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異世界オリンピックを開くまで とあるスポーツオタの大出世街道  作者: 悠聡
第一部 異世界は思った以上に平和でした
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第五章 白熱! 村VS村 その2

 最初の競技は力自慢対決だ。マラカナ村からも隣のラフォード村からも巨人族の男が参加する。


 歓声に背中を押され、競技会場に現れたのはいずれも喧嘩となれば一目で負けを認めてしまいたくなる大男だった。


 マラカナ村代表は村の巨人族でも最も高い240センチほどの背丈を誇り、まるで砲丸のような体型をした巨漢だった。その名をヤケンという。


「彼は小麦袋を片手に三つずつ、合計六つの小麦袋を抱えて作業をしています。その怪力振りは我々もよく知っています」


 審判を兼ねた実況役の小人が並ぶとまるでゾウとリスだ。


「対するラフォード村からはこれまた巨人族のウングク! 普段は林業に勤しむ彼は斬り倒した大木をそのままひとりで抱えて山を下るそうです」


 紹介された髭もじゃの男がその見事な体格を見せつけんと胸を張った。クマのような太い四肢と硬い筋肉に覆われた胸板が目に焼き付く。


 背丈は二人ともほとんど変わらない。どちらが勝つか、予想は誰にもできない。


「さあさあ、どっちが勝つか大予想! 一口銅貨1枚から参加できちゃうよ」


 伯爵令嬢の目の前だというのに、不埒な輩が声を大にして宣伝する。それに呼応するように一斉に人々が集まり、金を握って「マラカナ村のヤケン!」「ラフォード村のウングク!」と口々に叫ぶのだった。


 日本では原則禁止されているが、イギリスなどヨーロッパ諸国ではスポーツ賭博は大々的に行われている。この世界でも同様、賭け事は皆の関心を集めるのだろう。


「お前、同郷に賭けないなんて鬼だな」


「だってさ、あっちの方が強そうじゃん。どっちも応援すれば問題ねえだろ」


 賭けに盛り上がる者がいる一方で、競技そのものに見入る人々もいる。


「ルールは簡単、この巨大な小麦袋をより長く担ぎ続けた方が勝ちだ。膝をついたり、袋を落としたらその時点で敗北! 筋力と持久力が試されるぞ」


 実況の小人が説明している最中、人間と鬼族が数人がかりで巨大な土嚢のような形の袋を競技場に運び込む。


 スーパーで売られている5キロの米袋が何十個詰め込めるだろう、言い方は悪いが工場の廃棄物を縛るための巨大な袋とほとんど同じ大きさの麻袋だ。


 その中には収穫されたばかりでまだ水分を含んだ小麦がぎっしりと詰められている。何百キロという重量があるか、わかったものではない。


「で、でかい……」


「巨人族の力自慢は尋常じゃないわ。水害の時、増水した川に入ってたった一日で壊れた橋を直した人もいたのよ」


 コウジが思わず漏らすと、隣に立っていたマトカが熱く解説した。


 やっとのことで二人の巨人の前に置かれた麻袋に手をかけ、穴が開いていないことを確かめ、小人の審判は実況を続けた。


「さあ二人とも準備はいいか? 太鼓の号令と同時に持ち上げるんだぞ!」


 小人の審判が指差す先には楽団が控えていた。祭りのBGM担当だが、同時に号令役でもある。彼らはコウジのよく知る交響楽団の使う楽器とはまた違い、見覚えのあるバイオリンやリュートに近いものや、ぐにゃぐにゃと曲がった妙な形のバグパイプのような楽器を構えていた。トランペットをはじめとした金管楽器はここにはいない。


 巨人が麻袋の下に手を回し、中腰になってじっと構える。その凛とした様子に会場も一瞬で静まり返り、皆が二人を見守った。


 そして奏者がマレットをバスドラムに叩き付け、重厚な打音が会場に響く。観客が沸き立ち一斉に声援を送り始める。同時に二人の巨人は巨大な麻袋を持ち上げ、肩の上に担ぎ上げた。


