チョコレート④
エタるかと!思いましたね!自分が!
……更新が滞ってすみませんでした(土下座)
謝罪もかねて、文章量多めにお送りします。
あたしは昨夜、犯人から没収したナイフを持って事務所に行こうと家を出た。鼻歌君に、あたしを襲った犯人を推理してもらおうと、ふと思ったのだ。放っておこうかとも思ったのだけど、殺されるのは嫌いだから、返り討ちの準備をすることにした。もちろん、昨夜ので諦めてくれれば御の字だけれどそれはなさそうだし、通り魔的犯行でもないような気がするし。通り魔の無差別襲撃じゃないというのは、……殺意の感じが、あの子のと似て、一直線だった気がするからだ。あくまで、あたしの勘に過ぎないのだけれど。
朝の通勤する人たちの波を避けながら、事務所の方向に足を進める。自覚はしていなかったのだけど、やはり事務所は街の中心からは外れている。そう、あたし達事務所の四人がそれぞれの日常から追放されているように。慣れた道を歩き、朝だというのに光があまり差し込まない事務所に入った。来るたびに思ってしまうけれど、よくあのストーカーの件の人は、うちに来たなぁ。……そう言えば、あの件はいつ解決するのだろう。あたしが依頼の解決は、それの後になるだろうし、協力は惜しまないのだけれど、最近蚊帳の外なんだよなぁ。
まぁ、この周囲に探偵事務所は他にないのだから、身近なところで済まそうと思えば、ここ以外に行く選択肢はなきに等しいのだけれど。――集客のために鼻歌君が何らかの手段を用いて、他の事務所を潰したとか……すごく、有り得そう。
「おはようございます、鼻歌君。実は、お願いしたいことがあるのですが」
そんなぞっとしない考えが頭をよぎる中、開口一番依頼をしようとすると、鼻歌君は来客用のソファーに座り、朝から板チョコレートにかぶりついていた。魔王君も、その横でチョコレートをぱくぱくと食べている。
二人とも、太ることに対して恐怖を感じないのかしら?……太らないと思っているのかしら、生意気な。太らないんでしょうね、男子だから。本当に、男子の食べても太らない体質というのは、羨ましい限りである。甘いもの好きは女子の属性だというのに、どうして女子は食べたものがそのまま肉になるのだろう。世の中って、まったく、不公平だ。ちっともうまくできてない。
世の中の不合理さに憤りつつ鼻歌君に声をかけると、彼はチョコレートで茶色くなった歯を剥き出しにして笑顔を向けてきた。鼻歌君も、若さを加算するなら十分イケメンに分類されるだろう顔立ちなのに、頭がおかしい上に実年齢よりも子供じみているんだから、惜しいわよね。
「おっはー、死神ちゃん。どうしたの、何かあったのかい」
いきなり、殺されかけましたと言ったら驚かせてしまうよな、と気を遣って、オブラートに包もうかと考えてみた。けれど良い言葉が見つからなかったので、まぁいいかと肩を竦めてもそもそと呟いた。
「はぁ、実は昨夜、殺されかけまして」
途端に鼻歌君が目を輝かせ、身を乗り出して嬉しそうにあたしにこう言う。
「死神ちゃんたら、なんて羨ましい体験をするんだい! よし、その犯人を推理してほしいんだねー」
何か変な単語が聞こえた気もするけれど、犯人捜しをしてほしいのは間違っていないので、頷いた。しかし、水臭いですね鼻歌君。殺してほしいなら、いつだってナイフを持って追いかけてあげるのに。刑務所君どいて、鼻歌君殺せない……! こうか、なんか違う気がするな。刑務所とか警察とか公的権力をお兄ちゃん扱いは、さすがに違和感あるものね。鼻歌君はともかく、あの元ネタ的に、あたしの立ち位置は間違ってないのだろうけれど。……自分で言ってみて悲しくなってきたので、もうこのネタは封印することにする。誰が電波やねん。
とまぁこんな感じにあたしが脳内コントをしている傍で、鼻歌君がチョコレートバーを咥えたまま考え始めたので、あたしは彼の前の椅子に腰かける。魔王君はチョコレートを持ち奥の部屋へと消え、あたしは鼻歌君と二人っきりになった。
――そして、鼻歌君は高らかに鼻歌を鳴らし……
燃え盛る炎というのは、消火されている最中でも美しいものだ。
