彼も等しく『悩み』を抱える
「よッ的場!」
フレンドリーに挨拶を交わしてくるのは、学校内でそこそこ“可愛いランキング”上位に君臨する女生徒【柏沢 瑠々】。俺とは間反対な性格、人柄の持ち主な彼女と俺には接点なんかないと思っていた……いや、ないはずだ。なのに何故か彼女は挨拶を交わしてくる。
他の生徒にもそうなんだろうと思うしかない。誰とだって挨拶を交わし、みんなを元気づけるものだと思っている。
「あ、おはよう」
「元気なくない? 何かあった?」
元気がないのではない。緊張をしているだけなのだ。こんなかわいい子と会話ができるなど思いもよらなかった。いい香りするし!
「別に大したことじゃない」
「それならいいけど、悩み事あったら聞くから言ってね! 私に出来ることならなんだってするからさ!」
彼女の優しさはピカイチ。だが、人に優しくしようとすれば誰だって優しくなれる……これは幻想だ。幻だ。彼女は自身に嘘をついている。
「その時はよろしく」
「任せて! じゃぁ友達待ってるから」
友達……俺に友達がいたら彼女との関わりは途切れてしまうのだろうか。彼女に友達がいなければ関わりは深くまでいっているだろうか。決して好きだとは思っていない。確かに可愛いし明るいが、それはみんな知っていることで見慣れていることだ。内面を見てしまえば愕然としてしまうかもしれない……恐怖におびえてしまうかもしれない……それでも知りたいと、こんな地味で底辺で目立つことのない眼鏡男子な俺が思ってしまうのは欲張りというやつなのかな。
帰宅時の駅のホーム。今日は図書館、本屋、書店と本にまつわる場所へ行き時間を潰し気づけば二十一時をまわる。
乗車する駅の地域が田舎ということもありホームには人がいないに等しい。今日買った小説を読みながら電車を待つこと五分。
「あれ、的場?」
俺の座るベンチの隣にわざわざ座って俺に声をかけてきたのは柏沢だ。朝とはまた違うシャンプー? の香りがする。
「香水か?」
「え?」
「あ、あぁ~……髪の毛切ったのか」
よく見たらすこしだけ短い。毛先が傷んだからとかいう理由だろうか。俺にはわからないな。切るならバッサリ切ってしまえばいいのに。
「気づいた!? 的場ってあんまりこっち向いて話してくれないから、気づかないと思ってた。さっきまで美容院にいたんだよね」
「この時間だと閉店しているんじゃないのか?」
「頼み込んでね」
「そ、そうか」
「それで? どう?」
俺は何のことかわからず首を傾げると柏沢は頬を膨らませた。
「えっと……ごめん。俺の理解不足だ」
「似合ってるかってことでしょ」
「あぁ~……他の人はどうだったんだ?」
「的場が初めてよ」
その言葉に動揺してしまったのか、顔が熱くなっていくのがわかる。そりゃ、初めてを貰えた……っていう勘違いバカな考え方は控えようとするが、そういう思考に傾いてしまうのもまた仕方ない。
「まぁそんな変わってないし、“どう”に対する返答は変わらない。“可愛い”じゃないのか? みんな」
「あ……そう」
俺の評価などいらないはずなのに、期待なんてしてないくせに何故聞いてきたのだろう……それが不思議でたまらない。どうせ“可愛いよ”といわれたいだけなのではないのか? こういう女子は大抵そういうのがいいんじゃなかろうか。俺の偏見か? いや、ほとんどの奴がそうであるし間違っていないはずだ。間違っていないはずなのに、どこか引っかかる。
「的場って悩みとかなにの?」
「いきなりなんだよ。なに神様かなにかなの!?」
「そんなんじゃないよッ。ただ的場でも悩みはあるのかって好奇心が湧いただけ」
「俺、今バカにされてる?」
「そう聞こえるのも仕方ないよね。私にはあるんだ」
「何言ってんだお前」
みんなのアイドルのような彼女に“お前”と言ってしまった。
「悩み事なんかない奴なんていると思うのか? いるとすればそいつはきっと人生を楽しんでいない。“無”ってことなんだから。悩んでる奴はちゃんと人生過ごしてんだなって思っていいんじゃないか?」
