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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖剣 1999円(税込)

作者: 丸永悠希☃

 時計の針が間もなく頂点で重なる頃、アパートの一室で来客を告げる電子音が鳴り響いた。

 それに続いて扉も叩かれ、気だるそうな男の声も聞こえてくる。


「おるかー? ジャングルからやでー」


 そう口にした配送会社の男は相手の返事を待つことなく腕時計を見つめ、予め段ボール箱と共に持っていた不在通知に時刻を書き込もうとしたその時、目前の扉が音を立てて開かれた。


「ちょっと。午前中に指定したんだけど。今何時かわかってんの?」

「すまんな。けどまだ午前中や。それより……ここやで」


 くたびれた部屋着の上に温かそうな色合いの上着を羽織り、不機嫌な表情を隠そうともしない女性――虹野満子が扉から顔を出し、配送会社の男を睨み付けて悪態を吐く。

 その視線を向けられた彼は不在通知を脇に退け、受取証のサインを求めて段ボール箱の一部をトントンと指先で示した。


「そういう意味じゃなくて……ああ、もう、いいわ。次からは気を付けなさいよ」

「はいどうも。おおきに」


 呆れた表情を浮かべる満子は配送会社の男を咎めたが、言うだけ無駄だろうと諦めの境地で押印し、それの確認もせず受取証を手にした彼は段ボール箱を彼女に押しつけ、簡素な礼の言葉を残して立ち去った。




 態度の悪い配達員だったが、外気温の低さに身震いした満子は急ぎ扉を閉じ、今まで過ごしていたリビングで届いたばかりの段ボール箱を開封する。


「ここを押すとって書いてるけど、これでテープを剥がせた例しがないのよね……」


 益体も無い独り言を呟きながらも買った品物を取り出していき、抜けがないことを確認した。

 だが、勇者の聖剣も変身ベルトもほぼ剥き出し状態でパッケージされている。

 このままの状態で愛する息子達の枕元に置いては味気ない。

 そう考えた満子は自分で飾り立てることを思い付き、綺麗な包装紙とリボンを押し入れから探し出し、そこへ勇者の聖剣を置こうと手を伸ばしたところ、うっかりと指を切ってしまった。


「痛っ――え……何よこれ。本物?」


 さらに運が悪いことに、指から垂れた赤い雫は変身ベルトにまで付着した。


「うわ。最悪」


 口では嘆いている満子であるが、すぐさまティシュー・ペーパーを数枚引き抜き血を吸わせ、自身の指もそれで包み込んだが、ベルトに被せたものは今ひとつ赤く染まらず、指を切ることになった聖剣にしても同様だった。


「こんな刃物、子供にプレゼントできるわけないでしょ。……クレーム入れよ」


 机の上に置いてあった携帯端末を拾い上げて苦情の文章を入力していると、満子ひとりしか居ないはずの室内から不審な声が上がる。


「汝が我の主か――?」

「あれ? この剣って喋るんだ。最近のおもちゃはすごいねぇ~。刃は本物だけど」

「……汝が我の主か?」

「スイッチどこだろう。電池がもったいない」


 返品交換させるつもりで苦情文を作成していた満子だが、主婦としての(さが)なのか電池の消耗が気に掛かってしまい、弄っていた携帯端末を上着のポケットに入れ、今も尚喋り続ける聖剣を黙らせようと持ち上げた。

 それを矯めつ眇めつ眺めていると、またも新たな声が室内に響く。


「やぁ、おはよう! 君がボクのマスターなのか!?」

「今度はベルトまで。……でも、こんなセリフあったけ? 勝手な改変は関心しませんな~」


 時間が合えば息子達と共に早朝の特撮番組を眺めていた満子であるが、今となってはその物語の主人公を演じている俳優のファンであり、毎週の録画を欠かさず作品にも造詣が深い。