 楽団の演奏が始まり会場を盛り上げる。小麦の詰められた麻袋が自重で変形し、肩だけでなく背中や頭にまで重みが加わる。それでも力自慢の巨人たちは一切表情を歪ませなかった。


 大歓声の中、じっと重さに耐えて歯を食いしばる巨人。太陽の光が二人の肌に浮かび滴る汗をきらきらと輝かせていた。


 それにしてもすごい熱狂ぶりだと、コウジは改めて感心した。


 元の世界のサッカーワールドカップやオリンピックの盛り上がりを知る身であれば、このような前近代的な異世界ではあのような現象までは至らないのではと内心思っていた。


 だがそれは浅はかな間違いだった。


 領民たちは確かに世界規模の大会とはほど遠いが、目の前の選手に力いっぱいの声援を送り、我が身のように応援している。それは元いた世界もこの世界も何も変わらない、国立競技場や東京ドームで体験したあの空気と同じ空気がここには漂っている。


 スポーツを愛しのめり込むのは人種も時代も、まして世界も関係無いんだ。


 既に2分は経っただろう。観客も声援に疲れたのか、初めより声は小さくなる。行く末を見守りながら酒を口に運ぶ者も現れ始めた。


「結構長いね。どれくらい持つの?」


「ええと、30分くらいかしら?」


 マトカが胸元から懐中時計を取り出し、覗き込んだ。バレンティナが使っているのは見たことはあるが、一般領民には珍しいのだろう、青年たちが興味津々で盤面を覗き込む。


 この世界にはかつて時計職人でも転移してきたのか、地球とほぼ同様の時間概念が形成されていた。一日を24に分けて時刻を扱い、さらにそれを60で割り、さらにもう一回60で割った長さを最小単位秒として扱う発想だ。


 ただこの世界では時計はまだ普及し切れていないようだ。


 伯爵の屋敷にも振り子時計はあるが、貴族にとっても高価なのだろう、食堂に一台置かれているだけ。バレンティナも普段から懐中時計を携帯しているが、それでも陽の傾きを元に生活をした方が楽だと語っていた。


 少なくともこの領地では時刻の概念に縛られない、素朴な時間が流れている。


 二人の男が静かに熱い戦いを繰り広げている一方で多くの人が隣人と談笑しながらちらちらと二人の巨人に目を移すような状態がしばらく続いた。


「コウジ、あの屋台で売ってたクラッカー美味しいよ! ほら、食べてみなよ!」


「ああ、ありがとう」


 マトカからぱさぱさのクラッカーを手渡され、コウジはそれを噛んだ。


 力自慢勝負と聞いて重量挙げのようなものを想像していたが、随分と違う。生活の中で生まれた競技なのだろう。


 軽く20分は越えているはずだ。これだけ長時間の戦いになるとは思ってもいなかった。それに決まった作法も特に無いようだ。ルールブックなんてもちろん存在しない。


 そして25分を過ぎようとしていた頃だった。


 顔を真っ赤にしてすっかり汗だくになった二人の巨人、その片方ラフォード村のウングクの膝ががくがくと震え始めた。脚もフラフラと何度も地面を踏み、誰がどう見ても不安定だ。観客も一斉に注目し、「がんばれ!」と声援を送る。


 ついにウングクは力尽きた。膝が折れ、地面を蹴りつけるとそのまま前に倒れてしまった。巨大な麻袋が芝を叩きつけて土をめくり返す。


「勝者、マラカナ村のヤケン!」


 歓声とため息がそこらで起こり、ヤケンは持っていた麻袋を地面に置くや否や両手を上げてガッツポーズを作った。


「やったあ、普段から小麦袋を使っているうちの村に分があったわね!」


 マトカも観客の中で歓声を上げている。


 まだ午前中だというのにこの盛況ぶり。最後のフットボールではどうなるのだろうか。

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