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第十二章 新たなる一歩

 サッカー大会の成功により、伯爵領へと戻ったコウジを迎えたのは英雄のような扱いだった。


「よくやったなコウジ! お前のおかげでサッカー仲間が増えて、毎日が楽しいぜ」


「革職人の親父がベースボールのグローブを作ったんだ。これでマラカナ村でもベースボールができるな!」


「おいおい、俺が持ち帰って広めたテニスも忘れんなよー」


 村の若者たちの間ではすっかりスポーツが定着していた。仕事の休憩時間となればそれぞれお気に入りのスポーツに励むのがこの村ではおなじみの光景になってしまった。


 またマトカの活躍で女性の間でも参加する者が増えたそうで、村の仕立て屋も女性向けのスポーツウェアを開発しているらしい。


「コウジ殿、これからはどうされます?」


 昼過ぎ、テラスで紅茶を飲み交わしていたバレンティナが尋ねた。すぐ近くではアレクサンドルが領民の子供たちを招いてナコマの指導の下鉄棒に打ち込んでいる。


 剣術の師を呼んで連日修練に励んでも、アレクサンドルはスポーツをやめることは無かった。コウジが初めて彼を見た時に受けたひ弱でおどおどした印象など、すっかり拭い去られていた。


「ええ、長いこと伯爵にはお世話になっていますので。そろそろこの屋敷を出て自らの力で生きていこうかと」


 そう強がっては見せたものの、その自信は無い。王城からの報せはまだ届いていないし、爵位の授与に関しては公爵家もわからないとのことだ。


 それにバレンティナがコウジに好意を抱いているなどと言い切られては、コウジ自身彼女を意識せざるを得ない。初心なコウジはすっかり上がってしまい、以前のように接しようと思っても心臓が強く打ってしまう。


 そんな時、屋敷内をどたどたと誰かが走り回る音が聞こえ、ふたりは室内を覗き込んだ。


「おおバレンティナにコウジ殿、大変だ!」


 飛びだしてきたのは息を荒げた伯爵だった。よほど急いできたのだろう、髪の毛もスーツも乱れている。


「どうされたのです、お父様?」


「コウジ殿に書状だ、王城から!」


 そう言って伯爵は丸めた羊皮紙をさっと突き出した。


「まさか、私に!?」


「ああ、その内容も凄いぞ!」


 コウジは急いで羊皮紙を広げる。やはり美しい文字でびっしりと埋め尽くされた文面、コウジは一字一句目を通した。


「先日のサッカーの試合、見事であった……是非ニケ王国の発展にも尽力してもらいたい……王城にて……男爵位を授けよう!?」


「サッカー競技会が大盛況だったと聞いて、国王陛下はすぐにでもコウジ殿に働いてもらいたいと思われたそうだ。そのために国政にも参加できる貴族として迎え入れたいと、そうお考えになられたのだ」


「まあ、ビキラ国王陛下もお認めになられたのですね!」


「やややややや、やったー!」


 コウジは両手を振り上げ、何度も何度も屈伸をして天に吼えた。こんな気分、大学合格以来だ。


「コウジの兄ちゃん、どうしたのさ?」


 コウジの奇行を心配して子供たちが駆け寄る。そんな彼らにバレンティナは微笑んだ。


「あなたたち、コウジ殿を誇りに思いましょう。コウジ殿はこの狭い伯爵領に留まっているだけではならないお方なのですから」




 二週間後、小麦の収穫を終えた頃から増してきた夏の日差しが、いよいよ辛くなる季節。


 コウジは緊張でがちがちに震えていた。


「コウジ様、もっとしゃきっとしてくださいまし」


 ナコマが水を渡し、それを受け取る。だがあまりの震えっぷりに水が波打ってろくに飲めない。


 ここは王城、その客室。謁見の間では現在、コウジの叙爵式の準備が進められており、彼は出番を待っている最中なのだ。


 ファーガソン公爵の居城も立派な物であったが王城はさらにその上をいった。


 巨大な柱や荘厳な壁の装飾はもちろん、ドアの取っ手から窓枠まで、何もかもが最高級の素材と職人を使って華美かつ細緻に仕上がっている。コウジが今まで見た中で最も美しいと感じたサンピエトロ寺院にも比肩する。


 だが現在の彼にはそんな城を楽しむ余裕など全く無かった。


「落ち着けおちつけおちけつおいぬけおつぬけ……」


「コウジ様、落ち着いてください!」


 口もまともに動かない。


 相手は企業の社長ではない、一国の主、国王陛下だ。就活より緊張するのも無理はない。


「コウジ様、お時間になりました」


「は、はひぃ!」


 ついに使用人に呼ばれ、部屋を後にする。


 ちりひとつ落ちていない廊下を抜けたその先の謁見の間は、壁一面が神話のワンシーンを切り抜いた壁画に彩られていた。


 目の前には真っ赤な絨毯が伸び、空席のふたつの玉座へと続いている。陛下は最後に入られるそうだ。


 そして絨毯を挟むように貴族や衛兵が並び、新顔を迎えているのか拒絶しているのかよくわからない空気に包まれている。


 えーいもうどうとでもなれ!


