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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
7/38

ミルク飴⑦


 ――だけど、この時のあたしはまだ知らなかっただけなのだ。罪を犯すという事がどういう事なのか。あたしの縋っている常識がどれだけ柔な存在か。そしてあたしの狂気が足音密かにすぐそこまでやって来ているのを。

 ……似合わないなんて形容詞を彼らに対して感じたついでに、伏線を張るという似合わない事をしてみた。ここまで言っておけば、逆に保険になって伏線として作用する事は無い、と思いたい。でも油断は禁物だ、今後のあたしが生きる日常はきっと異常の割合の方が高いだろうし。ああ嫌だ、逃げ出したい。一体ここでどう足を踏み外さず生きていけるというのだ。人生は綱渡り、そう言ったのは誰だったかしら。まったく、言い得て妙ね。


「ふむ。死神とやらお前はどう思う。人は何でできている」


 遠い目をして玄関口に突っ立っていると、座ったままの仮面師さんが話しかけてきた。嫌だな、なんでこんな変人みたいな会話を初対面の相手としなければいけないのだろう。一応先輩という事になるから無下にもできないけれど、人が何でできているか、なんて誰にもわからないだろうに。血とか肉とか、そういう見てわかるような物理的な話ではないわけだろうし。哲学、なのかは判断がつかないけれど、こういう雲をつかむような話は苦手なのだ、あたしは。頭を抱えて唸りだしたくなるのを、必死に我慢する。

 仮面師さんの説は相手が疑わないことを前提として語っており、相手が疑いを持ったらその時点で仮面が剥がれ始めてしまう、弱いものだ。なんて言えるわけもなく、仮面師さんの視線から顔を逸らしつつ、必死に考える。これはあれだ、もしかすると入所試験なのかもしれない。彼らだって、年がら年中毎日こんな珍妙な話ばかりしているわけではないだろう。……お願いだから、ないと言って。


「そうですね、他人からできているのではないでしょうか。自分というのはある意味、他人の想像からできていると思います。つまり相手が自分をどういう人だと捉えるかが重要で、自分だけではなく、その自分の情報を受け取る他者がいて初めて、人間は人になれるのではないでしょうか」


 三人の満足のいく答えを提示できなければ刑務所行きかも、と自分に無駄なプレッシャーを掛けてみたけれど、そう言えばあたしはプレッシャーに弱い人間だった。お気に召したか不安になって、鼻歌君を横目で見やると、


「やれやれー、死神ちゃん、今から僕の言う事を傾聴したまえよー。人っていうのはね、感情でできているのさ。人間は感情を持ちそれを制御した上で表現するだけの超! 素晴らしい技能を持っている、だからこそ人足り得るんだよー。……と言っても、僕らみたいなのは必要不可欠なはずの制御装置が壊れているから、僕の定義から言うと人間じゃないんだけどね? だからこそ僕らにとっての月は綺麗じゃないし、恋は罪悪を呼び寄せるんだよねー」


 あたしの意見をどう受け取ったのかは知らないけれど、彼は首を横に振りながらべらべらと喋りだした。言わばそれは、分かりやすいほどに異属嫉妬なのだろう、そう鼻歌君の言葉を理解した。

 ところで最後の言葉はあたしに対する嫌味ですか、ちゃんとあたしは、彼を愛していたっつーの、舌切り取りますよ、なんて心の中で毒づく。まぁ、恋は罪悪を呼び寄せる、というのは、結果としてそうなってしまったので否定はできないけれど。あたしの嫉妬の炎は見事に業火に成り果てたよなぁ、としみじみと思う。実際のところ、薪としてくべるべきはもう一人いるのだけれど、こうなった以上続ける気も然程起こらない。……こうなったも何も、そもそも彼に比べれば、彼の浮気相手なんて所詮はどうでもいい存在で、顔も碌に覚えていないのだから、例え続ける気があったとしても実行できるわけがないのだけれど、ね。あたしの衝動は、既に満足している。――満足していることと、捕まってもいいと思えるかどうかは、まったく別の話だけれど。


 鼻歌君の説に魔王くんはふむふむ、なるほどっすー、と頷き、あたしの持っていたレジ袋を受け取り、中のチョコレートのお菓子を口に運んでいる。仮面師さんは納得した様子ではないけれど、そういう考え方もあるのだろうなと面白そうに笑いながら、魔王くんから渡されたポテトチップスの袋を開けて中身を食べ始めた。

 ……怒っていないあたしが言うのも変だけれど、化け物と言われたに等しいのになぜ怒らないのだろう。ひょっとして何かしらの自覚があったりするのだろうか。とは言え、化け物と謗られようと体に流れる血は赤く、形態も構成する要素も他の人間と何ら変わりはなく、人間であるという事実は揺るがないのだけれど。なんて、こんな話の流れでこういう風に人間を語るのは、ナンセンスにも程があるのだけれどね。まさか流れる血の色が緑色、なんと化け物でした、なんてファンタジーな展開が待っているわけでもないし。……まさか、ね?

 いやいや、そんな馬鹿な。首を振って、馬鹿な妄想を頭の隅に追いやった。一息ついて、事務所の右奥にある簡易キッチンに設置されていた冷蔵庫に買ってきたお弁当やら何やらを入れにいく。おかしいな、助手だの看板娘だの以前に、ただの雑用係にされている気がする。あたしの存在意義に首を傾げつつ、そうしていると、魔王くんが思い出したかのように人間について語り始めた。


「俺はね、金と情報でできていると思うっす。昔ならいざ知らず、今日のこの情報社会なら確実にそうっすよ、何てったって、情報で人心を操作できて金で格が決まる社会っすから。人間は、一個体では何の意味も為さないっす。大勢集まって社会を構築してそのコミュニティーを運営しようとする、人間はそこで初めて語られる価値を持つんすよ。他人や社会と関わりを持たない奴なんて俺にとっては雑草と同価値っすね。むしろ雑草の方が光合成で酸素を増やしている分、ただ酸素を減らしているそいつらより価値があるかもしれないっすよ。ま、俺らみたいな奴の場合、その社会を乱しているわけなんで、人間じゃないという結論に達しちゃうっすけど。他人と関わらないと、という点ではある意味、新人さんと似た考えかもしれないっすね」


 はは、一緒にしないでください。

 振り返れば魔王くんが愛想の良い顔でこちらに笑いかけてくるので、本音を隠した愛想笑いを返す。そして開けたままの冷蔵庫に向き直り、彼の説について思考をめぐらしてみる。……うん、本音を言わせてもらえば、やっぱり人間とは何か、なんて勿論どうでもいいんだけれどね。

 ここまでで想像できた彼の性格に相応しい持論ではあるけれど、随分と嫌な方向に悟りを開いたような、孤高でつまらない話だ。自身を搾取する側だと確信しているからこそ捻り出せる持論だ。

 ……他者の論を切り捨てられるほど、あたしは説得力のある持論を展開できるわけでもないのだけれど。だって興味がないのだもの。聞かれないように小さく溜息を吐き、パタンと冷蔵庫を閉めた。


話の動きが大変ゆっくりで申し訳ありません。

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