Enterキーだけで世界を救ってみようと思います(仮)
町中の灯りが点り、人気の無くなる時間
物語は机と椅子しかない三畳の部屋で、小気味のよい音を鳴らしながらキーボードを叩く、青と緑のチェックが入った白シャツと青っぽいジーパンを履いた長髪の男から始まる。
それは勿論、勇猛な戦士でも、可愛い魔法使いでも、屈強な筋肉バカでもない。長い作業の後、疲れて右手を作業から離し、パソコンの右側に置いた茶色の栄養ドリンク瓶を掴んで、それを飲もうとしたどこにでもいる普通の男である。
ただ、そこで事故は起こってしまった。
右手でしっかりと制御していたはずの瓶が暴走し、あろうことかキーボードの上に黄色い液体をスプラッシュしたのだ。
「そっ、そんなっ! 」
男は慌てて電源を落として液体を拭き取り、ドライヤーで内部を乾かす。だが既に時遅し、マウス接続を認識しないどころか、shiftも、数字も、文字も、まるで反応しない。絶望する男は無意識に一番多用しているEnterキーを押した。
すると、
画面から声がする。
男は顔を上げてパソコンの画面を見、慌てて何度もキーを押した。そして、確信する。やっぱりこのキーだけは生きている……!
「いける、行けるぞ……これなら! 」
幸運なことに、今の画面は男が望んでいたものだ。画面の右上には題名がかかれている。
《どっきゅん独り占めRPG! 勇者ちゃんのフルボッコランド! 》
これは今、一部業界で大人気の美少女操作型RPGで、勇者になったナイスバディな女の子で敵をバッキバッキ倒して世界を救うという内容だ。男は心を踊らせながら、Enterキーを叩いた。
画面が切り替わり、フルボイスでモノローグが流れる。画面の中央にはドット絵の金髪ヒロイン《シュリ》が立っていて、彼女は開始早々に言った。
『もうっ! まだ魔王は倒せないの!? 勇者ってば、情けないんだから! 』
台詞と共に画面下に表示される可愛い立ち絵もこのゲームの売りの1つ。彼女はどうやら勇者を選んだ国王に抗議しに城に向かうらしい。
「期待通りの可愛さだし、これは戦闘が楽しみだ。まぁ、その前に……」
ここで男は気がついた。
「……まずは歩く必要があるけど」
そう、歩くには普通に方向キーが必要である。普通ではない方法、それをしなければこの難関は突破できない。
だがその時、男に天啓が降りた。
Enterを連打していたら、画面下の扉の方から隣人らしい女性キャラが入ってきて、部屋の中で「お前は何をしに来たんだ」と聞きたくなるようなランダム歩行を始めたのである。
「これだ! 」
男は間隔を変えながら夢中になってキーを押しまくった。そして一時間の奮闘の末ついに、彼女が主人公の後ろに並んで扉の方に主人公を1マス押す。男は思わず声を張り上げて叫んだ。
「いよっしゃあああ!! 」
時間は掛かるだろうが、これを利用すれば城まで行けるかもしれない。ゴールは直ぐ側である。
「待ってろよ、魔王っ! 」
希望ある冒険、お色気シーン、そんなものに思いを馳せながら男はまた傍目にも地味な乱数調整を始めた。
※
空に日が昇り、窓から差し込む光が眩しいほどに部屋を包み込む。
男はそこでついに城にたどり着いた。
ただ、城は城でも、抗議しに向かった人間の王様の城である。主人公は今まで一回も見せたことのない歩行を見せて、玉座へと歩み寄った。
『王様っ! あの勇者は役立たずです! 勇者に選ぶなら緑の服のあの人とか、悪魔の子と呼ばれるあの人とか、頼りになる人にしてください! 』
彼女はきっと100年の眠りから目覚めたやつとか、ドットと3Dが選べるあのクエストのことをいってるのだろう。長髪の男は画面の前で彼女に白い目を向けた。
「同業者に積極的に喧嘩を売っていくスタイルやめろ」