思ってもいないことを言ってしまう。悩みがないなんてことはない。しかし、悩みを悩みだと捉えていないやつは自分を持ってるってことだろう。悩みがある奴は周りの目を気にして生きている臆病者だ。俺は……後者ではないかもな。
「それ的場の答え? 深すぎない?」
「まぁ悩んでるってことは行動力のあるやつだ。俺には理解できないけどな」
「面白いねッ」
「何がだよッ」
柏沢は俺との会話で初めて笑顔を見せた。ホームの電灯に照らされ艶やかに見えるサラサラな髪の毛、小柄な体型が一回り大きい制服に包まれ、着崩されたネクタイのゆるみに短いスカート。整った顔立ちというのにナチュラルな化粧……勿体ないと思ってしまう。それからなんたって肌の白さ……彼女がランキング上位でないはずがないのだ。この場だけが明るいと思えてしまえる。
「それで的場には悩み事あるの?」
「まだ続けんのかよ……」
「その嫌そうな顔もまたいい!」
「はぁ~……俺の悩み事……金がないことくらいかな」
「私も一緒よ! そんなことじゃなくてさ。もっと特別なこと」
「おま……柏沢はあるのか?」
「言い換えなくていいのに。私は……あるよ。努力しても報われない悩み」
「それは努力し続けないといけないのか?」
「わからないから、とりあえずって感じかな。そろそろ諦めようって思ったりもするけど悔しいから足を止めることはできないんだ」
彼女は真剣に語る。俺がいらないことを言ってしまえば重たくもない話しになるのだろうが、彼女の溜まったモノを吐き出さなければいけないという使命感に打たれ俺は口をつぶって静かに頷く。
「鈍感なのか、ワザとなのかわからないけどきっとこれからも気づいてくれないのかもしれない。アプローチしたって意味がないのかもしれない。寄り添ったって解かれてお終い……心が苦しくて仕方がないんだぁ。どう接していいかなんて今はもうわからない……ってのが悩み。ごめんね、なんか長々と」
「い、いや、そんなことより……柏沢、涙」
「え? あ、あぁ、なんでだろうね……かっこ悪いよね……本当にごめんね」
柏沢は滴れる涙を必死で隠し拭う。こんなにも辛い悩みを抱えていたなんて俺には思いもよらなかった。柏沢の悩みを聞いたところで俺にはどうにもできない。なんたって柏沢と柏沢の好きな奴の関係による悩みだから。変に割って入るとややこしくなるし、俺みたいなのが口を挟む話しではないはずなのに……。
「ごめんね、今日は向かいに来てもらうことにする」
きっとこの空気に耐え切れなかったんだ。俺は彼女に何か悪いことをしたのかもしれない。そんな謎の罪悪感が胸くそ悪い。
駅のホームから下りていく彼女の背中は、小さく守ってやりたい……寂しそうに見えてしまう。そんな理由から俺はベンチから腰をあげホームを下り柏沢の元へ駆けていく。
「柏沢!」
走って暑くなってるからだろうか、体から出る熱と外の温度の差により眼鏡が曇って柏沢の表情がハッキリと見えない。
「どうしたの? 眼鏡……曇ってるよ」
そういうと柏沢が俺の耳から眼鏡をはずしレンズを拭いてくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
渡された眼鏡を装着し彼女の表情に目をやる。
「で? どうしたの? 可哀そうだとか思った?」
「心配っていうと上からになってしまうけど……ほっとけなかったから来た」
きっと俺は彼女のどうでもいい話を聞き俺のどうでもいい話を聞いてもらう、眩しい空間がどこか心地よかったんだ。そんな時が続けばいいのにと欲をかいてしまったんだろう。彼女の人知れず流した涙はキラキラとして心を打たれた。それだけが原因なんかじゃないんだろう。これまでの触れて暖かかった関係がこれまでに味わったことのない新鮮さで色鮮やかだったという原因もあるだろう。そして一番は彼女の輝かしい笑み。
「なぁ柏沢」
「ん?」
「俺にも悩みが出来たぞッ」
「聞かせてくれるよね」
俺は伝える。電車が通る騒音の中、突風になびく髪、今度は笑顔で涙をこぼす彼女に。
君が好きになった――。
という悩みを。
あとあと内容が空過ぎると落ち込んでしまいました。展開が早すぎました。すみません。もうすこしねちっこくしてれば化けました。
それでもお読みいただきありがとうございます。