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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
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ミルク飴⑳と⑨

「さー、形勢逆転させてもらうよー。かわいいかわいい、犯人ちゃん」

 

 ポテトチップスの袋に片手を入れて、ばりぼりとポテトチップスを口に運んでいる。世末と彼女は現状が理解できずに、呆然とした顔でそんな鼻歌君を見つめている。あたしはずっと見上げる姿勢だったせいですっかり凝ってしまった首をぐりっと回してほぐし、、彼に声を掛けた。


「登場が遅いですよ、鼻歌君。危うくあたし殺されてしまうところでした」

「いやー、主役の登場っていうのは格好良く、余裕たっぷりに遅刻するのが基本だろう? 僕はそれを忠実に守ったに過ぎないよー。それにほら、僕ってば探偵だし、事件が始まる前に登場しちゃったらお話にならないよー」

「……まぁ、いいでしょう。それではさっさとあたしと仮面師さんを助けな「にぃああああぁぁぁぁっ! お前か! お前がっ! んぎにぃやああああぁぁぁっ!」


 鼻歌君の自慢げな台詞に溜息を吐いて、こちら側に利があると思わせる為に命令を下そうとしたら、彼女が絶叫した。それはまるで、獣のように。顔はこれ以上無いほどに醜く歪み、声は喉が潰れた老婆のようで。理性のかけらもない、言葉でもない音だけで。

 彼女の特長とも言えるあの可愛らしさは、そこには微塵も見当たらなかった。世末はそんな彼女に怯えた顔を見せ、急に距離を取った。……とっても、滑稽だった。彼女の声に被さるようにあたしは肩を揺らして笑い声を漏らす。


 あーあ、面白かった。

 彼女の声が止んだ数秒後に、あたしも頑張って笑うのを止めた。まだあたしと仮面師さんは拘束されたままで、あたしはともかく仮面師さんに手を出されたら、彼に申し訳がたたないからだ。


「ゆ、ゆるさな、許さない。認めない、こんなの」


 笑うのをやめた彼女は、あたしの方にちらりと目線を送った後、両手に顔を埋め、呻く。何故だか、彼女が何かを失敗した子供のように、泣きじゃくっているように思えて仕方がなかった。抱きしめて慰めたいとは、もう、嘘でも思わないけれど。

 その数秒後、彼女は両手を顔から外し、鼻歌君に強い視線を送った。さっきのあたしへの子供騙しのような殺意とは段違いの、殺人犯がする顔で、睨み付ける。殺気が、人が死んでもおかしくないという空気が、部屋中に蔓延する。


「お前、お前らがいなければ――ッ」


 お前らがいなければ――あたしのことを、殺せていたのに。彼女が言いたいのは、そんなところだろうか。


 もう、未練も、心残りも、思い出も、人の心も、薙ぎ払って、彼女はおぞましい顔つきで歯ぎしりをする。真正面から向き合っているわけでもないのに、背筋が凍る思いがした。――すっ、と彼女が腰を低くする。真っ赤なワンピースの裾から剥き出しのふくらはぎが、暴力的な気配を帯びる。


「――しッ」


 ぶんッ、とどこに隠し持っていたのか、彼女がナイフを構えながら鼻歌君に襲い掛かる。まぁ、以前から言っている通り、鼻歌君が殺されようが問題はないので、あたしは静観していた。


 ――あたしは、だけれど。仮面師さんが、いつの間に縄をほどいていたのか、横から彼女にタックルして、床に叩きつけた。かッ、と彼女が悶絶するかのような表情で空気を吐く。うわぁ、痛そう。気絶はしていないみたいだけれど、これはしてもおかしくない痛みが襲っていそうだ。思わず顔をしかめる。仮面師さん、どうやら肉体派だったらしい。……まぁ、詐欺ってバレたら即アウトだし、体を鍛えていても不思議ではないのかしら。絶対に怒らせないようにしないと。そう心に決める。……ん、既にもう一度怒らせている? 聞こえないわね。


 鼻歌君は、彼女が襲い掛かり、仮面師さんが抑えつける間も、普通にポテトチップスを咀嚼、嚥下の二つの動作を繰り返していて、今は袋を逆さまにして欠片を口の中に落としている。と思えば、今度はばさばさと袋を上下に振り、薄く開いた片目で袋の中を睨んでいる。……そうまでして粘らなくても、そこまで食べたらもう何も残っていないのは明らかじゃありませんか。

 

 そういえば、と世末の方に目をやると、目まぐるしい展開についていけてないのか、茫然としている。……おいおい、さっきからずっと同じ表情じゃない。もう少ししゃっきりしなさいな、犯罪者の名が廃るわ。どんな名だよ、と一人で漫才をしてみる。 

 だって誰もあたしの縄をほどいてくれようとしないのだ。まったく、あたしの柔肌に縄の跡がついたらどうしてくれるのかしら。ある意味煽情的な肉体になりそうだけれど、お嫁に行けなくなりそうで、嫌だわ。貰ってくれるような稀有な男がいるわけもないのだけれど。……結婚に憧れているほど、恋や未来に夢を見てはいないけれど、社会に属していない感じがするのは、どうにも、嫌なものが込み上げてくるわね。


「……食べた食べた、と。ふっふー、それじゃお待たせー」


 袋をずっと振っていたけれど、諦めたのか、ぼそぼそと呟きながら袋をその辺に捨て、鼻歌君はあのバスの中で、あたしに見せたような笑顔を、彼女達に向けた。同時に、お菓子ばかり食べているのに細い指で二人を指す。にやり、と口角を上げながら顎をわずかに上へ突き出し、愉悦の籠った見下した目で、二人へ破滅を宣告する。


「君達二人には逮捕されてもらうよー」


リアルが立て込んでおり、更新が遅くなって申し訳ありません…。

見捨てないでいただけたら、幸いです。

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