チョコレート②
潔子たちと日程の都合をつけていると、新しくメールが届いた。開くと、面倒くさいことに、鼻歌君からだった。ストーカー事件の目途でも付いたのかしら、と内容に目を通すと、今日の帰りに事務所に寄るように、というお達しだった。この曜日は遅くまで授業がある訳でもないし、バイトも入っていないから別に困りはしないのだけれど……。困らないのが、何となく嫌な気分にさせるわね。あたしの予定を把握されているようで、不愉快極まりないわ。諦めは、ついているつもりだけれど。
授業後、野次馬根性丸出しの学生たちをにこやかにスマートに躱しつつ、大学を出て事務所へ向かう。しかし、何というか、傍から見れば、今この時あたしほど不幸な人間はいないわね。彼氏を殺されたかと思いきや、幼馴染が殺人事件を起こす……これは、もう一つや二つ、あたしの周りの人間が犯罪に関わっても不思議でも何でもないわね。
人生の可能性というものについて考えながら事務所の扉を開けると、いつも接客用の机でお菓子を貪っている鼻歌君の姿がなかった。高校の授業も終わっていそうな時間なのに珍しい、と思いながら人影を探すと、ひょいと物陰から魔王くんが出てきた。何だかきょとんとした顔でこっちを見てくるので挨拶をすると、
「あれ、死神ちゃん。メール見てないんすか? 今日、高校の方でいじめが発覚したらしくて、緊急学級会が開かれて、それでこっちに寄れなくなったらしいっすよ」
――なんと、まぁ。確認すると、確かにメールが届いていた。思わず脱力してしまい、近くの椅子に座り込む。燃え尽きてしまうわ……。
しかし、いじめって。不謹慎だけれど高校生らしいわね。鼻歌君の事だから、関わっているか、あるいは高みの見物を決め込んでいそうね。まったくの無関係ってことはなさそう。まぁ、鼻歌君の高校の事情なんて、あたしには全然関係のないことだから、詳しいことを特に知りたいという気持ちはわいてこないけれど。
「それなら、帰ります」
用もないならさっさと家に帰ろう、ということで挨拶したばかりだけれど帰ろうと扉に手を掛けると、
「折角会えたんすから、お茶しに行かないっすか? 素敵っす、決まりっすね」
「魔王くんの全額負担でデザート付き」
「仰せのままにっす~」
扉まで小走りで近寄ってきて、さかさかと話を進めてしまう。
脳が慣れてきたくらい何度も思っていることだけれど、事務所の三人は口を開けば饒舌で、近くに居ると疲れるタイプだ。……しかも、あたしがじっくり毒を滲ませた皮肉が響かない人しかいないし。
でも、あたしたちを取り巻く事情が事情だし、仲良くしておくに越したことはないだろう。とりあえず、今は魔王くんとデートしてみようと思ったので、やる気は特にないけれど、魔王くんの案内に任せた。
夕暮れの空は暗い。
あたしは一人暮らしで、犯罪に巻き込まれたとしても助けてくれるような家族は居ないので、遅くまで外に居たくはない。……あの人たちが存命だとして、本心から助けてくれることは期待できないけれど。でも、今なら事務所の頼れる(極力頼りたくないけれど)人達が居るし、大丈夫だと安心して墓地に近いカフェへ向かった。
やはり墓地に近い故か、それともお化け屋敷を連想させるような薄暗く不気味な外装のせいか、人気は無かった。店内も外装と同じお化け屋敷のような雰囲気がどことなくあって、空気は冷たいし周りの数少ない街灯すら結構暗い。
そんな店に似合わず可愛らしいウェイトレスに案内された二人用のテーブルに向き合って座る。……黙ってついてきたけれど、何でまたここなんだろう。魔王くんが教えてくれたお店とは言え、あたしの評価がそんなに高くないことは伝えてあるはずなのに。――あたし、ひょっとして安く見られてる?
「チョコパフェとかどうっすか~」
「ピーチデラックスパフェ二人前」
魔王くんがパフェの中で一番安い物を頼もうとしたので、素早く最も高いものをウェイトレスに注文した。まぁ、他にもあるデザートの中で一番高いパフェ系にしたことに関しては褒めてあげていいかもね。あたし達のやり取りが面白かったのか、小さく笑みを浮かべていた彼女が去った後、気持ち悪い沈黙が辺りを支配する。
……魔王くん、話す事がないなら人を誘わないでください。話題の提供くらい、こなしてほしいものだ。やれやれ。
とりあえず、水を飲んだり爪を擦ったりして忙しくしてみる。
それで頭が活性化されたのか、飲み物の注文を忘れた事を思い出し、どうせ払うのは魔王くんだからと調子に乗って飲物としてはお高めのコーラフロートの二人前を勝手に注文。重たい溜息を吐きながら財布の中身を確認している魔王くんをグラス越しに見つめ、まずはこの気まずい沈黙の打破を目指して会話を開始する。
「あたしに何か訊きたい事があるのではないですか?」
「訊きたい事があるのは、あなたのほうではないっすか~? 死神ちゃん」
「その呼び方はやめてください、正直気に入っていません」
だからその名前を外で出すなというのに。ここ最近、羞恥心が鍛えられていたような気がしていたけれど、別にそんなこともなかったみたい。
言葉のキャッチボールは元々得意ではないのに、魔王くんの返球は速い変化球で困った。質問に質問で返すなんて、ずるいと思う。
さて、お互い様という事であたしも質問で返してみる。
「訊いたら教えてくれるのですか」
「はて」
「それ見ろ教えてくれねーんだろうが」
挑戦してみると輝くような笑顔ではぐらかされたので、自分の気持ちに正直になって毒づいてみた。ええ、ええ、魔王くんのその輝くような笑顔は熟した美味しい果実も腐らせてしまうのでしょうね!
いつの間にか置かれていたパフェの好きな具のみ食べ、コーラを胃に流す。フォークで一番上に乗っかっている桃を刺し、そのまま奥まで突っ込んでかき混ぜた。
「怒っているっすね~死神ちゃん?」
「……ええ、柳眉を逆立てているように見えるでしょう」
あえて事務所用の名前で呼び続ける魔王くん。アナタあたしを嘗めてますね?
「うわ、ナルシストっすね~」
そんな引いた目でこっち見んな。あたしなりのジョークをサービスしたんだから、適度に面白い返しを所望します。
……あまりに色々と癪に障るので手を出してしまいそうになるけれど、仕返しが怖いので我慢。魔王くんの爽やかな笑顔の頬を抓りたいとうずうずしている手をお尻の下に敷いて踏ん張る。
魔王くんは、彼を見ていると時々忘れてしまいそうになるけれど、情報犯罪者、というやつだ。あたしごときの情報なんてその気になれば幾らでも操作して悪用できるだろう、それが怖い。けれど、怖がったほうが負けなのは経験で知っているから、あえて睨んでみる。
そんなあたしの色々な感情の篭った怒気が伝わっているのか、魔王くんは苦笑しながらにこちらを見ながらパフェを突いている。……やっぱり、外面だけなら、犯罪者とは思えない。勿論、犯罪者と一括りしてみても種類は豊富だけれども。
とりあえず声の調子を和らげて出来るだけ優しく、前から知りたかった事を訊ねてみよう。今の魔王くんなら、きっと応えてくれるだろうと期待した。
「魔王くんは、一体何をしたんですか」
あけましておめでとうございました。今年もよろしくお願いします。
年明け一発目なので、増量してみました。