表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
8/38

ミルク飴⑧


「随分と偉そうに、お高く止まったお話をしてやがるじゃねぇか、え? 悪徳探偵ども」


 あたしが冷蔵庫を閉めるのとほぼ同じタイミングで、事務所のドアを蹴破るくらい勢いよく足で蹴っ飛ばして開けて入ってきたのは、あたしもよく知っている、一人の刑事だった。刑事が事務所に乗り込んできたのに鼻歌君たちに動揺が走らないってことは……嘘、鼻歌君がコネがあるって言っていた警察の一人は、彼なのか。……この人選はどうかと思いますよ、鼻歌君。

 というか、ここの防音は大丈夫なんでしょうか。今の台詞からして、あたしたちの会話はだだ漏れだったってことですよね。因縁を付けたいがために、ドアに張り付いて盗聴していたという可能性も捨てきれませんが。あらやだ、適当に考えただけだったけれど、この人の性格からしてそれ位のことは普通にしてしまいそうだ。相手の弱みを何としてでも握って、しつこく脅迫のネタに使いそうな、そういう刑事さんだから。……刑事、なのよね?

 咥え煙草で安そうなスーツを着倒しているガラの悪いその人は、一見どころか何度見たって任侠の人に見えるけれど、本当に現役の刑事だ。あの人の事件の際にも、何度か顔を合わせている。それ以前にも会ったことが何度もあるけれど、この遠慮のない口の悪さに、いい加減あたしは辟易している。


「……んん? お前は、あれだ。あそこの娘で舌切られていた男の恋人の……そうか、やっぱりお前だったのか。ふん、そうじゃねぇかとは思っていたが、逃げ足がお速いこって」


 目を合わせないよう、そっと視線を外そうとするも遅かったようで、彼に目敏く見つけられて、声をかけられた。……どうやら、本気であたし、首の皮一枚で繋がっていたのね。彼の台詞にぞっとするものを感じつつ、愛想笑いでごまかす。いや、まだ彼が鼻歌君とコネのある刑事で間違いないのか、分からないし。まぁ、十中八九、そう判断して間違いはないのだろうけれどね。一つ間違えればそのまま破滅なのだから、慎重に慎重を重ねることは悪いことではないだろう。


 鼻歌君は溜息を一つ吐いて、来客用なのか品質の高そうなソファの向かいにある、飾り気のない木の椅子に腰かけた。そして手でそのソファを迷惑な来客であるところの――ええと、越内、だったかしら――に勧めた。そんな良さそうなソファじゃなくて、立たせたまま、さっさと帰宅を無言で勧めたらいいのに……。そう言いたくて鼻歌君と目を合わせようと彼を見ると、目で何やら指示をされたので適当に頷いておく。指示の内容はさっぱりわからないけれど、お客として扱うのであれば、飲物を用意するべきなんだろう。水でも飲ませておけ、と言いたいけれど、どうもそうはいかないらしい。

 簡易キッチンに置いてあったコップを一つ手に取り、ある液体を注ぐ。それを鼻歌君たちのところまで運び、ドン、と越内刑事の前に置いた。鼻歌君から、特に何のモーションもなかったので、先ほどのアイコンタクトはこれで間違いがなかったらしい。


「……ぐっ、ぺっ! おいお前! 一体何を飲ませやがった、馬鹿!」

「お酢ですが、何か」


 正直臭いでバレるかとハラハラしていたのだけれど、彼は臭いも嗅がなければ少しの停止も見せず勢いよく飲んだため、かなりの量を飲んでしまったようだ。顔を真っ赤にして怒鳴り散らしながら、咳き込んでいる。

 いやぁ、まさか本当に、ここまで上手くいくとは。思いのほか、刑事って疑わない生き物なんですね。特にここ鼻歌君の事務所は、犯罪者の巣窟なんだから、気を付けるべきだと思うのに。自身の警戒心のなさが所以の結果の責任を、あたしに押し付けようとしたって、対処なんてできないのだから困ってしまう。毒物を飲ませることだって、手元にあればできたのに。


「死神ちゃん」


 駄目じゃないか、そう咎める響きで鼻歌君があたしを呼ぶので、彼には頭を下げる。あたしがこの刑事を嫌いでも、少なくとも鼻歌君は彼を客として扱おうとしたのだから、あたしがやったことは責められるべきだ。そこまで分かっていながら酢を飲ませたのは、


「すみません、衝動が抑えきれませんでした」


 彼があたしの地雷を踏んだからだ。どこがどう地雷だったのかは、うっかり墓穴を掘りかねないので、考えたくないし、誰にも話したくないけれど。そう謝りながら鼻歌君に頭を下げた後、体を起こして彼を見れば、ポカン、とした顔でこちらを見ていた。


「ふ、うふふ、ふふふ、っふっふー」


 かと思えば、俯いてくすくす笑い出す。何故笑い出したのかよく分からずに鼻歌君を見つめていれば、仮面師さんがあたしの持ってきたコップを回収し、代わりの飲み物を未だに咳き込み続ける越内刑事の前に置いた。

 今度は彼も慎重に臭いを嗅いで、舐めるようにコップを傾ける。つまらないことに、どうやら普通に飲める代物だったらしく、その後勢いよく飲み干した。どん、と机に置かれた空のコップに、仮面師さんが持ってきていたペットボトルの中身をまた注いでいく。


 ……なんだ、ただの天然水か。本当に普通に飲めるものだった。ここは罰ゲーム的な飲物を畳み掛ける場面じゃないのか。仮面師さんも気を遣わなくていいのに。笑っているということは、きっと鼻歌君からのお咎めはこれ以上はないのだろうし。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