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異世界オリンピックを開くまで とあるスポーツオタの大出世街道  作者: 悠聡
第一部 異世界は思った以上に平和でした
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第六章 フットボール狂詩曲 その4

 試合再開とともに飛び出す敵選手たち。鬼族の男が身を屈め、弾丸のようにフィールドを駆け抜ける。


 だが攻める彼らに立ちふさがったのは、見たことも無い奇妙な守備陣だった。


 フィールドの右端から左端まで、横一列に等間隔で並んでいるマラカナ村選手たち。いつもなら我先にとボールを奪いに突っ込んでくるので、隙をついてパスを回そうと思っていたのに、今日は何かが違う。


 そんな横一列に並んだ男たちはゆっくり、じりじりと前に出る。足並みをそろえ、まるで壁が迫って来るかのようだ。心なしか、大柄な選手と小柄な選手が交互に並んでいた。


 このままでは抜けられないと判断したのか、鬼族の青年は足を止め、並走していた豹の青年に声をかけた。


「お前がこの壁の後ろに回れ! 俺がボールを投げる」


 タックルでの突破を諦め、山なりのパスで壁を超える作戦だ。了解した豹の青年は小さな身体を活かして壁の隙間を抜けた。そしてすぐさま男たちの壁の後ろに回り込み、こっちだと手を振った。


「ほらよ!」


 その振られる手に向けて高めのボールを放り投げる鬼族の青年。頭よりもはるかに高いこのボール、普通ならば誰の手にも届かないだろう。


 だが、マラカナ村の選手たちは違った。


 ちょうど自分の頭上を飛び越えると踏んだクマの大男と、すぐ隣にいた人間の青年とが互いに前後に重なり、人間の青年が真上に跳び上がる。その身体をがっしと後ろから掴み、通常のジャンプよりさらに高くへと持ち上げるクマの大男。これだけの高さならば届かないボールは無い。


 手を伸ばしギリギリの高さでボールをキャッチした人間の青年はふらつきながらもにやりと微笑み、その様子に観客も敵選手もぽかんと口を開けた。そして比較的敵選手の少ない左翼にいた選手へとぽいっとボールを落とすように投げつける。選手はそれをしっかりと受け止め、すぐさま走り始めた。


「やった、決まった!」


 ひとり壁に加わらず、自陣の旗の傍に立っていたコウジは既に拳を振り上げていた。思い付きの作戦が二度も通用したことは実に爽快だった。


 ラグビーで自陣を守る際にライン際でよく見られるフォーメーションを参考に、一列になって突破を防ぐ作戦を実行した。だがラグビーと違い、前方にもボールを投げられるこのフットボールでは頭上もボールの通り道にもなる。


 そこで大柄な選手と小柄な選手を交互に並べ、ボールが高くを飛び越えようとしたらリフトで奪えるよう対策する。この動きはラグビーのラインアウトの際に味方のボールが敵に渡らぬ方法として一般的だ。


 さて、タックルを使わずボールを奪ったマラカナ村選手は敵の攻撃をかいくぐりながらフィールドを駆け抜けていた。時にはボールを後方の選手に回し、惹きつけては別選手にパスを繰り返しながら、徐々に徐々にメンバー全体が前に進む。


 そしてタイミングを逃してボールを持たない選手にタックルをしかけた敵選手が次々に一時退場となり、数的有利を活かして攻めるマラカナ村。観客のボルテージは最高潮に達した。


 ついに旗を射程にとらえ、ボールを抱え一目散に駆け出すクマの大男。それを阻むのはやはりあの牛の獣人だった。


 巨体同士がぶつかり合い、まるで岩石が砕け散るような音まで聞こえる。


 そんな主将の背後にマラカナ村の選手たちが加わり、声を上げて押し込む。伝統の『人力機関車』の形だ。


「負けるな、数は俺たちの方が多いぞ!」


 退場者ゼロという数を利用し、次々と加勢するマラカナ村の男たち。いくら剛腕と言えどこれには牛の男も歯が立たない。押し倒されて一気に突破されると、そのまま旗の下にボールを叩きつけられる。


「マラカナ村、二点目!」


 会場全体が跳び上がった。まさかの逆転劇にマラカナ村の住民はもちろん、遠方からの見物客まで一緒になって喜びを分かち合う。


「あと一点だ、まだまだだぜ!」


 自陣に戻りながらメンバーを戒めるも、既にお互い手のひらをタッチし合っているマラカナ村選手たち。そんな彼らをコウジは拍手で迎えた。


「すごいよ、見たことも無い動きをこんな短時間でできるなんて!」


「俺たちは農民だ。チームワークなら誰にも負けないぜ」


 クマの男が隣にいた選手と肩を組んで得意げに答えた。


「さあ、次はどう迎え撃つ?」


 マラカナ村選手たちが自然とコウジの周りに集まる。彼らはすっかりアイデアマンコウジの虜だった。


 だがコウジはにかっと照れ笑いしながら断ったのだった。


「今は退場者も出ているし、数はこっちが有利だ。こんなときはみんながいつもやっているやり方でいい」


 そして試合が再開される。マラカナ村の戦術を見てか、飛び出した面々が細かいパスを繰り返しながら攻撃の狙いを定めさせない。


「数は俺たちの方が上だ! ひとりがひとりずつ、相手に貼りつけ!」


 クマの男の指示にマラカナ村の選手はわっと散らばり、一対一で傍にぴったりと寄りそう。これならパスをインターセプトできるし、仮に渡ったとしてもその瞬間に身を当てて奪うことも可能だ。


 そしてボールを持っていた鬼族の青年に、獅子の男がつかみかかる。青年はパスを出そうと周囲を見渡すが、味方がことごとくマークされ、コースを塞がれて投げられない。そう躊躇している間に、獅子の男の強烈な当身が炸裂し、鬼族の青年をひっくり返す。


 ボールを奪った獅子の男は勢いを殺さず走り出す。もう遠慮はいらないとばかりに獅子の男に駆け寄る両陣営。あっという間に集団同士『人力機関車』の力比べの形に発展した。


 ちょうどフィールドの中央で繰り広げられる押しつ押されつの攻防に、観客は惜しみない歓声を贈る。


 今が勝負どころだ! 自陣の最後尾にいたコウジも集団に加わり、結局マラカナ村の10人がひとつの塊となってボールを持つ獅子の男の背中を押す。ウェイトを活かして一歩、また一歩とじりじり相手を押し返した。


 長い長い押し合いの末、ついにマラカナ村は押し勝った。ラフォード村陣営がバランスを失ったことで密集が崩れ、四散してしまった。


 直後、最前線にいてへとへとになった獅子の男からすかさずボールを受け取ったクマの大男が残る力を振り絞って駆け上がり、旗の根元に力強くボールを置いた。


 マラカナ村の3点目。試合終了だ。

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