ミルク飴⑳と③
「しに……法木さん、こんにちは」
皆で集まった翌々日、大学で青乃ちゃんと談笑しているあたしに声を掛けてきたのは、仮面師さん。事務所の人が大学に何の用かしら、と思って見上げれば、思わず息を呑んでしまった。
あたしの知っている彼とはまるで雰囲気が違った。
髪も、目も、顔すらも別人だった。
真っ黒でもっさりとしている髪、牛乳瓶のような古臭い眼鏡の奥には不安そうに瞬きするこれまた真っ黒な瞳。痛みまくっている髪の毛は、静電気のせいか数本上や横に浮いている。どこからどう見ても、二次元が好きな人たち向けの娯楽で溢れているらしい元青果市場を歩けば、すぐに見失ってしまうような、暗そうで大人しげで、服装にセンスの欠片もない、そんな青年になっている。
事務所の人間だと判ったのは、最初に死神と言いかけたから。彼だと判ったのはあたしが仮面師さんは変装をする人だと知っているから。仮面師さんが他の誰かを変装させている可能性もあるけれど、無言での意思疎通が難しい新人のあたしに対して、そんな面倒な事はしないだろう。……多分。仮面師さん、でいいんですよね? まさかここで聞くわけにもいかないし、彼だということにして扱おう。
人見知りのような、おずおずとした柔和な雰囲気を取り繕って話しかけてきた彼は、あたしの隣に座った。
青乃ちゃんは、身を乗り出して彼の顔を見つめ、笑顔で挨拶する。こういう初対面の人にも明るい彼女が好き。初対面でも恐れずに人と向き合える彼女に憧れる。彼女は、絶対に他者を悲しませる事なんてしないだろうな、そう思わされる。
彼女の挨拶に彼は頼りなさそうな人の良い笑みを浮かべ、軽い会釈を返した。で、一体あなたはあたしとどういう関係に設定されているのかしら。口を挟まずに大人しく見守っていると、亀岡と言います、法木さんとはバイト先で知り合ったんですよ、なんてさらりと嘘を吐いている。嘘がうまいな。
……まぁ正確には、二言目に関しては嘘は言っていないけれど。ひょっとすると、うまく嘘を吐くことができる、というのが事務所へ籍を置く資格の一つとされているのかしら。なんてね。資格の一つ、というよりは、犯罪者の特徴の一つ、そう言った方が正しいわよね。嫌だな、青乃ちゃんがものの見事に騙されているのを見ていると、自分がいかに薄汚れているのかを自覚させられる。自業自得だと、分かってはいるんだけれどね。
「亀岡さん、こっちは闇坂ちゃん。可愛いからって簡単に手を出しては駄目ですよ。あたしが怒りますから」
「えっええっ、あ、あの僕なんかに闇坂さんは高嶺の花ですから、安心してください……ははは……」
――お見事、さすがは元詐欺師。
あたしがからかうように忠告すれば、驚きに目を丸くして激しく手と首を横に振る。仮面師さんとしての彼と会話したのは数度だけだけれど、それとこれとがまるで結びつかない。鼻歌君がわざわざスカウトしたのも納得できる、というものだ。……探偵の仕事にここまでの能力が必要なのかどうかは脇に置いておくとして。
あ、始業のチャイムが鳴った。授業が始まる。青乃ちゃんも体を元に戻して座り、仮面師さんも穏やかな笑みを顔に貼り付けたまま前を向いた。
授業が始まって数分が経ち周りが集中し始めた頃、仮面師さんが一枚のメモ用紙をあたしの方に滑らせた。ぴ、と指で止めて、隣の彼女に気取られないようノートを取りながらそれに目を通し――は?
“彼女が犯人だ”
予想通りだったかとオモイマス。