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異世界オリンピックを開くまで とあるスポーツオタの大出世街道  作者: 悠聡
第一部 異世界は思った以上に平和でした
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第六章 フットボール狂詩曲 その3

「くっそー! まさか先に取られるなんて!」


 クマの大男が地面を蹴りつけ、芝と土とがひっくり返る。


「すまない、俺がもっと早く駆けつけていれば」


 獅子の男がしゅんと背中を丸める。見かけによらず繊細なタイプのようだ。


「仕方ねえ、次は俺たちのボールでスタートだ、押し込んでやろう!」


 クマの大男の言葉に一同は「おう!」と気合を入れ直した。


 各自自陣まで戻り、審判の合図で試合が再開される。ボールを持ったクマの獣人の大男がだっと走り出し、その周りを4人のメンバーが囲む。コウジは特に指示を受けなかったので、旗からあまり離れていない場所までゆっくりと走っていた。


 敵陣から飛び出した豹の獣人が刺し込むようにクマ男のボールを奪いにかかる。それをクマ男は避けもせず、正面から受けた。


「みんな集まれ!」


 クマの男が叫ぶ。すぐさま周りの4人がクマ男の後ろに集結し、その巨大な背中をぐいぐいと押し始めた。まるでラグビーのモールのようだ。


 皆の力を背中に受け、クマ男はボールを抱えたまま前進する。前側にいた豹の獣人は突如の増援に押し込まれ、ついに弾き飛ばされてしまった。


 そこにすかさず別の敵選手が3名、突っ込む。だが勢いに乗ったクマ男を先頭に置く集団は止まるところを知らず、次々と押し込んでは背中から転がすのだった。さらにマラカナ村の選手が加わり、やがて8人の男がひとつとなって次々襲い来る敵を蹴散らす。


「これがマラカナ村名物、『人力機関車』だ!」


 観客の誰かが叫び、会場が歓声に包まれる。選手たちの力強い前進には誰もが目を奪われた。


 一歩一歩、まるで巨人の進軍のごとくあらゆるものを寄せ付けない、圧倒的なパワーと威圧感がみなぎっていた。弾かれた敵が立ち上がり、ボールを奪わんと何度もつかみかかるが、その度にクマ男の太い腕と皆の渾身の力とで小石を蹴るように簡単に突き飛ばされる。


 ついに敵陣は目の前。今までゴールを守っていた敵将の牛の大男がついに動き出す。


 牛の大男は全身の毛を逆立て、唸りながらクマの男めがけてまっすぐに突っ込んだ。それを正面から受け、大砲のような轟音が会場に響く。


 さすがは相撲の達人、弾き返されること無く、マラカナ村の選手たちの前進が止まった。その隙に別の選手たちが駆けつけ、牛の男を背後から押して加勢する。終いには形は違えどスクラム合戦の様相となり、観客から拍手が上がる。


 そして不利なのはマラカナ村だった。大柄な選手が多く体重や力で上回るラフォード村選手に、ついに一歩二歩と押され始める。先頭のクマの男は顔を真っ赤にし、歯を食いしばるが前から後ろから押され挟まれボールを投げることすらできない。


 そんな間に横から素早く回り込んだラフォード村の豹の獣人がクマの男のボールに手をかけ、強奪した。


 選手たちはわっと動き出すが、密集からの散開は互いが邪魔し合って動きづらく、あっという間にボールを自陣側まで運ばれてしまった。


「待て!」


 マラカナ村選手が慌てて追いかけるも、俊足にその差は広がるばかり。だがそんな豹の獣人を待ち受ける影がひとつだけあった。


 旗の傍に陣取っていたコウジだ。メンバーの大半がオフェンスで攻め上げる中、ひとり自陣まで戻り守備に回っていた。その位置取りに驚いて、フィールドの向こうから走り上げるクマの大男が目を大きく見開いていた。


 豹の獣人がまっすぐこちらに走ってくる。コウジは姿勢を低く構え、相手がどう動くかを観察する。


 その時、豹の男の瞳がほんの少しだけ動いた。向かって右側。コウジはステップを踏んだ。


 コウジの動きは洗練されたものだった。サッカー経験のおかげでこういった場面の相手の動きは大方予想できたし、そういった敵から身を当ててボールを奪う方法も心得ていた。


 側方からのタックルと見せかけて、足を引っかける。意外な攻撃に豹の男はつまづき、前のめりにこけた。その際ボールも一緒に滑り落ち、地面をころころと転がる。


「でかしたぞ!」


 コウジの機転にメンバー一同が胸を撫で下ろした。豹の男はちっと舌打ちすると、ずこずこと自陣に戻って行った。


「やるなあ、今の動きは見たことが無い。お前、本当にこのフットボールは初めてか?」


「これは初めてだけど、よく似た競技はやってたからなんとなくわかります」


 まさか未来のフットボールをやっていたとは、とても言えまい。マレビトであることは皆には伏せているのだ。


「しかし『人力機関車』が効かないとなれば、どうしたものか」


 メンバーが顎に手を当てて考え込んだ。このチームの切り札としての戦術が先ほどの集団でのごり押しだが、相手の力が自分たちを上回っているとなれば同じ手で戦うのは利口ではない。


