様は全く疑ってないし。それに、ラルム様が私たちに神託をおろした時なんかはね、普通の言葉に直してから皆に伝えるようにって、リナーテ様に言われているのよ」
盛大な暴露話をサレイアが連発していると、突然、女神像が光りはじめた。しかし、生憎彼女は像に背を向けているため、気が付いていない。
そんな中、フワッと1人の女性が姿を現した。
「あら、ずいぶんな言われようね」
聞き覚えのあるその声に驚き、サレイアはゆっくりと振り返る。
「リ、リナーテ様。どうしてここに?」
「あら、私がここに来てはいけなかったかしら?」
神託の間に姿を見せたのは女神ラルムではなく、女神リナーテだったのだ。