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第十三章 魔女と従者 その2

「ベイル、達者でおったか?」


 夕方、ユキに連れられてパン屋から出てきたベイルに、魔女は声をかけた。


 すぐ後ろにはコウジとナコマもいる。三人は日中、王都観光を楽しんでいたのだ。


「カイエ様、どうなされたのです? しばらく暇をいただきましたのに。洗濯の仕方がわからないのですか?」


「そうではない! 主として従者が粗相などしておらぬか、調べに来たのじゃ」


「つまり寂しいからここまで来てしまったわけです」


「そうじゃお主がいないと……て違う!」


 コウジが横から口をはさみ、魔女は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。


「あの方がお前が話していた魔女様か?」


 ベイルと一緒にパン屋から出てきた男が尋ねた。ゴリラの獣人だろう、全身を黒い毛でおおわれている。


「ええ、我が主魔女カイエ・サマです」


「ふうむ」


 ゴリラの獣人がしげしげと魔女カイエに目を向けたかと思うと、突如目を細めた満面の笑みへと顔つきを変える。


「魔女様、私はこの王都で鍛冶屋をしているアロチャップという者なのですがね。どうでしょう、近くに美味い店を知っておりますので、そこでお話ししませんか?」


 きさくにかつ誠意をもって話しかけるアロチャップ。世渡り上手な人柄なのだろう。


「ああ、良いぞ」


 魔女は険しい表情ながらも頷いた。


「ありがとうございます。お連れの皆様もご一緒にどうぞ」


「コウジ様、せっかくですしいかがです?」


 ナコマがコウジの袖を引っ張った。メイド用のエプロンドレスではない、他所行き用の花柄のドレスだ。


「そうだね、僕もベイルさんたちと久しぶりに話がしたいよ」




 アロチャップの連れて行った店は表通りから少し外れた歓楽街の一角にあった。石造りの小さな酒場だが、夜はまだ始まったばかりなのに店内は既に人で溢れていた。


 運よく大き目のテーブルを宛がわれた一行はコウジと魔女カイエ、ナコマ、ユキの4人がベイル、アロチャップの大柄な2人と向かい合う形で座っていた。


「乾杯! ここのビールは王都の中でも格別だよ」


「本当じゃの、濃厚なのに喉の奥まですっと流れて、嫌な後味がまるで残らない」


 レポーターのように酒を褒める魔女。そう言えば魔女カイエはこんな見た目でも200歳を超えているのだった。


 コウジも木製のジョッキに口を付ける。舌の上で泡がはじけて脳細胞のひとつひとつが活性化しそうだ。


「そうでしょう。で、このソーセージの盛り合わせとの組み合わせが最高なんですよ。あとこのポトフはコンソメが利いていて食欲をそそる。さあどうぞどうぞ」


 酒の風味がまだ残っている内に、魔女はすかさずソーセージにかぶりついた。パリッとソーセージを折る音が響き、そのままもぐもぐと咀嚼する。


 肉汁に満たされてとろんと溶けたような魔女の顔は、どう見ても地上の極楽を見つけた時のそれだった。


「うーん、極上じゃ」


「ところでアロチャップさん、お話とは?」


 酒を置いたコウジが尋ねる。突如魔女がソーセージを呑み込み、ずいっと身を乗り出した。


「そうじゃそうじゃ、どういう用件じゃ?」


 絶対忘れていただろ。コウジは内心思ったが口にはしなかった。


「ああ、ベースボールのことなんですがね。複数の領地が各自代表チームを作り、大会や遠征を開こうという話が挙がっているのですよ。そこで現在は領地ごとに代表が集まってい話し合いを進めているわけですが、ベイル君ほどのバッターはどこにもおりません、この才能を放っておくのはもったいない。というわけでどうでしょう、ベイル君をコッホ伯爵領代表の主将として、これからも試合があるときには参加してもらいたいのです」


 なるほど、クラブチーム結成の話はだいぶ進んでいるようだ。


 同じ趣味の者同士が集まってクラブを結成することは世の常だ。スポーツの場合はそれを使って他のクラブと試合をしたくなるのも当然だろう。


 それにベイルの技量はコウジもよく知っている。公爵領でベースボールをしていた時にはホームランを連発し、うわさを聞き付けた町の住民が見物に来るほどだった。


「それはどのくらいの頻度じゃ?」


 だがカイエの声は浮かなかった。睨みつけるようにアロチャップに顔を近づける。


「まだわかりませんが、クラブ同士のリーグ戦が実現すれば毎週のように家を離れるかもしれません。遠征があれば何週間も戻らないことも」


「ならんぞ!」


 カイエは机を叩いた。その声に賑わっていた酒場が静まり返る。


「ベイル、お主はベースボールに秀でていてもわらわの従者じゃ。わらわもスポーツは好きじゃが、それにはまり込んで現を抜かすのとは違う」


「カイエ様、お許しください。ですが」


「ですが何じゃ? そもそもベースボールの試合に参加して、稼ぎになるのか? 従者としての勤めを果たすのが先じゃろう」


 ベイルの声さえも遮る魔女。そこにユキも助け船を出す。


「魔女様、現在大会を支援してくれる商会を探しております。現に是非出資したいと名乗り出ておられる大商人もおられますので、金銭面での心配は無いかと」


「そういう意味ではない! ベイルは我が従者、わらわに仕える以上わらわの命に背いてはならぬ!」


 そう言い放つと魔女は立ち上がり、カイエは財布からコインを数枚取り出すとそのまま机に叩き付けた。そして足早に店を去る。


「カイエ様、お待ちください!」


 ベイルも立ち上がるが、魔女は振り返りもせずすたすたと歩く。追いかけようにも狭い上に混み合う店内、小柄な魔女に大柄なベイルは追いつけない。


 コウジとナコマも急いで店を飛び出した。


 すっかり陽も沈み夜闇に覆われ始めた路地裏を、魔女は黙々と歩いていた。


「魔女様、どこに行かれるのです?」


 追いついたコウジが声をかける。魔女は黙ったまま歩き続けていたが、しばらく経ってから小さく返したのだった。


「……しばらくお主の家に厄介になっても良いか?」


「ええ、お気になさらず」


 コウジはナコマに目配せした。ベイルさんに伝えてくれ、と。


 ナコマは頷き、すぐに店へと駆け出した。

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