ミルク飴㉜
「お待たせしました、鼻歌君」
「やー、待っていたよー」
鼻歌君は某ポテトチップスの袋を二つレジに持って行こうとしていた。おそらく片方は仮面師さん用なのだろうなぁ、美味しいかどうかも分からないものをいきなり複数買うなんて冒険者だなぁ、と考えながら会計が終わるのを店の外で待つ。うう、寒い。独り身には堪える冬の寒さね。決してそこら辺を歩いているカップルに劣等感を抱いたわけじゃないわ。ええ、決して。
ガサガサ、という耳に障る音と共に鼻歌君が会計を終わらせて、会う前に色々買い物をしていたのだろう、両腕一杯に持っている袋を押し付けてきた。……またですか。また、あたしに労働しろと仰るのですね? 口に出してはいませんけれども。あたしはこれ見よがしにすっかり錆び付いた溜息を吐いて、袋を乱暴に彼の手から奪い取る。鼻歌君は、夕方になって急に華やいだデスティニーランドを、スキップで歩きながらあたしを導いた。
鼻歌君の後ろを歩きながら、辺りを見回す。首の角度を上げて空を見ると、デスティニーランドから発射されている、目に痛い光があった。
空が暗くなってライトアップされたデスティニーランドは、昼間のここよりも嫌いだ。理由は、あの人の浮気を目撃したのが夜のデスティニーランドだったからだ。たかが裏切られたくらいのことを、今更、いつまで、引きずっているのかと思うと、自分が嫌になるけど仕方ない。裏切られたことをそう簡単に割り切れるほど、あたしは自分のことをないがしろにしているつもりはない。
世界であたしを一番大事にできるのは、きっとあたしなのだから。だからあたしは、あたしの価値を否定しようとする相手には、容赦ができないのだ。
「うーん、死神ちゃんはどれに乗りたいかなー? 折角来たんだから一緒に真人間みたいに、きゃっきゃと遊んでみようかー。……ふっふー、ごめんねー、死神ちゃんには、無理な相談だったかなー?」
「そうですね、自宅行きのタクシーなんかがお勧めですが」
振り返った鼻歌君が、よりにもよってデリカシーゼロの質問を投げかけてくるので、考えもせずに答えを投げ返した。あたしの暴投によって、言葉のキャッチボールはしばし休憩に入った。あたしが投げて飛びすぎたボールを、鼻歌君は一生懸命に追っている。
余りに暇なので、肩に掛けた鞄から財布を取り出して、中身を確かめてみた。タクシー代もそうだけれど、デスティニーランドの入場料で、馬鹿にできない金額が財布から消えてしまった。なんでこんなにお金を取るんだろう。夢もへったくれもありはしない。……努力もなしに一般人が夢を享受するには、お金がかかるってことかしら。宝くじと同じく、嫌味な現実ね。それでも凄まじい桁を儲けているのだから、世の中の人たちがどれだけ夢を求めているか分かるのは、なかなか興味深いかもしれない。
「まー、人間は幾らでも、それこそ腐る位いるからね、代わりのお友達はきっとすぐに出来るさー。少なくとも死神ちゃんの場合、似た関係なのが他に三人はいるわけだしねー」
気を取り直したように、鼻歌君はそう軽々しく口にして肩を竦める。あまりにも腹立たしいその言い草に、柳眉を逆立ててしまいそうになる。
「……それは、慰めのつもりですか。いりませんよ、同情に基づいたそれは、馬鹿にされている気分になるので、嫌いです。それに誰かに誰かの代わりになってもらうなんて、人間失格もいいとこじゃないですか」
「うーん、君が馬鹿にされていることも、人間失格であることも自覚していなかったことについて、驚き桃の木山椒の木と僕は唱えたい気分なんだけど。とりあえず魔王くんの作ったトリュフでも食べるかい? 彼、チョコレート系のお菓子だけは上手に作るんだよー。料理の方は魔王くんの名にふさわしく、まさに魔界の食べ物! みたいな感じなんだけどねー。魔王だけに。ふっふー」
近くに設置されていたベンチに座り、鼻歌君はあたしを手招きする。まさかそっちのために魔王くんを雇ったなんて戯言は言わないでしょうね。後、そのギャグはどうかと思いますよ。……鼻歌君の幸せそうな笑顔と、トリュフの入った箱を見ながら、これは言うのを止めておこうと思った。
だけれど、鼻歌君。さすがにあたしのことを馬鹿にしている、というのは聞き捨てなりませんね。あなたを恨んでいる人間が襲ってくるようなことがあったら、あなたを縛り上げた上で見捨てて逃げることにしたので、覚悟しておいてください。……そんな日が早いうちに来るといいなぁ。鼻歌君は警察とコネがあったりする訳だし、他にもあたしの知らないところで、何だかんだで上手い処世術を身に着けていそうだから、果たしてそんな日が来るのかどうか。思わず遠い目をしてしまう。
「後ねー、はい。これ死神ちゃんにあげるよー」
そう言いながらあたしの持っていた袋の中を探り、可愛らしく装飾された小さなブリキ缶を引っ張り出した。
「これ、色んなミルク味の飴が入っているんだよー。味見で置いてあったのを一つ食べたら、結構美味しくてねー。死神ちゃんはよくミルク飴を食べているし、色んな種類があるのが面白いかなって買ったのさー」
「それは……ありがとうございます」
「これからもっと役立ってもらわないとだからねー。まー、頑張りたまえよー」
そう言って鼻歌君は、ふっふーと鼻歌を歌いだしそうなくらいご機嫌な笑顔になる。デスティニーランドを照らすライトが彼も照らした。あの人を思い出すから嫌いだったはずのヘッドホンや染めた髪にもライトが当たって、あたしは眩しくて、――目を、細めた。