ミルク飴⑮
「あの二人だけで会話するという事はあたしの知る限り無かったけれど、知り合いと言えば知り合いね。殺された人、あたしの彼氏だったから」
「……あー、悪い」
私有地にうっかり足を踏み入れてしまった人みたいなばつの悪い顔で謝られた。彼には野次馬根性も無意識の悪意も無かったから、特には気に障らなかったけれど、根間みたいな人間はこういう時いたたまれなくなるんだろうなぁ。それでいて、過剰な謝罪をしてこない根間のこういうところは心地良くて気に入っている。あんまり長い間話したい話題ではないから、あたしがそれを表情に出している可能性もあるけれど。
「気にしないで。でも、そうね。確かにちょっと心配かもしれない。それとなく注意しておくわ」
意識して苦笑いの表情を作り、話を流す。
「……おぅ」
彼が気まずそうにそう言って頷いたのを視界の隅で確認して、チョコレートケーキに再戦を挑んだ。一口二口食べるのであれば美味しいと感じられるけれど、全部を食べろと言われると困る、そんな味をしている。困った、勢いで頼むんじゃなかった。こんなのを食べられて、しかも気に入って人に勧めるなんて、魔王くんは本当に人間なのかしら。うーん、怪しい。実に怪しいわね。
心の中で魔王くんを適当にいじりながら、口に運ぶ作業を続けているけれど、どうにも終わりが見えてこない。一口が小さすぎるのかしら。……かと言って、大きく切っても喉を通せないのは、目に見えているからなぁ。
「随分手こずっているけど、食べられるのか? 無理はしない方がいいぞ。食べてやろうか」
「……水で薄めたら余裕よ、余裕」
余裕で吐きそうだ、とは言えない。
「あー、でさ、お前らが良ければの話だけど、スキーしに行かないか? こう言っちゃなんだけど、今はお前らにとって結構辛い環境だってことだろ。シーズンだし、気分転換にどうだ? 蓮也は行くし、白波瀬はお前らが行くならって言っていたぞ」
――闇坂青乃、根間和良、白波瀬潔子、屋良蓮也。この四人があたしの幼馴染で、今でもよく皆で集まっている。青乃ちゃん、根間、屋良とあたしの四人は近所に住んでいた縁で、潔子は小学三年生の時にこっちに引っ越してきて親同士が仲良くなったため友達になった。
男二、女三という比率から子供の頃はしたい遊びが合わなくて喧嘩、なんて事もあったし、いつも五人で遊んでいたというわけでもなかった。けれど、親同士が仲良しというのもあって、高校以降学校が分かれてもそれなりに付き合いは続いていて、今もこうして関係は保たれている。
……親が仲良し、といってもあたしの親の場合は、爪の甘皮並みに薄いご近所付き合いの域を出なかったのだけどね。姉の友人の親とは、結構仲が良かったらしいけれど。あの人たちの人面の良さには、つくづく感心してしまうわね。
やれやれ、思い出したくないことまで思い出してしまった。本当に過去というのは、洗濯しても取れない染みみたいに、あたしにしつこく、まとわりついてくる。嫌だな、まったく鬱陶しいことこの上なくて、困る。
「ちょっと待って、青乃ちゃんに電話して訊いてみる」
思考をぼんやりと巡らしていたらまた嫌な事を思い出したので、舌打ちしたい気持ちを隠しながら携帯電話を取り出して微笑む。根間がよろしく、と頷いたので青乃ちゃんに電話を掛け、スピーカーを選択した。
――もしもし、にゃーさん?
「ええ、根間が皆でスキーに行かないかって。どう? 最近ばたばたしていたし、気分転換にどうかしら」
――うーん、にゃーさんが良いなら、青乃ちゃんも行きたいにゃー、とは思いますにゃー。いつ行くんですかにゃー?
そこまで聞いていなかったので、聞いていた根間に電話を渡し、応答してもらう。
「まだ決めていない。来週の土曜日にでも集まって決めようかと思っているんだが、大丈夫そうか?」
――あ、根間君ですかにゃ? 最近ぶりですにゃー。青乃ちゃんは問題無しですにゃー。集まるの、楽しみにしていますにゃー。
楽しみね、なんて話して通話を切った。根間とはその後世間話をしつつ、あたしがチョコレートケーキを駆逐し終えたところで話を切り上げた。
夜桜の前で別れ、あたしは公園や林の外を回るように歩いて墓地へ向かう。その道沿いの、墓地の近所にある、墓参りの際には必ず行く花屋さんで薔薇の花束を大人しめに作って貰い、姉と父の眠る墓へ歩く。
花瓶の中の水を捨て、すすいだ後に花束を二分して入れる。適当に水を掛けて墓を洗い、線香に火を点けた。もはや慣れすぎて、機械的な作業になりつつある。……いやまぁ、この作業に込めるべき追悼の意なんて、最初から持っていないけれど。