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閑話  唯ちゃん奮闘記①



 3月20日 AM4時55分。 

 私は、いつもと変わらぬ朝を迎えました。目覚まし時計より少し早い起床に、心地よい気分です。

 サッと布団を出てカーテンを開けてみると、外はまだ真っ暗。ちょっと眠気を感じるので、窓を少し開けてみましょう。


「うわ⁉ さぶっ!」


 思った以上のヒンヤリとした空気に、すっかり目が覚めました。


 朝の冷気で気持ちを引き締めたところで、今度は日課のストレッチです。このままだと寒いので窓とカーテンを閉め、シャワーを浴びたら開始します。

 気持ちよく身体を動かすと、だんだんとお腹が空いてきました。今から長丁場ですから栄養は取らないといけません。

 料理をしている時間はないので、パンに牛乳、レタスサラダと簡単な朝食をとり、ひと息ついたら仕事です。


「さあ、今日も頑張りましょう」


 メイド服に着替えた私は、気持ちを切り替えメイド待機室へ向かいました。


 



「おはようございます!」


「おはよう、唯ちゃん。今日も朝から元気だねぇ」


 メイド長の幸枝さんが、挨拶を返してくれます。私は6時出勤なのですが、幸枝さんは5時から働いています。メイドの仕事は朝が早く、旦那様が起きてくる前に朝の業務を終えていなければなりません。

 私はお屋敷内に部屋をお借りしているのですが、他のメイドさんたちは敷地内の従業員寮か、自宅からの通いなので大変です。


 早速仕事を始めた私は、いつも通り朝の業務を済ますと、7時ごろ夢愛様を起こしに行きました。


「おはようございます、夢愛様」


「ムニュムニュ おはよ、ゆいちゃんムニュムニュ……」


 まだ寝ぼけているみたいで、ちょっと大きめのぬいぐるみに抱きついてる姿はとってもかわいい。いつまでも見ていたいけど、そうもいきません。今日はお兄さまたちとお出かけする日です。

 仕方がないので、耳元で魔法の言葉をそっと囁きます。


「早くしないと、お兄さまたちに置いてかれちゃうよ~」


「お、おきる、おきるから、おいてちゃやだ~」


 なんとも可愛らしいお返事で、モゾモゾと動き出した夢愛様の着替えを手伝い、食堂へ向かいます。洗面所で手を洗っているうちに、食事の準備を済ませました。

 今朝はトーストとハムエッグにミルクです。


「ゆっくり噛んで食べてくださいね」


「でも、急がないと置いてかれちゃう」


「慌てなくて大丈夫ですよ。お兄さまたちは夢愛様を置いてったりしないと思います」


 食事が終えた夢愛様は、待っていてくれたお兄様方と一緒に、お出かけしていきます。


 私はその様子を玄関で見送り、いつものように夢愛様のお部屋を掃除し始めました。





「あれ? ここは……」


 目を覚ますと、私は夢愛様のベッドにいました。どうやら眠ってしまったようです。

 時計の針を見ると、もう11時。掃除を始めてから、すでに3時間も経っています。


「あれ? なんで? 大変‼ どうしましょう」


 一瞬のパニックと申しましょうか。といっても、どうしようもありません。

 私は慌てて部屋を飛び出したのですが、そこで固まってしまいました。


「…………、ここどこ?」


 部屋を出た私の目に飛び込んできたのは、広い廊下の壁に掛けられた絵画と高価そうな大きな花瓶。そこは私の知っている廊下ではありませんでした。

 驚いた私は、慌てて夢愛様の部屋に戻ります。


(やっぱり夢愛様の部屋ですよね~)


 部屋の様子は何も変わりありません。ただ、電気がつきませんでした。もう一度、今度はゆっくりドアを開け覗いてみますが、やっぱり先ほどと何も変わっていません。電話をかけようとスマホを取り出してみましたが圏外でした。


(もしかして、『アエル』さんなら何か知っているかもしれない)


