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第二十五章 帝都での再会 その1

 翌日、手を振るラウルに見送られて列車に乗ったコウジたちは、高山の谷間に敷設された線路を突き進んでいた。


 しかし国境をまさに越えようかという所で列車は停止し、セレネー王国の兵士たちが乗り込んできたのだった。


「ここから先はアレス帝国だ。乗客は全員荷物を検査する。終わった者は通行料を払え」


 そう言って一人一人の荷物を開け、中身を調べ始める。


「感じ悪いなぁ」


 コウジはボソッと呟いたが、相手の耳には届いていないようだ。


「ニケ王国の旅行者か。ほれ、荷物を見せろ」


 コウジは口を尖らせながらも鞄を開けて中身を見せた。


「うむ、結構」


 無事に全員が検査を終え、列車は再び発進する。


「ようやくアレス帝国か」


 山岳地帯を抜けるとそこは広大な平野。だが生えている植物はまばらで、赤茶けた土壌が剥き出しになっている。


 青い空を遮るものも何も無い。一面の変わりようの無い大地がそこにはあった。


「広い……」


 思わずコウジは漏らした。海外旅行に行ったことはあるが、ここまで広大な砂漠を見るのは無い。


「ここは大陸西側からの風で運ばれた雨雲がすべて山脈に遮られるため、雨が降らないらしい」


 心ここにあらずなコウジに気付いてデイリー公子が解説する。


「この砂漠を抜ければ帝都はもうすぐだぞ。もう準備しておけ」


 公子の言葉通り、すぐさま地平線の彼方から尖塔の先っぽが見え、さらには巨大な城壁や見張り台も次々と姿を現す。


 アレス帝国帝都アリアール。乾燥地帯の真ん中に突如現れる巨大な城塞都市だ。


 砂漠を突き抜け城壁の中へと引き込まれた線路は、やがてドーム状の天井が特徴的な駅舎へと続く。


 車外に出た瞬間、口の中が一気に乾いた気もする。


「ゼフィラさん、お帰りなさい!」


 プラットホームにはアレス帝国の官僚が一行を待っていた。ターバンを巻いたネズミ族の小男だ。


「変わりは無い?」


 使用人に荷物を渡しながらゼフィラが尋ねる。


「ええ、ゼフィラさんが機転を利かせて郵便屋を使ってくださったので式典は大成功ですよ」


「私は何もしていないわ。一番感謝すべきは郵便屋のラウルよ」


「そうですね。ラウル殿は私たちのお礼も受け取らないで走り去ってしまいましたよ、本当大した人です」


 ゼフィラ達に続いて駅舎を出ると、熱い風が肌を打ち付けた。


 ターバンや頭巾で頭を守り、だらっとした衣服を身に付けた人々。熱砂から守るよう白い壁に小さな窓の開いた家が建ち並び、そこかしこに青や黄の塗料で文様が施されている。


 水煙草を吹かす男、ラクダを引いて大量の絨毯を運ぶ男。乾燥地ならではの生活スタイルがそこには広がっていた。


 コウジも隣を歩いていたナコマも、物珍しい風景に言葉を失っている。特に彼女が見入っていたのは広場のワゴンで売られていたのは上向きの巨大な金属の串に突き刺した巨大な肉の塊。それをゆっくりと炭火で焼き、周りから削ぎ落してパンにはさむ食べ物だった。


