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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
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ミルク飴⑪

「にゃーさん、嫌なことがあっても、美味しいものを食べれば気が楽になりますにゃー。青乃ちゃんお勧めの、この新商品をどうぞですにゃー」


 鞄の中をごそごそと探っていた青乃ちゃんに、彼女が好きなお菓子メーカーの新しい味のグミを勧められた。自分が食べて美味しかったお菓子を分け合うなんて、いつもしていることだけれど、……いつも通り過ぎて、気持ちが追いつかない。きっと時間が経てば、あたしはまた元通りになれるのだろうけれど。

 ――本当に、なれるのかしら。あれから、結構時間が経っている気がするのだけれど。

 鼻歌君たちといる限り、否が応でも意識させられ続けるに違いないから、正常なあたしにはずっと戻れないのかしら。なんて考えが、頭をよぎる。――嫌だな、考えたくない。


「ああ、ごめんなさい、今はお腹が空いていないの」

「…………そうですか、それは残念ですにゃ。お腹が空いたら、いつでも、いつでも、言ってくださいにゃー」


 そんな感じで、とても食べられる気分じゃないので、手を合わせ頭を下げて謝る。ちらりと見上げて様子を窺うと、青乃ちゃんはがっかりした後、寂しそうに笑った。何故だか無性に心苦しくなって、思わず視線を逸らした。取り返しのつかない何かを間違えて、それを青乃ちゃんに責められている気分だ。どうしようもない居心地の悪さの中、そう感じた。何故なんだろう。優しくてかわいい青乃ちゃんが、あたしのことを責めたりするはずがないのに。

 きっと本当のところは、あたしの罪悪感や後ろめたさがそういう風に錯覚させているのだろう。罪を犯した後の人生は、ある意味孤独な心理戦だ。今ふと気づいたけれど、もしかすると、あたしはそれに弱いのかもしれない。孤独には、慣れているはずなのにね。考えたくもないことだけれど。


「あ、そうそう。これ、にゃーさんが休んでいた間のノートですにゃ。被っている授業ののみですけどにゃ」

「ありがとう、助かるわ」


 ふと思い出したように、青乃ちゃんがまた鞄を探って、ノートを数冊渡してくれた。彼氏が死んだ直後から授業のことを気にするなんて変だと思われそうで頼んでいなかったけれど、本当に青乃ちゃんは気遣いのできるいい子だ。

 そんな風に青乃ちゃんに癒されながら、自分の中の非日常に脅かされながら、それでも何事もなく、気づけば一週間ほど過ごしていた。

 


 何事もなかったという言葉通り、当初の予想通り、鼻歌君の事務所に依頼人が来ることは、この一週間一度もなかった。あたしだって、もし探偵と呼ばれる人たちに何か依頼したいことがあったとしても、鼻歌君だけは選ばないに違いないから、とても当然の結果である。

 ……そういえばお給料って、貰えたりするのかしら。依頼がなければ給料もない、というのは考えられることだけれど、事務所に拘束されている時間は確かにあるのだから、貰えなければ割に合わない。脅しての雇用だから、出す気なんてない、だと少し困ってしまうのだけれど。

 ああ、でもなんてあり得そうなことなんだろう。魔王くんや仮面師さんは普通には働くのは難しいだろうから、貰えているんだろうけれど。……いやいや、あの二人なら、悪事による貯金で難なく生活できそうだ。なんて嫌なことを考えながら、いつも通り青乃ちゃんと大学で授業を受ける。


「そう言えばー、最近小学生が誘拐される事件が何件か発生しているみたいですにゃー。殺人事件があったばかりだっていうのに、物騒な話ですよにゃー?」


 青乃ちゃんはそう言って、こてんと首を傾げる。小学生の誘拐事件、か。青乃ちゃんが何か嫌なことを思い出していないか心配になって顔色を窺ったけれど、特に何か変わったところは見つけられなかった。まったくいつも通りで、どうやら一つの話題として提供したに過ぎなかったみたい。その様子に安心して、怖いわね、と適当に返事をしながら物思いにふける。さて、どうすべきかしら。


 殺人事件の方はあたしが犯人だから一般人達と同じ意味では怖くないけれど、これで治安を良くしようとか、関連性があるとか誤解して、単独で張り切る刑事が出没したら大変怖い。よくドラマなどでそういう刑事を見かけるし、鼻歌君が圧力をかけることで更にやる気を出されたりしては、あたしが困ってしまう。

 ……いっそ、鼻歌君に頼んで誘拐事件の犯人でも推理してもらおうか。依頼のない今、彼らも暇を持て余しているだろう。ひょっとすると、感謝でもされてしまうかもしれない。そして彼のコネを使うなりして、犯人には悪いけれど、さくっと逮捕されてもらおう。彼もまさか、連続して犯罪者を仲間に引き入れようとは思うまい。それは余りにもリスクの高い行為だ。もし鼻歌君がそれをしてしまうほどお馬鹿さんなら、あたしに声をかける前にさすがにお縄になっているだろう。多少は頭が切れなければ、コネなんて使えない。


 そのまま三つほど授業を適当にこなし、その足で事務所へ向かう。こういうことは、できるだけ早くに手を打つに限る。授業を休んでまでは行こうかと、一瞬迷ったけれど……。卒業するためには、出席だって欠かせない。

 逮捕云々の危機の時に、たかが大学の卒業を気にするのも滑稽と言えるかもしれないけれど、大事にしなくていいというわけではないのだから。それに、一応学生なのだから、本業は大事にしたい。


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