異変発生! 4日前
亜衣さん登場
山野グループ本社ビル五階。
この階は開発部専用となっており、仮想現実の世界を造るために必要なダイブサポートマシンが数多く置かれていた。
ダイブサポートマシンとはフルダイブ型VRに潜るために必要な装置でヘルメットタイプのものが一般的だが、ここでは開発中ということもあり、詳細設定が可能で安全性の高いカプセルタイプを使用している。
幸生が課長を務めるゲーム開発課もこの階にあり、今朝から執務室で作業に追われていた。
そこへ、コンコンとノックする音が響き、秘書の亜衣が翔を連れて入室してくる。
「失礼します。翔様をお連れいたしました」
きちんと礼儀正しい姿は好感が持てるが、これは彼女の仮の姿。
実は彼女、本名を高尾亜衣(29歳)といい、本業は山野家のメイドである。
けれど、幸生がゲーム開発課の課長に就任した際、自ら立候補して秘書になったという経歴の持ち主だ。
亜衣は学生の頃からコスプレを趣味としていて、イベントにもよく参加していた。
そんな彼女が社長面談のとき志望理由を聞かれ、答えた言葉が特殊であった。
『はい、本物のメイドになってみたかったからです』
あまりに度肝を抜くその志望理由に、幸生たちの父・山野武生は即採用を決めた。
理由は面白そうだからと大笑いしながら話していたが、秘書を認めた理由も同じであった。
今は幸生の専属メイド兼秘書として、朝夕問わず働き続けている。
労働基準法に引っ掛かるほどの激務となっているが、本人曰く、
「ムフフ、メイドも秘書もできるなんて、ご褒美です」
と、何やら怖いことを言っていたらしい。
☆ ☆ ☆
翔は兄からの呼び出しとあって、嬉しそうに入室してきた。
「兄貴! 来たぞ!」
「ああ、呼び出してすまないな。トレーニング中だったんだろう」
「いいって、それより何かあったのか?」
そんな風に心配した雰囲気を出しているが、実は心の中では喜んでいたりする。
というのも、現在は過酷なトレーニングの真っ最中。
厳しいトレーナーのもとから逃げ出すことができて、大助かりなのである。
「それがな、今から急ぎで王都ラルネルムに行って欲しいんだ。現地にいるスタッフから、街中で魔物を見たと報告があったから、その原因を調査して欲しい」
幸生の言う王都ラルネルムとは、彼らが開発中のゲーム、
『冒険者になって、Sランクを目指そう!』
の舞台となる、ラルドネルト王国やや北東に位置する王都のことだ。
そこに正体不明の魔物が現れたということで、翔に調査を依頼したいとのことだった。
「マジ? わかった、すぐに向かうよ」
翔は二つ返事で了承。
それを受け、幸生も次の指示を出す。
「現場が少し混乱しているようで詳細はわからないから、向こうでスタッフに聞いてくれ。それと見つけたら映像を送って欲しい。確認したい」
「了解!!」
そして翔は亜衣とダイブサポートマシンのある部屋へ向かい、マシンに横たわると彼女がカプセルのふたを閉め設定する。
〔行き先 ラルネルム。 視界映像送信可〕
☆ ☆ ☆
ここは王都ラルネルム城門前広場にある転移陣。
そこに一人の少年が姿を現した。
全身が白い体毛に覆われ、頭には秋田犬を思わせるような耳、さらに尻尾も生えたその少年。
彼の正体は翔で間違いないが、その姿は人ではなかった。
これは翔のアバターで犬耳人族と呼ばれる亜人種だ。
その彼の装備はスニーカーに青いジーパン、黒の革ジャン姿で全てに魔法が付与されていた。
スニーカーにはスピード補正50%アップ、ジーパンにはスタミナ補正50%アップ、革ジャンには物理耐性70%カットと破格であり、腰には疾風の剣を携えている。
翔は王都ラルネルムに着くと、魔物を見たというスタッフに話を聞いた。
「一瞬だったので見間違いかもしれませんが、ユニコーンだったと思います」
そう答えるスタッフに、翔は首を傾げる。
「はあ⁉ ……ユニコーン? それって魔物じゃねぇじゃん」
「は、はい。 ですが、その馬体は真っ黒でして……」
どこか歯切れの悪い口調で話す目撃者であったが、それもそのはず。
ユニコーンとは真っ白な馬体と一本の角が特徴的で、分類的には魔物ではなく幻獣。ゲーム内では精霊の類とされているのだ。
それなのに馬体の真っ黒なユニコーンがいたとなれば、戸惑うのも当然である。
「我々は黒いユニコーンなんて登録していません。どうして存在するのか不明なんです」
そう答えるスタッフに、翔は「見間違いなんじゃあ」と言いかけたが、ここは我慢。
まずは調査だ。
王都は広く、探すには時間を要するが、彼の装備であれば問題ない。
スキルを使い走り回ること数分、カネダ子爵邸の門の前を通りかかった時に、それを見つけた。
「いた!」
翔は素早く家の陰に体を隠し、様子をうかがう。
その姿は聞いた通りであり、翔は一目でその漆黒の馬体に目を奪われた。
「すげぇ……カッコいい」
ただ、そうした思いはすぐに封印し、スマホを操作して兄に連絡を入れる。
「兄貴! 見つけたぞ!」
「早かったな。早速だが映像を繋いでくれ」
「了解」
すると、翔の見ている景色が幸生の執務室にあるモニターに投影され、漆黒の馬体と一本の角を持つユニコーンの映像が流れる。
「まさか、ユニコーン!?」
「そうだ、驚いただろう」
「ああ、でも黒いユニコーンがなぜ?」
「わからん……ん、ちょっと待ってくれ」
幸生がモニターに映る姿に驚いていると、翔のいる現場で変化が起きた。
カネダ子爵邸の門が開き、メイドらしき人物が出てきてユニコーンを招き入れたのだ。
「なんだ、いまの」
「どうする? 忍び込んでみるか?」
それは信じられない光景だったこともあり、翔はそう提案するが、これ以上は危険だ。
「いや、大丈夫だ。あとはこっちで対処するから、翔は戻ってくれていいぞ」
「ああ、わかった」
幸生は弟に戻るよう指示。
居場所が分かった以上、この先は運営の仕事だ。
翔は王都の現場責任者に状況を報告して、現実世界へ戻ってきた。
「お疲れ」
「参ったぜ、アイツと戦うのはちょっとな……」
「ああ、そうだな。僕も調べてみたんだが、データは無し。カネダ子爵邸にも異常はないから、どうするか……」
このゲームは設定上、魔物は街に入ることができない仕様となっている。
けれど、ユニコーンは精霊という扱いで街に入ることは可能であった。
となればいても不思議ではないが、存在しないはずの黒いユニコーンはもちろん対象外である。
ならどうするか。
出来ることは直接向かい確認するだけだ。
「ありがとな、翔、また頼むよ」
そういって幸生は弟を労い、帰したのだった。
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