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第二十三章 緊迫の五国会議 その1

 コウジがこの世界にやって来てから早2年の月日が流れた。


 すっかり王城勤めも板につき、今は部下もできて仕事に走り回っている。


 王都だけでなく各地で競技場や体育館の新設も進み、学校を起点に多くの競技が民衆にもたらされた。またブッカーら実業家によりサッカーとベースボールだけでなくバスケットボールでもプロリーグの設立が計画され、ニケ王国は空前のスポーツブームに沸いていた。


「コウジ様、遅れますよ!」


 王城の前に付けた馬車の前で、背も伸びてすっかり大人らしくなったものの、まだまだあどけなさを残すナコマが頬を膨らませている。


「悪い悪い、ギリギリまで会議が長引いちゃってさ」


 広大な城の庭園を走り抜けた24歳になったコウジは、苦笑いしながら馬車に飛び乗った。


「まったく、今日はサッカーの試合があるのですから、もう少し時間を考えてほしいものです。あ、御者さん、急いでください!」


 小人の御者が鞭を入れ、馬車は駆け足気味で走り出す。


「それにしてもニケ王国とヘスティ王国のプロ選手同士が対戦するなんて、以前は思ってもいませんでした。本当、コウジ様のおかげです。ここまで大きなイベント、昔は考えられませんでしたよ」


「買いかぶりすぎだよ、僕はアイデアを出したまで、実現したのはこの世界のみんなのおかげさ。それに……僕だってトップ選手同士の対決を見てみたいからね」


 昨年、実業家のブッカーがヘスティ王国を訪れ、サッカーのプロリーグ設立に尽力していた。


 現在、王都ではニケ王国とヘスティ王国の友好を祝って開かれた二国間の競技会が開かれており、毎日様々な競技で代表同士が激しい戦いを繰り広げている。無論、国民の盛り上がりは言うまでもない。


 今日はいよいよ最大の目玉、一番人気のサッカー競技が行われる。


 郊外のスタジアムには多くの観客が押し寄せ、座席を埋め尽くした人々の歓声で競技場が壊れてしまいそうだった。


 裏口から入ったコウジは見晴らしの良い関係者席に通される。そこにいた先客はコウジに気付くとすっと立ち上がり、大きく両手を広げた。


「まったく、俺を待たせるなんてお前も偉くなったもんじゃないか」


 デイリー公子だ。いつの間にか顎に髭を生やし、大人の貫禄を醸している。


「ごめんごめん、でも試合開始には間に合ったんだし、許してよ」


 男同士で抱擁し友情を確かめる。


 フィールドではちょうど両国の代表の入場しているところだ。そのニケ王国代表のメンバーには、あのマトカも含まれている。


 屈強な男子選手に混じりながら活躍する彼女は、もはや国民的スターとなっていた。まだまだ女子選手の育成が追いつかないためにプロリーグは男女混合の状態だが、そんな中でもマトカは持ち前の運動センスでトップクラスのフォワードとして君臨していた。


 また彼女の才能はサッカーだけではない。バスケットボールの大会でも助っ人としての参加ながらチーム最多得点を決め、短距離走でもトップ選手と互角以上に渡り合えている。ニケ王国の誇るアスリートクイーンとして一躍スターダムに躍り出ていた。


「そう言えばサタリーナ様はどう?」


 キックオフの合図でボールを奪い合う選手を見下ろしながら、コウジが尋ねた。途端、公子は浮かれたように顔を緩ませた。


「医者の話では経過は良好だ。透視術で見てもらったのだが、男の子だそうだ」


「それは良かったじゃないか! 公爵家の跡継ぎの誕生なんて、これはめでたい!」


「気が早いな、まだ生まれたわけじゃないぞ」


 昨年の春、サタリーナと公爵は婚礼を挙げた。上流貴族同士の結婚とあって領地を挙げて盛大に行われた式では、三日三晩領民は祝い続けた。


 足の動かないサタリーナも公爵は何が問題かと迎え入れ、結婚以来あつあつの夫婦仲が続いているという。


 そして先日、ついにサタリーナが懐妊した。公爵家跡継ぎの誕生に、領内はまたも沸いたという。


「ところでコウジ、お前もそろそろ覚悟を決めればどうだ? あれからというもの、バレンティナ様は求婚の申し出を断り続けておられるそうではないか」


「そ、それは何と言うか……」


 コウジは顔を背け、もごもごと返事を渋る。


「コウジ、お前の考えていることはなんとなくわかる。不安なんだろ、領主のご息女として育ったバレンティナ様が、下級貴族で金持ちとは言えない自分と釣り合うのかどうか」


 図星だった。言葉に詰まりながらもコウジは「う、うん」と力なく返す。


「そんなこと、バレンティナ様が気になさると思うか? あのお方を信じろ、それはお前だってよく知っているはずだ」


 コウジは無言で頷く。ちょうどその時、ニケ王国の代表が相手のゴールネットを揺らし、スタジアムで盛大な拍手が巻き起こったのだった。




「コウジ久しぶり! ちゃんと私のゴール見てた?」


 試合後、控え室を訪れたコウジにニケ王国選手団から飛び出したマトカが駆け寄った。試合後だというのに彼女はまだまだ走り回れると言わんばかりだ。


 結局サッカー競技はニケ王国代表が2対1で勝利した。引き分けに持ち込まれそうになっていたところ、後半アディショナルタイムギリギリでマトカが決勝弾を叩き込んで辛くも勝利したのだった。


「もちろんだよ、最後の最後まで興奮するニケ王国リーグ始まって以来のベストバウトだ」


「でしょでしょ? あーあ、バレンティナ様にもお見せしたかったわ」


「バレンティナ様は今忙しいからね。ほら、もう明後日だし」


「ええ、五国会議だものね」


 明後日。競技大会期間中でもあるその日は、国政においても重要な日だった。


 クベル大陸を統治する5つの国。4年に一度、それぞれの首脳級はじめ多くの高官が集い、国際問題や事業について話し合う通称『五国会議』と呼ばれる大きなイベントがいよいよ迫っていたのだ。


 毎回各国が持ち回りで開催しており、今年はニケ王国の番だ。各国の要人が集結するとあって王都の警備は厳重になり、物々しい雰囲気が漂っていた。


 バレンティナは既に到着している他国の高官の世話役として、ここ最近ずっと休む暇も無いらしい。見目麗しい若い女性ならではの名誉ある職務とは言えるのだが、激務で倒れないかコウジは心配だった。


 そういうコウジ自身も、今日は五国会議に関する詰めの会議で試合に遅れかけていたのだ。宮廷貴族たちは議案の作成に、寝る間も惜しんで取り掛かっている。


「本当、何も起きなければいいけれど……」

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