ミルク飴㉝
――そんな、鼻歌君を迂闊にも信頼しかけるという危ないムードを壊してくれたのは、
「おやおやおや、奇遇だなぁ、奇遇だ。悪徳探偵ども」
あたしが唯一知っている、鼻歌君とコネのある刑事の越内一貴。
……危なかった、今回ばかりはこの人に感謝してあげてもいいかもしれない。とは言ってもそれは心の中だけで、口に出してお礼を言うことは絶対にないけれど。越内刑事じゃなければ、投げキッス付きの感謝を述べても良かったのだけれど。
「やぁ、悪徳刑事さん。確かに奇遇だね、偶然ならだけどさー」
鼻歌君は分かりやすく顔をしかめて、そう返事をする。……「偶然なら」? もしかして、この刑事さん、あたしたちに会いたくてここまで来たのかしら。そうよね、こういう場所は一人で来れるような場所じゃないわ。特に、こんなあからさまにくたびれているおっさんは、明らかに目的がなければ来ることなんてできない。その目的が、あたしたちに会うことだということ? ……まさか!
「あなた、鼻歌君のストーカーですか!」
とんだ三角関係だ! こんな修羅場、見たことない!
叫び、周囲から思う存分視線を集めた数秒後、鼻歌君にこめかみを拳でぐりぐりと力強く押される羽目になった。
――いやまぁ、そういう事ではないことは分かってはいるんだけれど、うっかり思いついてしまった以上、越内への嫌がらせのためにそう反応せずにはいられなかったんです。言い訳はこれだけです、ただの思い付きだったんです、だから許してください。もがきながら、鼻歌君へそう言い訳する。
越内への嫌がらせのはずが、思いのほか鼻歌君にまで被曝してしまったのは誤算だった。そんなにあたしの大声で周囲に注視され、ひそひそ話をされたのが気に障ったのかしら。死神ちゃんと名付けられた当初は、町中でそんな名で呼ばれたら他人のふりをしてやるなんて思っていたのに、人間慣れればどこまででも許容できるものである。あ、やめて。強くしないで。涙が出ちゃう。だって、女の子だもん。……いつまで女の『子』って言い張れるのかしら。
「ただ単に、ちょいと報告しに来ただけだ、馬鹿! 事務所に行ったら、あそこの二人にここにいると聞いたんでな。後、どうせストーカーってな犯罪行為をするならな、好みの若い嬢ちゃん対象にするわ」
おい刑事。思わず睥睨してしまう。いくら何でも、現役の刑事がそういうことを公共の場で発言するのはいかがなものか。誰かに聞かれて問題視されて、そこからあたしたちまで足がついたらどうしてくれるのだ。
……ん、報告? 何か聞いておくべきことがあったのかしら。鼻歌君の顔を見れば、ああ、と合点がいったようで、越内を連れてあたしが離れた場所に行き、二人で顔を突き合わせてひそひそ話す。耳を欹ててやろうかとも思ったけれど、今さっき怒らせたばかりだから、自重しておとなしくベンチに座って待っていることにした。
「お待たせー、死神ちゃん。ちゃんと盗み聞きせずに待てたなんて偉いねー?」
一分経つか経たないかのうちに、鼻歌君は越内と別れてこちらに戻ってきた。彼は立ったまま、ベンチに座っていたあたしの頭をよーしよしよしと好き放題に撫でてくる。鼻歌君のほうが年下のくせに、子ども扱いしないでください、腹立たしい。べし、と撫でてくる腕を力任せに払ってやめさせる。
越内はそれでどうやら用事を終えたらしく、そのまま帰るらしかった。こちらを振り返ることなく去って行った。見た目と言い年齢と言い、ここじゃ当たり前だけれど、目立つなぁ、あの人。振り返らないで去っていくその背中、辺りの家族連れやカップルが不審そうな目で見つめていますよ。……誰か不審者として通報してくれればよかったのに、残念ながら、さすがにそういった動きは見られなかった。