 見た目だけは限りなく本物に近いベルトも、己が不満を持ったという理由で返品しようと心に決め、クレームのコメントにはよりいっそう力を入れるのであった。


 しかし、聖剣もベルトも電源スイッチが見つからず、しつこく同じセリフを繰り返す。

 さすがに集中力を乱された満子はおざなりな返事を口にする。


「はいはい、主ですよ。マスターですよ」

「……ようやく返事を寄越したか。のろまめ」

「返答受諾。身体情報の精査を開始――適合……やっぱり、君がボクのマスターなんだね!」

「……ないわー」


 あまりにも不遜な口調の聖剣と、ベルトから放たれた聞き覚えのないセリフを耳にした満子は、驚きとも失望とも取れる憮然とした表情でひと言呟いた。

 その言葉を向けられた聖剣とベルトはそれぞれが独りでに浮かび上がり、片や満子の右手に飛び込み、片やその腰に絡みつき、驚き慌てる彼女を尻目に次の要求を提示する。


「汝よ、我の半身――鞘を見つけて参れ」

「マスター! 個人設定を入力してくれ!」

「気持ち悪い、気持ち悪い! 何なのよ、これ!」


 手を開いても聖剣が纏わり付き、腰のベルトを動かしてもまったく外れず、まるで呪われたかのようにして満子の身体へ貼り付いている。


 そして、ひたすらもがき続ける満子の足下に突如として幻想的な靄が発生し、その身が覆い隠された瞬間には、彼女の姿は忽然と消え失せていた。




 着の身着のまま――首回り・袖周りがよれた部屋着の上には暖色系の着る毛布。年齢にそぐわぬかわいらしい靴下に使い古したスリッパ。そして、謎の聖剣とベルトを身につけた満子は荒野のただ中に居た。


「何がどうなってるの……夢?」


 呆然と立ち尽くす満子は無意識的に携帯端末へ手を伸ばし、その画面を覗き込むも通信途絶を示すアイコンが出ているだけで、大きな変化は現れていない。


「汝を我の時代へ導いたのだ。さぁ、半身を探すがよい」

「マスター! 合致するデータが見つからない。周辺探査をするか?」

「え、あぁ、うん」


 右手から偉そうに指図され、やや弛みのある下腹からは現在の打開策を提案された。

 それを聞いた満子は意味を考えることなく反射的に答えてしまう。


「マスター! 約五キロメートル先に町がある。徒歩で一時間半といったところだ!」

「丁度よいではないか。そこで情報を集めるのだ」

「……仲良いね、あんたら」


 このまま立ち惚けていても状況が好転するとは思えなかった満子は、ベルトが発した胡散臭い情報を基にして、どことも知れない町へ向かって足を動かし始めた。

 だが、荒れた大地を室内用のスリッパで歩くことはいささか難度が高く、頻りに足を取られてしまい思うように進めない。

 躓くたびに苛立ちが募った満子であったが、その拍子にある事が頭に浮かんだ。


「剣が本物なら、ベルトも本当に変身できたりして……?」


 上着ごと押さえ付けられているベルトに視線を落とした満子の口からそんな呟きが零れ出た。

 そして、なぜか周囲に目を配り、誰の姿もないことを確認したのちに、岩場の陰でほんのりと頬を赤らめた彼女は、口を小さく動かしながらも不思議な挙動を見せている。


「変――身――ッ!」


 その瞬間、四〇歳が間近に迫る熟れた身体を眩い光が包み込み、瞬く間に謎のヒーロー――全身タイツに覆われて胸部・腹部に薄いプロテクターを装着し、肘と膝にもそれを付け、極めて派手に飾られたヘルメットを頭部に備える満子が現れた。

 さながら、バラエティー番組で罰を受けるアイドル芸人のような出で立ちである。


「おおぉ……。変身できた。すんごい。でも、見える限りはコレジャナイ」

「なんという恰好をしておるのだ。そのような姿で我を手にするでない。ええぃ、離せ!」

「マスター! 個人設定が未入力でデフォルトコスチュームを選んだぞ!」

「……そういえば、何か入力しろって言ってたっけ」


 抗議のために全身を振動させる聖剣は視界から除外し、満子はベルトが発する説明に従って空中に投射された操作パッドを指先でいじくり回し、己の求める姿を作り出していった。


「ピッタリのパーツがなかったけど、とりあえずそれでお願い」

「承知した! では、発動ボタンを押してくれ!」

「え……。あぁ、ポーズの最中に当たった所か。……セリフもポーズもいらないじゃん」

「おい、我の話を――」


 聖剣の言葉には聞く耳を持たず、満子はベルトのバックル部分にある発動ボタンを押した。

 こんな位置では誤動作を起こしそうなものだが、身体情報と照らし合わせるために心配は不要であると聞かされたものの、彼女自身の不手際で押されることは考慮されていなかった。


