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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
30/38

ミルク飴㉚


 ――風が吹いた。

 むわっとした都会ならではの、ビルの熱さを纏ったそれがあたしの横を通り抜けていく。それを感じると共に携帯電話が振動した。取り出すと、どうやら公衆電話のようなので迷惑電話の可能性を考えながら、通話ボタンを押した。



「もしもし、今日も不幸せですか?」



 ……。

 迷惑電話よりも性質の悪い、誘拐殺人犯からの電話だった。しかも、現在逃亡中。更に、鼻歌君が颯爽と登場する前に呼んでいた警察から逃げる際の囮に、相棒であったはずの世末を使うという人間失格ぶり。グルなら、潔く共に捕まってほしかった。仮面師さんにあれだけ痛めつけられたにも拘らず、彼女の動きは猫のように素早かった。

 ちなみに逮捕後の報道で分かった事だけれど、世末は彼女を誘拐した犯人でもあったらしい。彼女はそれを知った上で手を組んでいたのだろうか。いや、彼女の事だから自力で自分の事件の犯人を見つけて何らかの弱みでもちらつかせて脅し、協力させたのだろう。あたしの知らない彼女なら、それ位はしてのけるに違いない。


 そしてやっぱり、子どもの死体は、風呂場にあったそうだ。


「あら、あなたは世末を捨てて、尻尾を巻いて逃げたのではなかった? よくもまぁ、ここに電話する余裕ができたわね」


 そう返した後、ふと幼馴染たちの反応を思い出す。彼女の事件が報道された直後、皆でまたあの喫茶店に集まったのだ。名目上はスキーに行くのをどうするか、ということで集まったけれど、完全に漂う空気は暗く、遊びの話題を楽しめるようなものではなかった。結局、スキー旅行に関してはほとんど何も解決しないままにその日は解散してしまった。


 根間は、あいつが危ういことには気づいていたのに、と本人なんかよりずっと罪の意識を感じているようだった。潔子は他人の汚れを気にするという潔癖症をいかんなく発揮し、明らかに怒り狂っていて、しばらく彼女の前で今回の話はできなさそうだ。屋良は姉のことのように何かに気づいていそうだったけれど、とりあえずあたしに尋ねることは何もないようだ。あたしは――、根掘り葉掘り聞かれて、周りがウザったいとだけ言っておこう。

 あの人の時もそうだったけれど、どうして放っておいてくれないのかしらね。誰しも人には言いたくないことの四つや五つは持っているものでしょうに。……多いかしら。


「そうそう、皆あなたにがっかりしていたわよ。一緒にスキーに行く約束をしていたのにって。……けれど安心しなさい、あなた抜きでもあたし達は十分楽しめるから。あなたがいなくったって、あたしたちの世界は回るのよ」


 適当な嘘を並べ立てて、彼女を傷つけようと試みる。あたしの知る彼女ならともかく、あたしの知らない彼女はこんなことで傷つけられはしない気がするけれど。


 ふふふ。

 そんな密やかでありながら軽やかな笑い声があたしの耳におぼろげに届く。それは次第に大きくなり、黙って聞いていれば哄笑へと変化した。あたしは歩きながら静かに、彼女が笑い止むのを待つ。ふと笑い声がぴたりと止み、彼女は穏やかな声であたしに語りかけてくる。


「えへへ、やっぱりにゃーさんの毒舌はいいですねー、青乃ちゃんどきどきしてきちゃいますにゃー。……また、会いに行きますにゃ。その時は、またまた仲良くしてくださいにゃ? にゃーさんは世界一おばかさんだから、おばかな青乃ちゃんでも、思う存分からかえて楽しいのですにゃー」

「お断りよ、二度とあたしの舞台に貴女は登らせないわ」

「にゃーさんは、重大な勘違いをしていますにゃ。にゃーさんの立っている舞台が、にゃーさんに管理できるとは思わないことですにゃー」


 くっくっく……携帯電話から零れる笑い声に合わせて笑う。彼女の笑い声は次第に大きくなっていくけれど、あたしは同じ大きさに保とうと努力して笑い続ける。

 そして、先程のあたしの台詞を反芻して彼女がどう返してくるかの予測を立てる。ヒュッという息を吸い込む音が聞こえたのを合図に、あたしと彼女は同時に叫んだ。


「「主導権は、譲らない!」」


 叫び終わった瞬間、あたしは通話を切る。

 ――そう、これは戦いだ。誰が主役に成り上がるのか、誰が脇役に落ちぶれるのか。裏切り者に、舞台を追い出された人間失格に、構っている暇なんて、ないのだ。



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