 アエルさんというのは、今の夢愛様の教育係をしているショートヘアで活発そうな13歳の可愛らしい女の子です。

 彼女はAIなので何か知っているかもと思ったんですが、電気が止まっているため電源が入りませんでした。


 でも、ずっとこうしているわけにもいかないため、少し怖いですが思い切って探検してみることにしました。

 ゆっくりと辺りを警戒しながら廊下を進みます。いくつかドアがありましたが、怖くて開ける勇気はありません。

 少し進むと階段を見つけました。この階段は上と下に向かって伸びていますが、外へ出るためには、下へ行くべきでしょう。

 踊り場まで下りると、そこにある騎士の甲冑に気が付きました。


(すごい立派な甲冑。それに飾られてる絵画も素晴らしいものばかり。いったいどんなお金持ちが住んでいるんだろう)


 余りの豪華さに一瞬心を奪われましたが、ふと我に返り先を急ぎます。

 階段を降りると、そこはエントランスホールでした。ようやく外に出られます。

 ただ、廊下の先から女性の話し声が聞こえてくるので、たぶん誰かいるのでしょう。


 外に出るか、人と会って話を聞くか悩むところだけど、結局誰かに話を聞くならここでもいいはずです。なので、思い切って声のする方へ向かうことにしました。


(まさか誘拐ってことはないですよね、たぶん……)


 ちょっと不安なことを考えてしまいましたが、見張りもいないし違うと信じます。

 恐る恐る廊下を進み、声のする部屋に辿り着きました。ちょっとドアが開いていたので、そこから声が漏れていたようです。

 とりあえず隙間から覗いてみましょう。


「そうそう、ねえ聞いた? 今日から新しい子が来るんだって!」


「へえ~、どんな子なの?」


「それがね、ちっちゃくてとっても可愛いんだって!」


「あら、そうですの?  可愛らしいのね。楽しみですわ」


「えっ⁉ 子供なの?」


 中にはメイドさんが3人います。皆さん私より年が上みたいで、色々大きいです……いろいろ。


「あら、見かけない子だねぇ。こんなとこで何してるの?」


「キャ―――ッ⁉」


 突然後ろから声をかけられてびっくりした私は、大声を出してしまいました。


「まあ大声出して、そんなに驚かなくてもいいでしょう。ごめんなさいね」


「あ、すみません。びっくりしちゃって……」


「今の声なに? どうしたの?」


 中にいたメイドさん達も驚いて、様子を見に来てしまいました。最悪です。動揺した私は、もうパニックです。


「「わあ~、かわいい!」」


「ベルローズさん、その子どなたですの?」


「もしかして、あなたが旦那さまの言っていた子だね。名前は確か……」


「唯です! 東山唯と言います」


 もう目がグルグル回りそうでしたが、なんか私の名前を聞かれたような気がしたので、慌てて答えてしまいました。でも、様子がおかしいです。


「えっ? それって……」


「あらこの子、私と同じですわ。あなたも貴族令嬢なのですわね。ですが、ユイ家って聞いたことがございませんわ!」


「…………」


 なんか貴族って言葉が聞こえました。どういう事でしょうか。

 確か、日本に貴族制度はありません。というよりもまず、目の前にいる人たちは日本人に見えません。ベルローズさんと呼ばれた方だけは日本人ぽい雰囲気なのですが、明らかに名前は外国の方です。


「そうそう、ユイちゃんね。旦那様から聞いてるわ。それにしても、ずいぶん早かったわねぇ」


 どうやら私はここで働くことになっているようです。旦那様からは何も聞いていません。幸恵さんからも……。こんなことってあるのでしょうか。

 もうパニックで、自分が何を考えているのかもよくわからなくなってきました。

 でも、心なしか聞き覚えのある声が響いてきました。


「もう唯! ここにいたのね、探したわよ! 部屋に行ったらいないから心配したじゃない!」


「えっ⁉ レ、レーナさん⁉ ……? でもなんか……」


「どうしたの、そんなに驚いて。

 あれ? 唯って、この姿の私と会うの初めてだっけ?」


 私の知っているレーナさんは画面の中にいる姿だけです。でも、目の前にいる彼女は人の姿をしていました。夢愛様から話は聞いていたのですが、いざ会ってみると驚きです。

 そんな私の戸惑いをよそに、レーナさんとベルローズさんは話を進めていきます。


「ベルローズさん、子爵様に言われてるんで、ユイを連れてきますね」


「そうなのね。では、紹介は後程といたしましょう。

 さあ、皆さん休憩は終わりですよ。仕事を始めましょう」


「「「え~、もう……」」」


「ほら、行くよ唯。 ついてきて!」


 レーナさんに促されて、後についていきました。ただ、後ろから見た彼女は、やっぱり人間にしか見えません。


(もしかしてここはゲームの中なのかな? だったらすべてつながるんだけど)