「ねえ、ふと思いついたんだけど……」


 コウジがささやかに手を挙げた。男たちは顔を上げ、コウジに注目した。




「試合再開!」


 マラカナ村ボールで再開された試合。両陣営一斉に飛び出し、フィールド上はすぐさま選手たちが走り交う。


 だがボールを持ったコウジは旗の前をとぼとぼと歩いていた。攻めもせず、かと言って誰かに回すことも無く。ただ両手にボールを持って旗の周りをうろうろしている。


 そんなこんなの間に、先に飛び出したマラカナ村選手の間隙を縫って攻め上げてきた敵選手たちが次々とコウジに体当たりを仕掛けてきた。


 ざっと見ただけで5人。この人数なら相手陣地もがら空きだろう。


 敵のタックルを食らう直前、コウジはボールから手を離した。地面にそのまま落下するボール。だがそこにコウジの振るった足が突き刺さる。


 ボールは大きな弧を描きながら、一気に選手たちの頭上を抜けた。そして既にボールを持っていないコウジに、足を止められなかった敵選手2人がタックルを仕掛け、反則として審判により一時退場を命じられる。


 ボールはフィールドの中央線を越え、敵陣寄り右翼に落下する。そこに丁度立っていたのが獅子の獣人。彼は空から降ってきたボールを走り込みながらキャッチし、その勢いを落とすことなくさらに加速した。


 そこに旗の前で守っていた牛の男と、さらに2人の選手がボールを奪いに走る。だが獅子の男は何を思ったか、持っていたボールを自分の斜め後ろにいた人間の男に回した。


 慌てて狙いを人間の男に変える敵選手たち。そんな彼も、ボールを持って敵をひきつけると今度は左翼を走っていたクマの大男にすっとパスを出した。


 次から次へとパスを回され、混乱する敵選手。ついにボールを持たずに走り抜けた人間の男がクマの大男からボールを受け取り、そのまま敵の旗の根本に叩きつけた。


「マラカナ村、一点!」


 村中が沸いた。アレクサンドルもマトカといっしょに飛び跳ねて喜んでいる。


「まさかこんなにうまくいくとはな!」


 クマの大男が自陣に戻り、すっかり伸びているコウジを引っ張り起こした。そこまで頑丈でもないのに敵のタックルを二連続で受けて、今の今まで地面に倒れていたが選手たちは次々とコウジに賞賛の声を贈った。


 マラカナ村の取った戦法はパスを中心とした攻めだった。


 この世界のフットボールは戦術が未発達であり、屈強な選手がその体格を活かしとにかく力でねじ伏せる攻めが主流だ。激しいぶつかり合いを前提とした戦法になる。


 だがそれでは自分よりも体格の優れた相手には勝てない。


 そこでコウジが提案したのがパスを回して相手を翻弄し、隙をついて点を奪う戦法だった。現在主流のポゼッションサッカーからヒントを得て、即席で思いついた方法だ。


 ボールを自分たちで持ってさえいれば敵に点を取られることは無い、という発想から生まれたのがポゼッションサッカーであるが、ここではロングパスなど敵にボールを奪われるリスクを極力減らし、ショートパスでつなぎながら徐々に攻めていくのが基本となる。味方が互いにチームの陣形を意識しながらパスを回すことでこの戦術は効果を成す。


 だがサッカーと違い、このフットボールでは最初から陣形を作っての開始とならないため、コウジは時間を作る必要があった。


 開始と同時にメンバーを敵陣近くまで走らせ、コウジが十分に相手をひきつけたところでボールを遠くまで蹴って一気に攻め上げる。サッカー経験のおかげでボールを落とす位置の加減ができたのが功を奏し、見事ロングパスは決まった。あとは前線に回った選手でボールを回し合いながら、隙をついて旗を奪う。


 そんな思い付きの作戦だったが、今回はうまくいったようだ。


「さあ、あと2点! ラフォード村の奴らをギッタンギッタンにしてやろうぜ!」


 僕の作戦はそういうのじゃないんだけどなぁ。盛り上がる選手たちにコウジは苦笑いした。

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