あたしは事務所からの帰宅中に、炎に包まれている家を眺めながらそんな事をぼんやりと思った。これは、今世間を騒がせ始めた連続放火魔の仕業である。
まぁ、幸いあたしの家はまだ被害に遭っていないし現場も遠いので、そんなに興味はないのだけれど。……問題はそこではなく、鼻歌君がそれにやる気を出してしまっているのだ。関係無い事に首を突っ込む暇があるのなら、“あたし襲撃事件”も解決してほしいものね、まったく。
あたしが考え込んでいる間に、炎は消火されていて、無残な焼跡だけが残っていた。あたしは、それを見てすっかり気分が落ち込んでしまい、とぼとぼと帰路を辿り始めた。煙が、まるで罪の残り香のようで、鼻腔にこびりついてしまっている。
……鼻歌君は、結局あたしの事件を解決してはくれなかった。推理の途中も途中、序盤の途中に魔王くんが割り込んできたせいなのだ。どうやら、最近起きていた放火が連続事件になったようで、鼻歌君の興味はそちらに向いてしまったのだ。……あたし、彼女、放火と、事件が立て続けに起きすぎじゃないだろうか。ストーカーや昨夜の件は個人的なもので公の話題になっていないから、除外するにしても。微妙にありえそうな法則からいくと、全ての事件の犯人はあたしの関係者のような気がして、頭を抱えたくなる。精神のオーバーヒート待ったなしなので、勘弁してほしい。
それはそれとして、とにかく、鼻歌君の興味の移行が目に見えて分かったので、あたしは諸々が終わるまで推理してもらうことを諦めた。それで、何かあたしにも分かることはないかと、放火現場に現状を見学しに来たのである。
「鼻歌君、あたしを襲った犯人の動機は分かったって、言っていたのにねぇ……」
そうなのだ。鼻歌君は、魔王くんに邪魔される前に誇らしげに微笑んで、そう呟いていたのだ。残念ながら、その中身を聞く前に鼻歌君の興味は違う所を見てしまっていたのだけれど。
気分を変えるため、鞄に入っているはずのミルク飴を食べようとしたのだけど、切れていた。思わず舌打ちして、丁度通り過ぎたばかりのコンビニへ向かうべく、体を回転させる。
「……いらっしゃいませー」
入ってすぐにかけられた、無機質な声を聞き、あたしは何の気なしに昨日のゆりさんを思い出した。今の現代社会に彼女のような、やる気があって若い人は、本当に珍しい。まぁ、喫茶店とコンビニでは、客層もニーズも大いに違いがあるので、コンビニの店員を責める気はそんなにないけれど。むしろ、低い時給でよく立ち仕事ができるよなぁ、と褒めてあげたいくらいである。……今、あたしはどんな立ち位置でものを語ったのだろう。
んー、と首を傾げつつ、あたしは特に商品棚を物色することもなく、すぐさまミルク飴の袋を手に取り、レジに向かった。よく見かける、期間限定、新発売、そういった類のすぐに廃れるようなお菓子には興味がない。とは言っても、別にお菓子の中で一番ミルク飴が好き、ってわけじゃない。
ただ、これは姉からのお下がりでもなく、お願いして両親から貰った物でもない、というだけ。それだから、時間の経った今でも、これから離れることができないでいるのだ。あたしの特別の始まりは、このミルク飴なのだ。お菓子が好きなんて子供じみているけれど、あたしにはこの味がお似合いなのだと思う。乳離れできずに、与えられたこともない家族の愛というやつにいつまでも憧れを抱いている、愚か者には。
だけど、最近はミルク飴を買う度に姉の死に顔が脳裏に浮かんできて、困っている。死者に囚われているつもりはないし、第一そんなのは格好悪くて、無様だ。なのに、何故出てくる。嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。――吐き気が、してきた。姉さん、……貴和子姉さん。あたしの中から、早く消えてちょうだい。
うふふ、いやぁよ。
そんな姉の、聞き慣れた蠱惑的な声が、脳に響いた。……気がした。
今後の予定を立てるに、死神ちゃんの一人ボケも入れるのが難しくなりそうなので、コメディーから推理に枠を引っ越そうと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いします。