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第二十三章 緊迫の五国会議 その2

「アレス帝国、タクティ皇帝のおなりぃー!」


 王都の大通りをターバンを巻いた兵士と楽団が埋め尽くす。異国の妖艶な音楽とともに振り上げた手足を一糸乱さず行進するその姿は厳かでありながらエレガントでもあった。


 砂漠の大国アレス帝国。その統治者タクティ皇帝一団の行進を前に、王都の民は圧倒されて言葉も出なかった。


 だがそんな民衆の顔にはどこかしら陰りもあり、高齢の魔術師や巨人の老人などは目にしたくもないと家に閉じこもっていた。


「アレス帝国は大陸東岸の乾燥した国土でありながら、最大の軍事力を持つ強国だ」


 皇帝を歓迎するために王城の一角に集められたコウジとデイリー公子は、並んでひそひそと話していた。


「いや、正確には強国だったと呼ぶべきか。100年前の戦争は帝国の侵攻から始まり、他国の連合軍がそれを追い返してなんとか終戦に持ち込んだのだ。今でもアレス帝国に反感を抱く者は多い」


 聞けばアレス帝国は終戦後多くの領地を割譲され、国力を一気に落とした。その後時間をかけてかつての勢いを取り戻したものの、今でもその傷を引きずっており、国家間の力関係ではどうしても下手に回るそうだ。


 金細工と緻密な織物の天幕に飾られた馬車が王城前につけられ、そこからゆっくりと降りてきた皇帝の意外な姿に、コウジは驚いて慌てて表情を戻した。


 金銀宝石を散らばせた冠と絹織物のマントを着ていかにも威厳に溢れているものの、まだまだ若い精悍な顔つきの人間。まだ20代後半ほどの年齢であろう、浅黒い肌の若き皇帝だ。


 100年前の戦争などまるで無関係のはずなのに未だに他国から良く思われていないとなると、この自分とさほど年齢の変わらない皇帝が不憫に思えて仕方がない。そうコウジは鬱屈した想いをしまい込みながらも、皇帝に拍手を贈る。


「よくぞ来られました、さあどうぞ」


 出迎えのためビキラ国王も椅子から立ち上がる。近年は高齢のため外に出歩くことは滅多に無かったが、今日ばかりは違った。王妃とそろって皇帝の来訪を迎え入れ、親し気に手を取りながら城内へと案内する。


「ビキラ国王にヘデル王妃、皆様に会えるのを楽しみにしておりました」


 タクティ皇帝の顔がまるで実家の祖父母に会った時のように緩む。国のトップ同士、ただならぬ縁もあるのだろう。




 他国の代表も次々と王城に到着し、ついに五国会議は開催された。王城一の会議室に国王陛下をはじめ五国の首脳陣が集い、格式ばった挨拶の後世間話も交え和やかな雰囲気で話し合いが進む。


 そして五国間での声明を発表し、全員が条文に調印して見守る貴族や新聞記者の前でそろって各国の協力をアピールする。


 だがこれは表面上の話、国のトップ同士の会談は一種のエキシビジョンであり、しっかりと台本に沿って進行されている。実際の議論はほぼ同時刻、関係者以外立ち入り禁止の別の会議室で行われていた。


「貴国が安価な農作物を輸出し続ければ他国の農産業はやがて衰退します。皆さんも新たに関税を設け自国の産業を保護しませんと、取り返しのつかないことになりますぞ」


「ですが我が国は農地に乏しく、ニケ王国からの輸入に頼らざるを得ません。関税を引き上げて輸入が困難になれば国民が飢えてしまいます」


 貿易部門の高官たちの会議はかなり紛糾しているようだ。


 華やかな首脳会談の水面下ではこのように各分野ごとに分かれ、いくつもの会議が執り行われていた。自国の利益を優先しながら互いに落としどころを模索するとあって、例年各国の代表同士で白熱の議論が行われる。


 コウジもニケ王国の代表として、城内の一室で開かれている会議に参加していた。


 密室の中、円卓を囲んだスポーツ担当の会議は他の部門と比べれば比較的和やかだった。


「我が国には身体能力の優れた選手が数多くいる。ニケ王国とヘスティ王国のプロリーグに加入させられれば、そちらとしても大いに盛り上がるのではありませんか?」


 熱帯雨林の国オケアーノ首長国連邦の代表である鬼族の高官が主張する。赤髪のマトカ達とは違い、黒い肌に銀色の髪の毛を持っていた。


「他国からの選手の受け入れは競技人口拡大のため、国としても賛成しております。ですが無制限に参加されては自国の選手がないがしろにされてしまう危険もありましょう。チームごとの人数の上限を設定するなど、工夫を凝らす必要があります」


 立ち上がったブローテン外交官が毅然とした態度で立ち向かう。


 コウジにとってヘスティ王国の代表がブローテン外交官であることは大いに助かった。互いに人となりをよく知り、考えを共有していたので共通の戦線を張って他国と話し合えるからだ。


 さらにコウジといっしょにデイリー公子も並んで座る。ニケ王国のスポーツ外交は、この若い二人に託されていた。


「では次の議題に移ります。以前よりビキラ国王陛下の構想されていた、五国間競技会について」


 今日一番の議題に、会議室の空気が一気に和んだ。


「五国間での競技会ですか。わくわくしますな、大陸中の一流選手がしのぎを削り合うなんて」


 熱帯の国オケアーノ首長国連邦の代表は興奮を抑えきれないようだ。国民性なのか、元々陽気でノリの良い性格らしい。


「そうですね、私も開催が楽しみです」


 その隣に座る若い女性が微笑み、「ねー」と声を揃えて場を和ませる。


 彼女は砂漠の国アレス帝国の代表ゼフィラ。背中に巨大な白い翼を生やした鳥の獣人で、細かい文様の入った頭巾と薄い青に染められたローブ状の衣服を着込んでいる。


 もし砂漠をさまよっている中でこんな人と出会えたならば、誰しも天使と見間違えるだろう。


「アレス帝国でもニケ王国のルールブックは出版され、幅広く国民に受け入れられております。特にレスリングとボクシングのルールを安全なものにまとめ直したおかげで、兵士の間では鍛錬も兼ねて励んでいる者も大勢いますよ」


「それは光栄です。是非とも五国間競技会の実現に向けて私たちも選手に負けないように力を出しましょう」


 ゼフィラの心強い言葉にコウジが率直に述べると、ゼフィラも微笑んで返した。


 だがその時だった。


「お待ちください、競技会の開催は現実問題として不可能ではありませんか?」


 誰しもが口を開いたまま固まってしまった。発言したのは山脈の国セレネー王国の代表者だった。

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