「……先よりは幾分ましだな。我を持つ権利をやろう」

「そりゃどうも」

「マスター! 町まで残り約四キロメートルだ。その姿なら疲れ知らずになっているぞ!」

「あ、本当だ。身体が軽い」


 たとえ赤子であろうとも象を持ち上げられる強化外骨格で身を包み、さらに一昼夜歩き続けても疲れることのない動作補助機構のおかげで、満子は目を見張る勢いで先を進む。




 荒野を歩き抜いた満子の眼下には、どこか騒々しい小さな町が広がっている。

 いつまで経ってもその姿が見えてこなかった理由は、荒野が丘の上にあったのだ。

 あとは坂を下るだけなのだが、彼女は徐々に速度をゆるめていき、ついには立ち止まった。


「どうした? 早よう行かぬか」

「マスター、体調におかしなところはないぞ?」

「なんか、その……ちょっと恥ずかしいって言うか……」


 その呟きを零した満子はベルトから操作法を聞き出し、ここまで共にした変身を解除する。

 そして、部屋で寛ぐおばさんの姿に戻り、スリッパの底面を気に掛けながらも坂を下った。


 町の周囲に張り巡らされた粗末な柵を回り込み、入口から中へ足を踏み入れても人っ子一人見当たらず、ひどく静まり返った外郭部とは対照的に中心部からは喧噪が届いてくる。


「マスター、この先に人が大勢集まっている!」

「何だろう。イベントかな?」

「ひとまず見て参れ」

「へいへい、わかりましたよ」


 誰かに呼び止められる事もなく、満子は首を伸ばしながらも中心部へ向かうと、剥き出しの剣を片手に持ったおばさん――という、目を剥くような光景を前にした町の人々は、その姿を見るやいなや波が割れるように道を譲っていく。

 まるでモーセのごとき現象に面食らった彼女は、苦笑を浮かべながらもその道を歩いた。


「この周辺から反応が出たのは間違いないんだ!」

「隠し立てするなら容赦しない……」

「早くしないと暴れるよ~」

「まぁまぁ、そんな言い方をしては皆さん困るでしょう。たとえ異教徒でも、ね?」

「魔剣はどこ? あなた、実は持っているんでしょう?」


 町の中心部に近付くと、それぞれ赤・青・黄・緑・桃色をふんだんに使われた貴族のような衣装で身を包む五名の美男美女が、周囲を威嚇するように大声を上げていた。

 それを向けられた人々は困惑の表情を浮かべ、近くにいる友人知人と囁き合っている。

 例えば、『面倒なやつらがきた』と顔を顰める者や、『自分勝手な勇者たち』と怯える者に、『自称神の使徒』と口にする者、『ただのテロリスト』などと厳しい批判が相次いでいた。