 レーナさんはAIだと聞いています。私の中でちょっとだけ希望が見えました。でも、私の何気ない一言で、それが真実でないことを知ります。


「レーナさんって、実は人間だったんですか?」


「そんなわけないじゃない。前にAIって言ったよね! でもね、今は女神様のお力で人間にして貰ったの!」


 そういって破顔するレーナさんは、輝いていたんです。ゲームじゃないんだなって、実感しました。


「やっぱり人間になりたかったんですか?」


「どうかなぁ……。ユキオさんたちが羨ましくはあったけど、人になったら年を取るじゃない。唯だって初めて会った時からずいぶん成長して……、ないのかな? でも、もう私と同じハタチだよね」


「えっ⁉ レーナさんってハタチなんですか? って、どこ見て言ってるんですか! 胸ですか! 私だって、ちゃんと人並みには有りますからね。

 レーナさんも人になったんなら、ちゃんと空気読んでください。レディに対して失礼です。プンプン」


「ハハハ、ごめんごめん。まあ、私だって開発課の人たちが設定した通りに再現されただけだから、自前じゃないのよ」


「ずるいです」


「あれ、なんかいった?」


「いえ、何でもないです」

  

「でも、唯が元気になったみたいで良かったよ」


 いつの間にかレーナさんのペースになっていて、ここがどこだか悩むのを忘れていました。本当ならレーナさんが人間になったなんて言われても、意味が分からないと思ったはずなんですが、すんなり受け入れられている自分がいます。

 空気を読んでくれていたんですね、優しい人です。


「ありがとうございました」


「もう、何よ!」


 彼女は、やっぱり私の大好きなレーナさんでした。





 レーナさんはある部屋の前で止まり、ドアをノックします。どうやら目的の部屋に着いたようです。

 返事があり中に入ると、そこには一人の中年男性がいました。ただ、着ている服は豪華です。ピカピカに着飾った服装は、まるでテレビで見る芸能人みたい。


「いらっしゃい、ユイちゃん。久しぶりだね」


 初めて会うはずの人から久しぶりって言われてしまいました。私はメイドという仕事柄、人の顔を覚えるのは得意です。なので、失礼なんですがじっくりとお顔を拝見させていただき……。


「し、し、師匠⁉  遼次師匠じゃないですか‼」


「ハハハ、変わんないねぇ、ユイちゃん」


「ってことは、師匠も人間になったんですか? でもちょっと以前より何か、柔らかくなったというか……」


 私は驚きのあまり素が出てしまいました。これではメイドとして失格です。


 とはいえ、遼次師匠は、幸生様が作られた将棋ゲームで棋士をしていた方で、私がよく対戦していた相手です。対局が終わると、いつも優しく指導してくれました。引退されると聞いた時には、すごく寂しかったことを覚えています。

 正直、また会えたことが凄く嬉しかった。




「どこから説明したらいいのかな」


 そう言って、師匠はここが異世界であること、AIたちが自我に目覚めたこと、自分たちが女神の力で人間になったこと、そしてなぜ私がこの世界に連れてこられたかを話してくれました。

 到底、納得できる話ではありません。ですが、数日後には夢愛様が参ります。元の世界で夢愛様の不在を嘆くよりも、むしろ良かったのかもしれません。


「ユイちゃんには、ここでメイドたちの教育を頼みたいんだけどいいかな? 一度しっかり仕事を覚えさせたいと思ってたんだよね」


「はい、わかりました。お任せください師匠!」


 どうやら師匠は、メイドさんたちの仕事ぶりに不満がありそうです。私の力がどれだけ及ぶか分かりませんが、頑張りたいと思います。


「いやね、ユイちゃん。ここではリョウイチ・イヌヤマ子爵だからね。師匠じゃないから、間違えないようにね」


「わかりました! 師匠」


「だからね、師匠じゃないんだって」


「はい、師匠」


「はぁ……、どうやらダメそうですね……」


「ゆい…………」


 こうして、私の波乱に満ちた異世界生活が始まりました。


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