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第二十六章 もうひとりの皇帝 その1

 翌日、ゼフィラはコウジを会議に招き入れて熱弁を振るっていた。


「我が国のみ貿易に置いて不当な扱いを受けているのは周知の事実かと思います。皇帝陛下のお達しの通り、この帝国は近隣諸国との友好を実現せねばなりません。そのためにはまず、隣接するセレネー王国との共同事業を行い、人々の精神面での障壁を取り除かねばならないでしょう。本日ニケ王国よりスポーツ振興官のコウジ様をお招きしておりますのは、皇帝陛下のたっての希望です。競技会の開催を通じ、二国間の関係を友好なものに深めようという」


「皇帝陛下の仰ることももっともだが、セレネー王国はどうかな? 確か報告では五国間競技会の開催についてセレネー王国は最後まで反対していたそうじゃないか」


「皇帝陛下と国王との対談では内諾を得たとのことです。開催にかかる費用については我が国が大半を負担すると」


「バカバカしい、それでは帝国が損をするだけだ」


「ですが開催による経済効果は絶大かと思われます。実際にここにおられますコウジ様の尽力で実現したニケ王国とヘスティ王国の二国間競技会では、全体で見れば毎回大幅な黒字を計上していると報告されています」


 激しい舌戦だ。いくつかの会議に出席したことのあるコウジもすっかり怖気づいてしまった。


 そんな言葉が怒号のような勢いで飛び交う中、一人の老人がこの場の空気を和ませるように話し始めた。


「ですがのう、わしは不思議に思うのじゃ。何もスポーツ競技会ではくとも他の手段、それこそ我が国の誇る高効率蒸気機関や機械の技術提供の方が他国も喜ぶのではないか?」


 髭もじゃの獅子の獣人の老人は物腰柔らかく、だが辛辣に述べる。


「スポーツでは腹は膨れん。じゃが技術は商品を生み金を生む。これは雇用と消費にもつながり、経済の活性化もできるはず。我が国が持ち直したこの技術こそ、外交のカードに最適ではないかね?」


 老人の意見に、皇帝派の若い男たちはすかさず反論する。


「いくら友好を結ぼうと安易な技術の流出は避けるべきです! 友好と自国の立場を守るのはそれぞれ別ですから」


「それでは友好の証に競技会を開いたとして、本当に心を通わせることはできるのか? むしろ対立が激化するのではないのか?」


 あの手この手で引き延ばし、議論は遅々として進まない。


 長い長い話し合いも結局は折り合いがつかず、この日はお開きとなった。


「コウジ様、申し訳ありません。大変お見苦しい場面をお見せしてしまいました」


 議場を出たところでゼフィラ達がぺこぺこと頭を下げる。若い男たちは頭に血が昇ってすっかり相手のペースに乗せられたことを後悔していた。


「いえ、元いた世界でも似たようなものですから」


 コウジはいつぞやにテレビで見た、国会議員が乱闘している姿を思い出して苦笑する。


 平静を装ってはいるが、コウジとしても非常に悔しい。まるで勝負の土俵に立たされていないようではないか。


 せっかくレスリング大会のプランを練ってきたのに、しっかりと喋る機会が得られなかった。


 ゼフィラをはじめとする皇帝派の高官はコウジの提案におおむね賛成で、あとは議会に会議に通せば数の力で圧倒することも可能なのだが、今日は相手方ののらりくらりとしたすり替え術にはまってしまったのだ。


「きっと明日以降もその技を使って来るだろうな」


 部屋に戻ってコウジはデイリー公子に相談する。彼らはバレンティナを含む3人ですっかり帝国流の淹れ方を覚えたナコマの紅茶チャイを飲んでいた。


「今日、兵士たちにレスリング大会をやりたいかと尋ねれば全員が賛成した。選手としてはやはり大会があれば腕を試したいのが本望のようだ」


 コウジが会議に出ている間、公子は兵士たちのレスリング訓練に参加していた。


 鍛錬だけでなく、当然様々な情報を聞き出すためだ。


「それからクリミール様のことだが、兵士たちに聞いたところでは国境近くの山に居を構えているそうだ。たまに手紙を出してあれこれと指示をしているそうで、滅多に山から下りてこないらしい」


「そんな場所からでも議会を混乱させるなんて、すごい影響力だね」


 コウジはやるせなさを誤魔化すために紅茶をぐいぐいと飲んでいた。


 そこに上品な所作でガラスコップに口を付けるバレンティナも混じる。


「かつてクリミール様に従っていた官僚には、今でもクリミール様を担ぎ上げて返り咲こうと思っている者も多いそうです。女官が話していましたわ」


 これにはコウジも紅茶を飲むのをやめ、公子と声を揃えて「ええ!?」と驚いた。


「そんな、クーデターなんか起こったらもう競技会どころじゃないよ」


「ええ、ですが私は思うのです。本当はクリミール様は皇帝の座は欲していないのではと」


 バレンティナはコウジ達から目を反らしていた。


「どういうことです?」


 バレンティナがこういう仕草をするときは何かひどく同乗している時だ。


 彼女は合理的な発想よりも相手の立場に即してどう思うか、そういった観点から物事を考えることが多い。ゆえにコウジや公子では考え及ばない些細な事情や、物事の裏側を見破るのに優れていた。


「この宮殿にはクリミール様のお部屋もあるそうです。いつ兄が帰って来てもよいように、とタクティ皇帝が用意されているそうです。つまり皇帝陛下としては兄の帰りをいつでも受け入れておられるのです」


「そう言っておびき出して、罠にはめて捕まえるつもりでは?」


 公子が指摘するが、バレティナは首を横に振った。


「帝国は法治国家を謳っている以上、不当な理由でクリミール様を拘束することはできません。それに帰ったら捕まることを心配しているのでしたらたまにでも姿を現すことは無いはずですし、居場所が分かっているならとっくに捕まっているでしょう。宮殿にいた方が反皇帝派の人間とも連絡はとりやすいはずですが、なぜかそうはなさらない」


 そうなると不思議だなあ。コウジはまたも紅茶を注ぎ、飲みながら考え込む。


「聞く限りでは他の理由があるのではないでしょうか。今の場所を離れたくない何か強い理由が」


 全員が考え込んだ。


 なぜクリミールは成り代わるつもりも無いのに皇帝の邪魔をするのか。


 これはもう宮殿の中で考え込んでいるだけでは埒が明かないぞ。


「ねえ、そのクリミール様の居場所って、僕たちでも行けるのかな?」


 ひそひそとコウジが尋ねると、デイリー公子は呆れながらも笑って聞き返すのだった。


「コウジ、本気か?」


 コウジは頷いた。

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