 そんな時に、人垣を割って歩いてくる満子の姿が派手な五人組の目に留まった。


「あ、あれは!?」

「ほう。自らお出ましとはな……」

「魔剣、見~っけ!」

「これはこれは。見慣れぬ風貌。見知らぬ出で立ち。魔女に違いありません」

「……子豚ちゃん。ぷぷぷっ」


 口々に喧しく囀る五名の視線は、満子が提げた一振りの聖剣に注がれている。

 一斉にそんな目を――特に、最後のセリフを向けられた彼女の心中は穏やかではない。


「あんた、聖剣だったんじゃないの?」

「……見る者からすれば、聖剣とて魔剣となり得る」

「正義の問題だ、マスター。よくある話だぞ!」


 正義の反対は、また別の正義である――。

 確かに珍しくもない事柄ではあるが、厄介な案件であることだけは疑いようもない。

 それに巻き込まれた形となる満子は渋面を浮かべて相手の出方を待った。


「口を利く剣、やはり間違いない。さぁ、それを渡すのだ!」

「ええ、いいわよ。ただし、一九九九円払えば――ね?」

「お、おい。我がおらねば元の時代へ戻れぬぞ!? ほれ、腰帯からも取り成せ」

「ボクはマスターの意に沿わない事をしない主義なんだ。君とは違って」


 こんな面倒ごとを巻き起こした邪魔な聖剣を手放せるのなら、これ幸いにと二つ返事で了承した満子であったが、それを購入した費用の回収も怠らなかった。

 だが、息子達の元へ帰れないとなれば、本腰を入れて協力せざるを得ないだろう。


「悪いけど、渡せなくなったわ」

「譲ってくれ、頼む!」

「へぇ……。魔女の事情なんざ、関係ないね」

「何がなんでも~、奪い取る~」


 口上を述べた五名の若者達は、各々が武器を手にして満子を囲むように散開した。

 そして、逃げ場をなくした彼女も負けじと応戦する姿勢を見せる。


「女にも、戦わねばならぬ時がある――変身!」


 掛け声と共にベルトの発動ボタンが押され、ひときわ眩い光が放たれた。

 それが掻き消えた後には、勇ましい姿の満子がいる。


「魔女め、正体を現したな! いくぞ、ペンタグラムフォーメーション!」


 武器を振り上げると同時に己が名を唱え、順番に満子へ襲い掛かる五名の若者達。

 それを迎え撃つ彼女に武道の心得は皆無だが、黙ってやられるほど柔な(おんな)であるはずがない。


 最初に襲ってきた赤色のルージュが満子に殴り飛ばされ、次いで青色のブリューが蹴り飛ばされ、黄色のジョーヌは二人に巻き込まれて転倒し、緑色のヴェールはビンタの一撃に沈み、桃色のローズだけは聖剣で滅多打ちにされていた。


「ちょ、ちょっと、やめて、子豚ちゃん!」

「太ってない! 全然太ってなんかない! これは、まだ、ぽっちゃり!」


 そこで、二人の男に押し潰されていたが唯一無傷だった黄色いジョーヌが起き上がり、辺り一面に煙幕を張って仲間の窮地を救い、複数の足音を慌ただしく響かせていた。

 煙が晴れた後にはカラフルな五名の姿は消えており、今まで固唾を呑んで見守っていた町の人々によって満子の勝利が称えられた。


「おおぉぉぉ……やつらを倒したぞ!」

「気にくわなかったら町ごと燃やすような輩を追い払ってくれた!」

「見た目はアレだけど、すごい! 是非ともお名前を!」


 言い方に思うところはあれど、褒められて悪い気がしなかった満子は意気揚々と名乗ろうとしたが、こんな所でバカ正直に本名を明かして更なる面倒事を呼び寄せたら笑えない事に思い至り、開きかけた口を寸前で閉ざした。

 しかし、熱が渦を巻くような民衆の勢いは止まるところを知らず、現場を目撃していなかった人々までが沸き立つ始末で、後に引けなくなった彼女は咄嗟に閃いた名を告げる。


「えっと……小幡、李杏よ」

「オバタ……リアン……オバタ・リアンさま!」

「オバタリアン!」「オッバタッリアン!」「オッバタッリアーン!」


 満子の旧姓である小幡と、娘ができたら付けようと思っていた名の李杏であるのだが、その二つを合わせることによって甚大な破壊力が生じた。


 そこまで考えていなかった彼女は頬を真っ赤に染めてそそくさと逃げ出そうとしたが、途中の露天商に呼び止められてうっかり振り向いたが最後、お礼と称して様々な品物を渡されてしまい、それを見た町の人々も続々と物品を押しつけてくる。

 そして、両手いっぱいの土産を抱えた満子は、這々の体で町を後にした。




 荒野の丘へ続くものではなく、その反対側にあった出口から町を抜け出した満子は、周囲に広がる畑の中を貫く未舗装の道をひた歩く。

 振り向いても町が望めなくなった頃には川と出くわし、そこを境にして畑の海は途絶えており、ここからは森の中を抜けるように伸びる一本道を進んでいると、あの騒動からは既に小一時間ほどが経過していた。