しかし、それが画面上の王様に届くはずもなく、王様は彼女に言う。
『無理だって~。彼らは人気者だからさぁ、こんなインディーズのしがない糞底辺変態ゲームになんて呼べないよぉ』
「糞底辺なのか」
変態なのはプレイヤーの長髪男としては大歓迎なのだが、ここまで自虐的に言われると正直キツイ。しかも、主人公までも、
『変態って、私に何かするつもりでしょう! エロ同人みたいにっ! 』
というお決まりの台詞を吐くのだから、これは不安増し増し、ヤバさぶっかけ状態だ。だが、言葉を失う男の前でも、ムービーはスキップボタンも早送りボタンもなく続いていて、王様は清々しい笑みと共に説明する。
『大丈夫だよ、パッケージにちゃんと18禁ついてるから。良い子の皆は買わないから』
その台詞に、画面の外の男は「ん? 」と思ってこのゲームが入っていたパッケージを見た。するとやはり、パッケージには《全年齢向け》と書かれている。
「つまりこの世に良い子はいない、か」
主人公は表情を変えつつ何度か無言を繰り返したあと、王様に答える。
『ホントに? なら、あなたの内蔵でレース飾りを作ったり、あなたが内側からぱっと光って咲いても大丈夫ね! 』
プレイヤーは殆ど無意識に口を出していた。
「プレイヤー一同、そんな汚い花火は望んでおりません」
まぁ、それが画面の中に届くのは遠い未来の話で、今のゲームにそんな解釈機能はない。そのため、問答無用で画面中央に選択肢が現れる。
《抹殺する》
《話をする》
《公開着替えする》
男は新しく持ってきた栄養ドリンクの口にストローを刺して言った。
「なぜ現れたんだ、3番目」
結局、どんな選択肢が現れようとも男はEnter以外押せないので一番上を選ぶしかないのだが。一番上を選んだ直後、ゲーム画面は暗転する。
そして、元の画面と殆ど変わらない城の画像が表示された、のだが、玉座の王のドットは真っ赤になっていた。
「エロティクス王ぅうう!! 」
それでも、主人公の立ち絵と台詞は平然と表示される。
『王様を説得して、私が勇者の代わりに魔王を倒すことになったよ! さぁ、冒険の旅に出発だ! 』
男は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「新手の犯行予告かな? 」
会話が終わると場面は城の外、店の立ち並ぶ城下町に移る。ここにはランダム歩行の通行人たちが沢山荒ぶっているので、先程より調整は難しい。ため息をつく男の前で、主人公に通行人の一人が迫った。
『やぁ、シュリ、王様との話はついたかい? 』
それは金髪の男キャラで、主人公とも親しげである。男は髪色も同じなので兄かなと察しを付けつつ、キーを押し込んだ。だが、主人公は金髪の男に言う。
『あなた、またストーカーしに来たの? さっさと仕事に戻りなさいよ。変な妄想をして女の子をジロジロ見てるなんてキモいわ』
どうやら男は主人公に付きまとうストーカーだったらしい。プレイヤーは彼女の言葉に何度も頷いた。
「うん、まったくもってその通りだ」
……彼女の胸の辺りを凝視しながら。
一方で画面の中では去り行く主人公に対して金髪男が話を続ける。
『誤解だよ! 僕は君をスカウトしに来たんだ! 君の力を見込んでね』
シュリは頭の上にビックリマークを出して振り返った。
『え……そ、それって、もしかして……! 』
金髪男は不敵な笑みを浮かべる。
『ああ……その通り……。僕は君を……』
次の台詞は二人同時だった。
『アイドルとしてスカウトしに来たのね! 』
『魔王軍としてスカウトしに来たんだ! 』
そして、勿論次の台詞も。
『『へ? 』』「へ? 」
《続かない》
暇潰しで書いたやつです。
続きは需要と気分次第。