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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
14/38

ミルク飴⑭

 事務所付近のバス停から乗り、六つ先で降りて、見慣れた街並みを歩く。

 よく遊んでいた公園とは言っても、あたしの家からは自転車でないと子供の足では少しばかり遠いと感じてしまう距離にあった。夜遅くになると不審者が出るなんて噂もあったから、皆五時前には解散していた。

 それでも青乃ちゃんは被害に遭ってしまった事を思うと、あの頃のあたし達は本人達が認識していた以上に危ない状況にあったのかもしれない。まぁ、子供の頃なんて、皆同じようなものかしら。ほら、ロリコンやらショタコンやらが、健常者のふりをして街を闊歩しているようなご時世だものね。


 懐かしいな、と思い出に浸りながら舌でミルク飴を転がしつつ歩いていると、いつの間にか到着していた。時計を見れば、まだ余裕がある。先に入って待っていようかと迷い、夜桜と書かれた看板を掲げている喫茶店を見つめる。

 墓地に近いからか、それともどこか不気味な雰囲気が漂っているせいか、あまり人気は無かった。子供の頃は店など無かったように記憶しているし、割と新しいように見えるので、建てられてからそこまで年数は経っていないだろう。

 公園の方に向き直り、昔を思い返しながら公園のその奥に視線を送る。奥の林を抜ければ、あたしの家の墓もある墓地だ。林と公園がその墓地との間にあるとはいえ、公園も木が多く薄暗くて、喫茶店をやるにしては正直立地が悪いと思う。喫茶店自体も照明が暗めに設定されているのか、傍から見ていてどうにも薄気味悪く感じてしまう。場所が場所なら、ムードがあるおしゃれな店として認識されただろうに。運の悪い店である。

 ……それとも望んでこの立地なのかしら。だとしたら、ここの店主は相当センスが悪いに違いない。残念ながら、長持ちしそうにないわね、その場合。


「……」


 ふぅ、と重い溜息を吐く。どうもあたしは場所の雰囲気に引きずられやすい。こんな暗くて陰気なところ、気分を落ち込ませるには絶好の場所だ。

 首を振って思考を散らし、夜桜のドアを開ける。中で何か、甘い物でも食べて待つこととしよう。魔王くんが言っていたチョコレートケーキなんかがいいかもしれない。

 いらっしゃいませー、とここの雰囲気に合わない可愛らしい声があたしを出迎える。待ち合わせをしている事を伝え、誘導された席に座った。メニューの甘い物の欄を見れば、パフェ類が充実していた。けれど、何となく勢いでチョコレートケーキを注文する。


 魔王くんに言ったのは断る口実ではなく、あたしは本当にチョコレートケーキがあんまり好きじゃない。チョコレート自体は特に嫌いではないのだけれど、ケーキになってしまうと味がねっとりと濃くて、後味もすっきりとしないあれは食べにくく、普段は率先して食べたりしない。

 けれど、魔王くんがお勧めと言っていたし、最近一人でいる時は嫌な事ばかり考えて脳も疲れているからと食べる事にした。……それにここで食べてしまえば、それを口実に魔王君の誘いをこれから断りやすいしね。



 カラン、コロン。

 予想よりも手強いチョコレートケーキをつつきながら根間を待っていると、ドアの開閉音が聞こえた。そちらに目をやると、茶色のチノパンを穿きその上に青と白のアーガイル柄の黒いセーターを着て、カーキ色のモッズコートを羽織った黒髪の青年が店内を見渡していた。彼が待ち人だったため、手を振って居場所を知らせる。


「いよっす、悪いな」

「別に構わないわ。青乃ちゃんの事ならあたしも無関係じゃないもの」

「お前ら、ずっと一番仲良いもんな。……って、あれ、お前チョコレート好きだったっけ?」

「嫌いよ」

「じゃあ、何で食べているんだ?」

「脳には糖分が良いって言うじゃない。ここまで甘ったるければ摂っている気分にもなりやすいでしょ」


 向かいの席に彼が座り、テーブルを挟んで会話する。

 こうして二人で話すのは久しぶり、かしら。あの人はあたしが男と喋るのにあまりいい顔をしなかったから、会話はメールや電話ばかりで、たまに会う時は青乃ちゃんや他の幼馴染と皆で集まっていた。男と言ったって、そういう感情を抱く対象じゃないのにね。嘘を吐いたり黙って会ったりしてもよかったけれど、そうしなかったのは、あたしがあの人を好きだったからだろう。今にして思えば、あの人はあたしが思っているより嫌な男だったのかもしれない。そうであってほしい、という希望も添加されているのかもしれないけれど。

 彼はハムとチーズのサンドイッチとコーヒーを頼み、それが来てから本題の話を始めた。


「――俺さ、この前たまたま闇坂を見かけたんだ。俺らが通っていた小学校を見上げてぼんやりしていたから心配で声を掛けたら、振り返ったあいつの顔が一瞬、ぞっとするくらい無表情でさ。ほら、この前から小学生の誘拐事件が何件かあっただろ。あいつ、色々と思い出しているんじゃないかと思って、さ」


 なるほど、と頷く。青乃ちゃんが誘拐事件の被害者となったのは、あたし達が小学六年生になる前の冬だった。今回の事がいつから始まったのかはまだ知らないけれど、同じ時期ではあるから思い出しても不思議じゃない。……でも、


「でもあの子、あたしに今回の誘拐事件の話をした時は、いつも通りだった気がする。お互い身近にいすぎるから、隠しているだけなのかもしれないけれど……」

「いや、俺の考えすぎならいいんだ。ただ、ちょっと心配でさ。あいつ結構あれを引きずっているし、何かしらの悪影響を受けていたらと考えると……」


 彼が言いたいのは、被害に遭った人間が同じような過ちを犯す事もある、という意味の事だろう。虐待なんかで、よくある話だ。青乃ちゃんに限ってそんな事は無いと思うけれど、彼女は彼女で正気じゃないところがあるから、そう言われると段々心配になってきた。彼は更に言葉を重ねる。


「それにほら、少し前に殺人事件もあったしな。あれの被害者、お前や闇坂と同じ大学の奴なんだって? もし知り合いだったら、それだけで神経過敏なところに誘拐事件、な訳だから相当なストレスだと、俺は思うな。同じ大学の法木が一番身近なわけだし、ちょっと気にかけておいてもらえないか」


 知り合いというか、幼馴染の彼氏ね。と言っても、青乃ちゃんはあの人の事が好きじゃなかったみたいで、「別れたほうがいいですにゃー」とずっとあたしに言ってきていたけれど。お互いの恋愛には口を出さない主義だったはずなのに、青乃ちゃんがどうしてあの人を嫌っているのか、もっとちゃんと考えておくべきだったな、と今更ながらに思う。勘の良い子だから、ひょっとしたらこんなことにならずに済んだかもしれない。


次話は、11日、昼の12時更新予定です。

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