「ここまで来ればもう大丈夫でしょ。それにしても、これどうしよう……」

「いらぬなら、廃棄すればよかろう」

「そんな、もったいないじゃない。せっかく厚意でくれたんだし」

「マスター、手荷物は拡張空間へ格納するか?」


 ベルトが発した言葉の意味はわかれど、その光景にはまったく想像の付かない満子だが、他に手はない事から訝しみながらも同意した。

 すると、山積みになっていた土産物はベルトの中へ吸い込まれるように消えていき、後には虚しく両腕を広げている満子の姿が残るのみだった。


「え、これってどうなったの?」

「すべて拡張空間に保管されている。欲しい物はいつでも取り出せるぞ!」

「こんな便利なものがあるならさ、もっと早く言ってよ」

「待て、我はそのような――クっ……吸われてなるものか! ぬおおぉぉぉ!」


 聖剣が唸りを上げて必死の抵抗を試みたものの徐々に吸い寄せられていき、満子の手の平に強く貼り付くことでベルトの吸引力から逃げ切った。


「フ……クハハハハ! 我の力を思い知ったか!」

「……知りたくもないんだけど」

「もう離さぬぞ、主様よ」

「……さてと。荷物も楽になったし、これからどうしよう」


 鞘を見つけ出さなければ息子達との再会は叶わない。

 しかし、未だに何の手掛かりも得ておらず、先ほどの五人組くらいしか思い当たる節がない。


「さっきの人達って何だったんだろう」

「マスター! 先ほどの五名の行方なら捕捉している。バイザーにガイドを表示したぞ!」

「えーっと……えっ、キロ単位で離れてるんだけど。こんなの追いつけなくない?」

「諦めるのはまだ早いぞ、マスター!」


 満子の視界には、方向を示す半透明の矢印と、今も尚増え続けていく数字が踊っている。

 彼らはこの先をほぼ直進しているが、走って追いかけても引き離されるだけの速度であった。


 いくら身体能力が向上している満子であろうと、これに追いつくのは不可能だ。

 やはり振り出しに戻ったと肩を落とした彼女に対し、ベルトが提示したものは至って単純な解決策だった。


「待って。これに乗れっていうの? むりむり! 免許ないし」

「転倒する心配は不要だぞ、マスター。これにはジャイロが二機搭載されている!」

「……獲物を見つけた鳥のような造形をしておるな」


 頭を抱える満子の前にあったのは、鋭い容姿をした自動二輪――モーターバイクだった。

 仕事の都合上、自動車の運転免許は取得しているが、オートバイには跨がるどころか触れた事すらない彼女からすると、これはいささか荷の重い代物と言えよう。


 そんな満子によって機種の変更がなされ、前方二輪・後方一輪の三輪バイクが選ばれた。


「よーし。かっ飛ばすから、剣はベルトに入るか背中にでも貼り付いてなさい」

「よくわからぬが、これで追いつけるのだな?」

「マスター! 既にオートパイロットを有効化してあるぞ!」


 実は、早朝の特撮番組に憧れて一度は乗ってみたいという思いを秘めていた満子だったが、自動運転に設定されていたことで少なからず落胆していた。

 しかし、そんな気持ちは三輪バイクが動き出した途端に霧散する事となる。




 未舗装の悪路を、時速一〇〇キロメートルを優に超える速度で三輪バイクが駆け抜ける。

 乗り心地や景色を楽しむ余裕などあろうはずがない。

 満子は投げ出されないよう車体にへばりつくだけで精一杯だった。


「マスター! 対象を視界に捕捉できたはずだ。確認してくれ!」

「……やっと、止まった……うっぷ」

「これはなかなかに愉快な乗り物ではないか。我は気に入ったぞ。腰帯よ、褒めて遣わす」


 速度をゆるめ、木陰に身を隠した満子の先には、威風堂々とした大聖堂が鎮座している。

 その入口前に丸みを帯びたレトロなバンといった風情の自動車が止まっており、見覚えのある五人組が今まさに何かを運び込もうとしている最中だった。


「――遂に見つけたぞ。あれだ、主様。彼奴らが持つ木箱の中に我の半身が眠っておる」

「あぁ、うん。よかったね……」

「マスター? 気分が悪ければリラックスガスを出すぞ?」

「……変なものじゃないでしょうね」


 幾分表情を和らげた満子は、跨がるというよりもうつ伏せに寝そべっていた三輪バイクから降りてよろよろした足取りで歩き出したが、早くも派手な五人組に姿を見咎められ、頭に響く声で騒ぎ立てた彼らは大聖堂の中へ向かって『ブラン』、『ノワール』と呼びかけた。