 コウジは息を吸い込むと胸を張り、背筋を伸ばしてすたすたと歩き始めた。


 コウジが前を通っても直立不動の衛兵は視線すらずらさない。貴族たちは口を噤んだままじっとコウジの顔からつま先まで観察していた。


 そしてコウジは玉座の備えられたひな壇の前で立ち止まると、そこに身を屈め跪いた。決して国王陛下より頭を高くすることはできないのだ。


「ビキラ国王陛下、へデル王妃、ご入場!」


 誰かの声とともに、謁見の間奥の扉が開かれる。


 姿を見せたのは小柄な老人と老女。だがその衣装は豪勢なマントと高貴な黄色のドレス。疑いようも無い、ニケ王国の国王夫妻だった。


 国王と王妃はゆっくりと歩き、静かに玉座に腰かける。かなり高齢なのだろう。だがその目には決して色あせぬ気高さと力強さが宿っていた。


「そなた、名を申せ」


 王は静かに、それでいて堂々と尋ねた。


「加藤コウジと申します。日本より来ました、マレビトでございます」


 国王はじっとコウジの顔を覗き込む。


 目を反らしてはならない。コウジは敵意無き眼差しで見つめ返し続けた。


 しばらくして、国王の表情が一気に緩む。老人はにこっと微笑んだのだ。


「まあそう堅苦しくなるな。こういう格式ばったのは昔から苦手でな、どうにかしたいと思っていたらついぞこんな歳になってしまった」


 フランクな口ぶりに、コウジは茫然としていた。


「そなたの働きには期待しておる。この国のスポーツを盛り上げるスポーツ振興官として、大いに力を振るってくれ。さあ、男爵位を授けよう!」


 すっと横から剣を持った衛兵が近付き、陛下に大ぶりの剣を差し出す。それを握った陛下は跪くコウジの肩に刃を置くと、何やら念仏のような説教を唱え始めた。


 しばらくの間そのまま時間が過ぎ、すべてが終わった後陛下は剣を衛兵に戻した。


「これでそなたはニケ王国のコウジ・カトウ男爵じゃ。これは勲章だ、胸に付けて皆に見せびらかしてやりなさい」


 またも衛兵が現れ、今度は勲章を差し出す。そして勲章を受け取った国王陛下は、しゃがむコウジに近付くと、自らの手で直接コウジの胸に勲章を刺したのだった。


「さあ、そなたは今日からスポーツ振興官だ。宮廷の皆はコウジ男爵に盛大な拍手を頼む」


 国王陛下の言葉に、貴族も衛兵も、皆が一斉に手を叩き始めた。思っていた展開と違い、コウジの緊張はどこかに吹っ飛んでいた。




 王城近くの貴族や豪商の豪邸が立ち並ぶ区域。ここはいわば高級住宅街だ。


 伯爵家や公爵家のように領地を持たない貴族は王城などに仕え、そこで職務に当たっている。いわば国家公務員のようなものだ。


 領主ほど大きな屋敷ではないものの、余った土地の少ない都市では十分な豪邸を持てるのだから文句は無いだろう。


 そんな豪邸の建ち並ぶ一角をコウジとナコマの乗った馬車が進む。そして彼らと向かい合って座っていたのは、なんとデイリー公子だった。


「コウジ、爵位を授与されて本当におめでとう。公爵家からは祝いの品として、これを贈ろう」


 突如馬車が止まり、公子は自ら扉を開けてコウジ達を外へと連れ出す。


 周囲と比べるとそこまで大きくはないが、日本でなら親子三世代が住んでも十分に余裕があるほどの大きさの一軒家が目の前にあった。


 古ぼけた煉瓦造りではあるが綺麗に掃除が行き届いており、三角形の屋根も最近吹き直されたばかりのようだ。


「この土地と家はお爺様が買ったのだが、最近は使っていない。少しばかり古いが問題は無い、家財も揃っている。王城での勤めなら帰る家が欲しくなるだろう、さあ使ってくれ」


「ありがとうございます公子!」


 コウジは頭を下げる。だが公子は「おい」と強く叱り飛ばした。


「コウジ、君は今日から男爵だ。私と君は同じ貴族、もっと気軽に接してくれ」


「そ、そうか……じゃあデイリー、本当にありがとう!」


「ああ、お安い御用だ」


 二人は互いに強く握手を交わす。それを見てナコマはにやついた。


 彼女は伯爵家でなくコウジに仕えることを選んだのだ。伯爵たちが伯爵家からもコウジへの祝いの品をと考えている最中、コウジの生活を支える使用人をしばらく貸し出すことが話題に上がった。


 そこで今までコウジの世話役を務めていたナコマに白羽の矢が立ったのだが、彼女は貸し出しと言わずこれからもずっとコウジに仕えたいと自らの意思を伝えたのだった。


 伯爵たちは驚いたが、それも良いだろうとその要望はすんなりと通った。当然、コウジは自分だけでなくナコマも食べさせる義務が発生するので負担にはなるが、やはり専属の使用人がいるのは都合が良い。むしろ使用人の一人や二人、養えなくて何が貴族か。


 こうしてコウジは家と使用人、そして伯爵家と公爵家から働きを評価された謝金を得て、新たな生活をスタートさせることとなった。


 改めて家を見上げる。東京都内でこの歳で一戸建てを買うなんて、普通ならまずできない。異世界に来て寂しく悲しいと感じたこともあったけれど、僕はどうにかこの世界で馴染んで暮らせている。


 もうこうなったら、この世界で自分の力を限界まで出して生きてみよう。


 コウジはそう決心した。

 これにて第二部は終了です。

 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!


 次回からは第三部として王都を舞台にさらにスケールを広げて物語を展開させる予定です。

 現在まだ名前すら出てきていないニケ王国以外の国家も出したいところですね。


 それでは、これからもよろしくお願いします!

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