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第二十三章 緊迫の五国会議 その3

 山脈の国セレネー王国の代表の一言に、会議室は凍り付いた。


「五国家同士には覆しようの無い経済格差があります。それに我がセレネー国はニケ王国のように次々と競技場を建設するだけの資材もありません。選手の手配も数をそろえるだけで精いっぱい、とても普段からプロリーグで競い合っている選手たちに敵うはずがありません。わざわざ負けに行くような競技会など出場の意味は無いのでは?」


 初老の人間の男の自虐を含みながらも辛辣な物言いに、砂漠の国アレス帝国のゼフィラは俯いてしまった。


「わざわざ負けに行くなんて、スポーツは試合をしてみないと最後まで何が起こるかわかりません。思わぬ大逆転があるからこそ、民は興奮して歓喜するのです。それに開催費用については開催都市と国が負担しますので、他国は心配の必要はございませんよ」


「それはあくまで強者の言い分でしょう、この大陸には貧困でスポーツどころではない人々も多くいます。金も手間もかかる競技会の開催よりも、彼らの生活を向上させるのがまず大切では?」


「それは国際協力部門の議論でしょう? ここはスポーツ部門、別の議題を引っ張って来ては何も……」


 言い返すコウジ。だがその膝に突如、隣に座っていたデイリー公子が手を置いたのだった。


 反論してはいけない。じっとセレネー国代表の顔を見据えながらも無言のメッセージを送っていた公子の意思を読み取り、コウジは口を閉ざした。


 助け船を出したのはヘスティ王国のブローテン外交官だ。


「今一度お考えいただきたい。スポーツは例え物質的に恵まれていなくとも、心の充足を求め発展してきたのです。それはどのようなコミュニティにおいても同じ、世界中普遍的なものですよ。不安であればニケ王国とヘスティ王国は施設造りのノウハウもありますし、競技場の建設となれば技術提供も可能です」


「ですが心の充足など村単位の祭祀で十分でしょう。わざわざ大規模な競技会を開いても、民衆が満足を得られるかどうかは甚だ疑問です。それに、いくら強い相手と戦えるとあっても、それが正々堂々と戦える相手か、国民も疑っているのではありませんか?」


 話しながら男がちらりとゼフィラに眼を遣ると、彼女は肩をすくめて小さくなってしまった。


 見かねたデイリー公子は立ち上がった。


「セレネー王国としてのお考えは重々承知しております。ですが五国間競技会はビキラ国王陛下の悲願、今一度ご再考を願いたいと思います。ですのでこの続きは明日に持ち越しましょう。今日はもうたくさん話しましたし、五国会議はまだ日程があります」


「そうですな、何も結論を急ぐ必要はありません」


 ブローテン外交官が相槌を打つと他の参加者も「そうだそうだ」と賛同し、会議は中断されたのだった。


 終わるや否や、アレス帝国のゼフィラは逃げるように部屋を後にした。


「何だよあれ、感じ悪いな」


 コウジとデイリー公子だけが部屋に残され、コウジはゼフィラの落とした羽を一本拾い上げ、しげしげと見つめながら呟いた。


「仕方がない、セレネー王国はいつもああなんだ」


 公子が床を蹴りながら吐き捨てた。


「コウジ、お前はあまり知らないだろうが、この大陸の五国は表面上は平和に見えて裏では少しでも自国が有利に立てるよう争っているんだよ」


「それはなんとなくわかるけど……特にアレス帝国に対してはまるで目の敵みたいに。ゼフィラさんも何か言い返せなかったのかな」


「無理だ、アレス帝国はセレネー王国に絶対に頭が上がらないのだ」


 コウジが首を傾げるのを見て、公子は部屋の外に誰もいないのを確認すると説明を始めた。


「100年前、アレス帝国にひとりのマレビトが現れた。その者は優れた技術者で、この世界に蒸気機関や銃器をもたらし、乾燥地帯に囲まれた帝国を大いに潤したのだ」


 それは以前コウジも魔女カイエから聞かされたことがある。この世界で蒸気機関車が走っているのもそのマレビトが技術を持ち込んだからだ。


「しかし時の皇帝は野心家で、潤沢な資金と優れた兵器で他国を侵攻し始めた。ニケ王国も攻め込まれたが他3か国と連合軍を組んで立ち向かい、辛くも勝利した」


 つまりアレス帝国は敗戦国だ。タクティ皇帝が来訪したときも特に高齢の国民が反感を抱いていたのもそういう経緯があってのことだろう。


「だがその戦争で最も被害を受けたのが大陸中央部の山岳地帯を国土に持つセレネー王国だ。内陸部の交通の要衝ゆえに他国侵略の足掛かりに真っ先に狙われ、多くの犠牲者を出したそうだ」


 公子の言葉には力がこもっていた。


「戦争が終わって賠償を払っても、セレネー国は帝国に反感を持ち続けた。当然だろう、肉親や友人を殺されたのだから。さらに戦後も何かと2国間でセレネー国に有利な条約を結び、いつの間にか国力に劣る王国が巨大な帝国を実質支配しているという歪な構造が出来上がってしまった。帝国は見えない首輪を嵌められているのだ、未来永劫な」


「そんな、戦争はとっくの昔に終わっているのに」


「世代を経ても感情は受け継がれる。国家の関係とはそういうものだ」




 その夜は各国の高官同士で立食形式の晩餐会が催された。ニケ王国中から一流の食材と料理人を集め、最高級のディナーを振る舞っていた。


「明日の議論も厳しいものになりましょうなぁ」


 ローストビーフを噛みながらブローテン外交官が伏し目がちに言うと、コウジもぼそぼそと返した。


「ええ、今回で話がまとまればよいのですが」


「そう願いたいものです。ですが……まあ今宵はこの美味を堪能しましょうぞ」


 外交官は口の中の肉を呑み込み、至福の表情を向けた。


 この人の何が起こっても変わらない飄々とした態度は、時に誰よりも頼もしく見える。


 そんな外交官の背後を人影がすっと横切る。背中に付いた巨大な翼、別人と見間違えるはずがない。


「あ、ゼフィラさん」


 コウジが声をかける。呼び止められたのに驚いて、砂漠の国アレス帝国のゼフィラは取り皿に山盛りの料理を載せたまま振り返ったのだった。


「ニケ王国の……コウジ殿でしたか。今宵の晩餐に招いてくださりありがとうございます」

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