「なるほど。聞いていたとおり、邪神を象った恰好だな」

「……太古のご神体で、あれと似たような物を見たことがあるわ」


 大聖堂から姿を現したのは、褐色の肌を輝くような白い衣で包む刺激的な顔つきの美丈夫と、白く透き通った肌を光が吸い込まれるような黒い衣服で装う妖精のような美少女だった。

 そんな美丈夫は興味深そうな視線を満子に寄越すが、美少女のほうは何の感情も感じられない無表情でただ眺めている。


「マスター、あの二名は別格の反応がある。気を付けてくれ!」

「あれがラスボスってやつ?」

「そんな事はどうでもよい。鞘の元へ急ぐのだ!」

「逃げられたらまたあれに乗るのか……嫌だなぁ、あれ」


 白と黒の二人組と対峙した満子は、相手の隙を探るようにしてジリジリと移動していく。

 そして、その二人が懐から取り出した武器――小型のボウガンを交互に射かけ始めた。


 その軌道を軽やかにかいくぐりながらも満子は自動車へ近付くと、手の内にある聖剣が唐突に震え出し、木箱を持ったまま右往左往している五名目がけて勢いよく飛び出した。


「ヌハハハハ! これが我が身に戻れば、もはや用などないわ!」

「ちょっ、待て、二〇〇〇円弱!」


 木箱を貫き、豪奢な鞘に収まった聖剣は、今まで協力してきた満子を蔑ろにして飛び去るが、少し離れた辺りでピタリと静止したかと思いきや、ゴムの伸縮運動のように満子の足下向けてビターンと落下した。


「逃げられないようだね? さぁ、願いは叶えたんだから元の時代に帰らせて」

「……あ、あれには膨大な力がだな」

「自分が言い出した事でしょ! ちゃんと責任持ちなさい。もしできなかったら、折るよ?」

「マスター、周りにも注意を払ってくれ!」


 揃いも揃ってポカンと口を開けていたカラフルな彼らだが、満子が視線を向けると互いに目配せしあい、捨て台詞を残して自動車に乗り込み走り去った。


 目的の物は手に入れたのだから、逃げたければお好きにどうぞ――という姿勢の満子は聖剣を睨み付け、嫌味をたっぷりと含む文句を言い連ねていると、やけくそになった聖剣が幻想的な靄を漂わせ始める。


「これでよいのだろう! なにゆえそこまで言われねばならぬ。我とて困っておったのだ」

「だからって、他人に迷惑かけていい理由にはならないでしょ」

「避けろ、マスター! 背後から車が迫ってきたぞ!」

「え――」


 最後の悪足掻きとして満子を撥ね飛ばす算段で自動車が唸りを上げて舞い戻ってきた。

 しかし、聖剣が起こした靄のほうが広がりは早く、彼女が撥ねられるよりも先にその身が包み込まれていく。




 雑多な荷物に溢れたアパートの一室には、長針が短針を置き去りにした時計。

 口を開けた段ボール箱。引き延ばされた綺麗な包装紙。一部だけが赤く滲んだ白い薄紙。

 最後に見た光景と寸分違わぬリビングに、普通のおばさんに戻った満子は居た。


「帰ってきた……?」


 こぼれ落ちた言葉に返ってくる声はなく、満子は白昼夢を見ていたのではと頭を振った。

 その最中に足下から違和感を覚え、そちらに目をやれば大きな変化を見つける。


「あ……スリッパがどろどろに汚れてる」


 他にも、鞘に収まった勇者の聖剣を片手に持ち、己の姿は戻っていたが腰には変身ベルトを巻いており、ただの夢ではなかったことを確信した。


「町で貰ったお土産、せめて一つくらいは食べたかったなぁ~」


 そんな呟きにも返事はなく、満子はいつもの癖でテレビをつけた。

 画面に映し出された娯楽番組(ニュース)では、国籍不明の七名が逮捕されたという話題で持ちきりだ。


「あれって――」


 その後、逃げ出した彼らは満子を探して騒動を起こすのだが、それはまた別のお話。

 なお、襲撃者に関してはその都度当局へ通報していた模様。


ハッピーホリデーズ!

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