ミルク飴⑳と①
屋良は潔子と会話しながら、そのまま彼女の隣に座る。店員さんが持ってきてくれた水を一口飲んでから、そうそう、と改めて口を開く。
「さっきメールが来ていたんだが、和良はちょっと遅れるそうだ。塾のバイトが微妙に長引くことになったらしい」
根間は教師を志していて、少しでも経験を積むために、塾で講師のアルバイトをしている。あたし達の中で、人生計画を一番しっかり立てているのは、彼なんじゃないかなと思う。生徒やら何やらに拘束されてこういう風に予定を押すこともよくあるけれど、様子を聞く限り充実していそうで羨ましい。
それじゃ後は青乃を待つだけやな、と潔子が屋良に返事をする。その言葉が終わらないうちに、再びドアの開く音がした。潔子と屋良の間に視線を通してそちらを見やれば、青乃ちゃんが息を切らして飛び込んできた。腰を浮かし、手を振って位置を知らせる。
彼女はあたしの隣に座り、屋良が広げたメニュー表を二人で眺める。……根間は遅れるというのだし、そろそろ注文しないと店員さんの迷惑になってしまうかしら。
「青乃ちゃんはこの間―、知り合いの天生さんにお勧めしてもらったので、チョコレートケーキにしますにゃー」
青乃ちゃんはそう言ってにこにこと笑う。あもう、とかいうその人は、あたしとは絶対に気が合わなそうだ。今後出くわさないことを祈るしかない。青乃ちゃんの知り合いと仲が悪い、なんていうのは避けたい事柄だもの。
うまくいかなそうな相手とは、出会わないに限るというものだ。それがあたしなりの処世術である。……鼻歌君たちと出会ってしまっている以上、この考えを守れているとはあまり思えないけれどね。まったく、やれやれである。
「俺はこの後バイトだし、腹に溜まりそうなカツサンドにでもするかな。……お前らは見なくていいのか」
「大丈夫、もう決めてあるわ」
屋良も注文が決まったようなので、テーブルに備え付けられていたベルを鳴らして店員さんに来てもらう。この薄暗い喫茶店に似合わないほど不思議と明るいその店員さんに、全員の注文をまとめて伝える。お飲み物は、と訊かれたのであたしと潔子は紅茶系、青乃ちゃんはジュース系、屋良はコーヒー系から、それぞれ適当に注文した。
……食べ物ばかりに気を取られて、飲み物にまで頭が回っていなかったわ。いやまぁ、別に水だけでも良かったのだけれどね。何か食べようと喫茶店に入ると、飲物まで頼まないといけなくなるあの気分は、どこから来るのかしら。
「じゃ、色々決めていくか。とりあえずスキー場は一番近場で問題ないよな。他の場所のも、一応は持ってきたけどよ」
そう言って、屋良が鞄の中から数種類のパンフレットを取り出してテーブルに並べる。時期が時期なだけに、スキーやスケボーの写真ばかりだ。
一番の近場は、以前にも五人で使ったことがある。一年前、父が亡くなる直前のことだった。家に帰ってみれば出迎えたのが父の死体だったため、さすがに驚いたのはまだ記憶に新しい。
「以前行った時も楽しく遊べたし、あたしは構わないけれど」
そう言って二人を見やれば、同じく、と言うように頷いていた。
「なら、それで良いか。で、日帰りも泊まりもできるけど、どうする?」
テーブル上にある一つのパンフレットを開き、彼は該当の場所を指さす。そんなに距離も遠くないから日帰りでも十分に遊べなくもないのだけれど、もうすぐ就職活動も始まるこの時期だ。遊べるときにできるだけ遊んでおきたいのが、正直なところである。
そう伝えれば青乃ちゃんが、青乃ちゃんもですにゃー、とにこにこ頷く。
「せやったら、一泊二日でどう? まだオープンしたてやし、二泊したところで滑れるコースもそうはないんとちゃうか。滑れるんが限られるんやったら、それで十分楽しめるやろ」
確かに、と清子の提案に同意を示した。今シーズン中とはいえ、まだまだ始まったばかりだから、積雪もそこまで期待できないだろう。二人も反論はないようで、
「前みたいに、男女別の二部屋で問題ないよな」
「ですにゃー。その方が安上がりでお得ですにゃ」
決定事項として、そのまま話を続けている。そこにそれぞれの注文した品が運ばれてきたため、皆で慌てて広げていたパンフレットを片付ける。迷惑な客で、なんだか申し訳ない。
苺パフェは、写真で想像していたよりも大きかった。このお店はもしかすると、あたしの胃を圧迫するためにあるのかもしれない。うっかりそう好意的でないことを考えてしまうくらい、目の前にあるだけで胃もたれしそうな容量だった。
サイズに即した値段にしておいてほしい、それなら大きさももう少し現実に近い形で想像できたはずなのに。誰だ、乙女の体重に優しくないこんなパフェをお勧めしてきたのは。
「あの値段でその大きさって、……ここってかなり良心的なところなんやな」
「まぁ、もう少し小さくても、良かったのだけれどね」
言葉とは裏腹に呆れた様子の潔子に返事をしつつ、後で鼻歌君の舌を切り取る算段をしながら、水を一口飲んで覚悟を決める。よし、食べよう。