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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
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ミルク飴⑳と⑧


 ――気づけば、自分の太股と床が視界に飛び込んできた。現状が理解できずに数回瞬きをする。あぁ、そうだった。あれは睡眠薬でも混ぜてあったらしい。あの場で死ぬような薬ではなかったのに安心しながら、自分の現状の把握に努める。

 どうやらあたしは正座させられていて、手は前で両手をまとめて縛られている。指を動かしてみると、他の人のそれに当たったので多分仮面師さんと背中合わせなのだと思った。ポケットの中に機械は残っていて、助けを求めるために魔王くんに渡されていた緊急ボタンを押そうとする。

 鼻歌くんに言われていたのだ、自分たちの手に負えなくなったら押せ、と。……押そうとしたけれど、さすがに足で小さなボタンを押そうとするのは無理があった。踵をずらして頑張ってみたけれど、どうにも無理そうだ。――あれ、どうしよう。こんな状態で、助けが呼べないなんて、……多分、大丈夫。家に招待された、という合図は送っているのだし。不安だなぁ。

 そんな風に生命の危機に怯えていると、あたしが目を覚ましたことに気づいたのか、青乃ちゃんに声を掛けられた。


「目は覚めましたかにゃー? にゃーさん亀岡さん。紹介しますにゃ、この人は世末さんですにゃー」

「やあ、私の事は気軽に世末様と呼んでくれてよいぞー! 愚民ども、這いつくばって敬い奉れー!」


 ――青乃、ちゃん? いや、あたしの知っている彼女じゃない。今あたしの目の前に立っている彼女は真っ赤なワンピースを着ている。彼女は赤を着る事はできなかったはずだ。だって、あたしにそう言って……そっか、そこから騙していたのね。そんな些細な事すら、守られていなかったのか。

 ああ、と情けないやら何やらで口角が緩む。なるほど、鼻歌君。あなたの言う通り、確かにあたしは今、無性に大声で笑いだしたくなるくらい、最低の気分ですよ。

 ……ずっと、ずっとあたしに嘘を吐いてあたしを嘲笑っていたのね。情けなさや屈辱に唇を噛みしめながら、目の前で豪快に笑う彼女と世末とやらを睨む。


 世末と紹介されたのは、四十過ぎの小太りの男だ。どうしてこんな奴が青乃ちゃんと知り合ったのか知らないけれど、初対面でこうまで馬鹿にされるとさすがに腹に据えかねる物があるわね。今まで会ってきた中で、一番無くしているネジが多そうな人だけれど。まったく、こんな男が刑務所以外にいるなんて、世も末だわ。

 ……ん、思いもよらず中々の駄洒落を思いついてしまった。そんなことを考えている場合ではないというのに、思っていたよりあたしも余裕ぶれるものだ。死神ちゃんは修羅場経験値を獲得した! なんて、ゲームならアナウンスが流れるところかしら。ゲームには詳しくないから適当なことを言ってしまっているけれど、多分こういう認識で間違ってはいないわよね。実際のところ違っていたとしても、あたしの脳内だけでの話なのだから、判断のしようがないけれど。


 怒りで我を忘れないように、そうやって適当なことを考えながら、二人に悟られぬように踵で機械を少しだけポケットから出し仮面師さんの手に押し付ける。すぐにあたしの意図を理解したらしく、彼は緊急ボタンを押し、機械を戻してくれた。ほっ、と一安心したところで、時間稼ぎの為の反撃を開始する。


「なるほど? 赤が嫌いというのは嘘だったのね。まぁ、あたしも嘘吐きだからそこは良いけれど。貴女が赤を着ようが黒を着ようが知った事ではなかったし、ただ幼馴染として聞くくらいはしておこう程度の気持ちだったからね。それに貴女、いつもべたべたとぶりっ子していて嫌いだったのよ。こうなってくれて、むしろ感謝してあげてもいいくらいだわ」


 あたしの突然の反撃に気圧されたか、彼女は目を見開いて硬直した。殆どが嘘で構成された攻撃だったけれど、自分が優勢に立っていると確信していた彼女にとっては結構な打撃を与えるものとなってくれたらしい。

 どうやら現状が理解できていないらしい世末の視線は、おろおろとあたしと彼女を交互に行き来する。ちょっとしっかりしなさいよ、あなたはこの中で一番年長のおっさんでしょうが。そう説教したい気分に駆られたけれど、ここでそんなことをするほど、空気が読めないあたしではない。

 彼女はまるで酸欠状態に陥ったかのように口をぱくぱくと開閉させて、


「ま「何故かこの場は自分の嘘を暴露する大会にと化しているな。では不肖この詐欺師も参加するとしよう。詐欺師の本当の顔はこれではない。両手を開放してくれさえすればお見せできるがまあこの状況からそれは望めまい」


 何か言葉を吐き出そうとするけれど、仮面師さんのどこか迫力のある声がそうはさせない。その頼もしさに、思わずにやりと笑ってしまった。ここに仮面師さんがいるのは非常に心強い。あたしの嘘と仮面師さんの台詞があれば、彼女を追い詰める事なんて容易いだろう。



「……嘘」


 ぽとりと、静かに言葉が静寂の中に落ちる。

 そして静寂が、




「いいえ?」


 終わる。



「ッ――、嘘、嘘嘘嘘よッ!」


 真っ青な彼女を見上げて嗤うと、彼女は首を横に大きく振りながら、唾を飛ばして叫んだ。それらは畳の縫い間に落ちる。それをちらりと横目で見ていたあたしに、鋭い蹴りが入っ――ぐっ……下腹部に彼女の足が勢いよく入って、あたしは思わず前のめりになって必死で悲鳴を噛み殺した。酸っぱい液体が、水が底から湧き上がる時のような音と感覚と共に、喉を駆け上がってくるのを感じる。


 この場で、彼女の前で吐いてやるものかと、根性で飲み込んだ。口の中に、酸味の利いた臭いが充満する。呼吸の際に口を開けたらそれが出るんじゃないかと心配で、鼻で息をした。……あたしと彼女の荒い息の音が、居間に満ちた。


「にゃーさん、自分の立場分かってないみたいですにゃ? ……殺せるんですよにゃ。青乃ちゃん、今ならにゃーさんを殺せますにゃ。にゃーさんはそれを阻止する事なんて、できませんよにゃ」


 はぁ、という溜息と一緒に、彼女は前髪を片手でかきあげて勝ち誇ったような笑顔を見せた。それは確かに、そうだ。彼女の脅迫じみた言葉は、彼女があたしにくれた唯一の真実であるし、あたしにそれを変える術は無い。


 ――そう、あたしには。

 そんな事は分かっている。分かっているけれど、あたしは大声で笑った。仮面師さんの背中が跳ねたのを感じたけれど、気にせず笑う。おそらく彼は、あたしがまた蹴られる事を危惧して無意識に動いたのだろうけれど、心配ご無用よ。


 ……だってほら、


「ふーんふふーんふーん」


 鼻歌君が、来てくれたから。

 彼はあたしと出会った時のように鼻歌を歌いながら、不敵に登場した。タイミングを計ったように、鼻歌君は華麗に観客席から舞台へ飛び乗った。



「さー、形勢逆転させてもらうよー。かわいいかわいい、犯人ちゃん」



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