「買ってあげよっか?」


 コウジが小さく声をかけると、ナコマは驚くほど早く振り向き「よろしいのですか?」と目を輝かせて尋ね返す。


 それを見ていたゼフィラも焼ける肉のにおいを嗅ぎながら目を細めた。


「そう言えば私もお腹減ったわね。私もいただこうかしら」


 そう言って列から飛び出す。結局その流れで使用人も含め全員が買い食いすることになってしまった。


 デイリー公子はこういう屋台で物を買うのは初めてだったようで、随分と不安げな顔をしていたが実際に一口かじってみると満面の笑みを見せてぺろっと平らげてしまった。


「普段食べている肉と違う味だな。一体何の肉だ?」


 すっかり食べ終わって手をぱんぱんとはたきながら公子が訊くと、ゼフィラは口の中の物を呑み込んでから返した。


「羊ですよ。乾燥地帯なので牛や豚は飼育ができません。羊飼いはわずかな牧草を求めて、この広大な土地を羊を率いて歩き回るのですよ」


「そうですか、ニケ王国では羊は羊毛のために飼われているので、食肉用にはほとんど出回っていません」


 バレンティナも上品な仕草で少しずつパンをかじっていた。


 その後、宮殿に通された一行はその荘厳さに言葉を失っていた。


 東京ドーム何個分、という表現でも使わないと言い表せない広大な土地に、何本もの尖塔とドーム状の屋根の石造りの建物が置かれ、城壁が迷路のように入り組んでいる。


 ニケ王国の王城よりも、コウジがイタリア旅行で見たどの城よりも、巨大で重厚な造りだった。


 コウジとナコマにあてがわれた部屋は薄い絹のカーテンを垂れ下げた天蓋付きのベッドや金属製の水差しの置かれた豪華なものだった。その部屋を照らす明かりも少し青や黄に色付いているのは、金属の骨組のランプに様々な色ガラスが張られているためだろう。


 荷物を部屋に置いて一息ついた後、皇帝陛下の親族と挨拶を済ませる。


 今日はそれ以上の仕事は無いため、コウジとナコマはゼフィラに連れられて宮殿内を案内されていた。


「ここから先は後宮ハレム、男性は皇帝陛下のご親族以外は立ち入りを禁じられております」


「本当に広いんですね、ここって」


 ゼフィラの案内に関わらずきょろきょろとあちこちを見回しながら、コウジは言い放った。


 そんな風に宮殿の回廊を歩いていると、賑やかな掛け声が遠くから響いている。


「何だろう?」


「練兵場ですよ。今は鍛練の一貫でレスリングが行われているはずです」


 レスリングだって?


 ちょっと面白そうじゃないか、と思ったのが顔に出てしまったのか、ゼフィラはにこっと笑うと「見ていきますか?」と尋ねたのだった。


「ええ、是非とも」


 コウジは即答した。


「やれやれ、コウジ様はここに来てもこうなんですから」


 ナコマは呆れながらも主人についていくのだった。


 宮殿の中庭には芝が整えられ、そこでは何十人もの逞しい体格の男たちが上半身裸になって組み合っていたのだった。


「せいっ!」


「とあっ!」


 お互いに技をかけ合い、汗粒を散らす男たち。


「気合い入ってるなぁ。あれ?」


 その中によく見知った顔を見つけてコウジは驚く。


 デイリー公子だ。彼も細くも整った筋肉の備わった肉体をさらけ出して他の兵士と組み合っていた。そして隙を見つけてダイナミックに相手を持ち上げ、押し倒してしまった。


 そういえば公子は幼い頃からあらゆるスポーツを身に付けさせられていたそうだ。人の上に立つ者として、父親のファーガソン公爵や家庭教師の魔術師ベイソンのおかげでレスリングもしっかりと覚えさせられたのだろう。


「デイリーはやっぱりすごいな……あれ、子供もいるんだね」


 見れば大人の兵士の隣では小さな子供たちもレスリングの練習をしている。


 まだ小学校低学年くらいの子供から、大人と大して変わらない体格まで様々だ。


「この国では格闘技は一般教養にも扱われます。幼い頃から何かの技術を身に付けさせるのはアレス帝国では親として当然のことなのです」


 ゼフィラが説明をしてくれているが、そんな子供たちに混じる一人の選手にコウジは目を奪われてしまった。


 まだ子どもだというのにがっしりとした恵まれた体格。それを活かしたパワフルながら繊細な動き。


 さらに自分よりも年上の大きな相手に対しては軽やかなフットワークで翻弄した後に背中に回り込みつかみかかる。


「すごいな、あの子」


 その男の子はまたも相手を放り投げるようにして倒してしまった。腕力も技量も、何もかもが他より突出していた。


 そんな男の子は汗を拭いていると、じっとこちらを見ているコウジに気が付いた。


 そして顔を見るなり「ああ!」と甲高い声で叫んだのだった。


「コウジ様、お久しぶりです!」


「へ?」


 突然名前を呼ばれて固まるコウジ。


 どこかで出会ったことあったかな?


「活躍はお聞きしていますよ」


 男の子は親しげに話しかけながら、コウジにずんずんと近寄る。


 そして顔がはっきりと見えるようになって、コウジも「ああ!」と驚いてしまった。


 太陽を照り返す金髪に白い肌、そして純粋無垢な青い瞳。すべてに見覚えがある。


「も、もしかして……」


「ええ、少し大きくなりましたが、コッホ伯爵家のアレクサンドルですよ」

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